【完結】不細工聖女ですが清く図太く生きていきます

葉霧 星

文字の大きさ
19 / 32
3章

3-7 嵐の予感

しおりを挟む
 サイード様は大聖堂の一階にある長椅子に腰かけて本を読んでいた。
 普段であれば夕方以降でない限り、そこには誰かしら人がいるはずなのだけれど、読書をしているサイード様を気遣ってか、彼のまわりには誰も人が居なかった。

 私は彼と同じ長椅子に、少し間隔を置いて腰かけた。
 しばらく彼が私が座ったことに気づくのを待っていると、やがて彼は本に目を向けたまま口を開いた。

「……何も言わずに隣に座ったから、どんな趣向かと楽しみにしているのだが」

 サイード様は少し不満そうに言った。

「……サイード様、もしかして退屈していたのですか?」

「忙しくもあり、退屈でもあるな。人生と同じように」

 問いかけだ、と気付いた私は、首をひねって答えを考えた。

「つまり、解釈次第、ということでしょうか?」

 サイード様はうなずく。

「もっとも、こんな問いかけを考えてしまうあたり、相応には退屈だったらしい」

 サイード様は微笑んだ。私も微笑んだ

「……それで、シスター・オーレリア。私の元に来たということは、答えは見つかったのかな?」

 本を閉じ、私の方を向いて尋ねるサイード様。

「わかりませんでした」

 私は答えた。

「……この間、修道院に来てからずっと仲の良かった知り合いが、修道院を去って行きました。けれど、私は彼女に私と同い年の子どもが居たことも、彼女が自分の描いた絵を良い母親を演じるために、ずっとその子どもに贈り続け
ていたことも何も知らなかった」

 サイード様が無言で相槌を打った。私は続ける。

「そんなに親しかった人のことですら何も知らなかった私が、嫌いな人のことを理解して、その人のことを許せるだなんて思えません。私に出来ることはたぶん、自分から一歩踏み出すくらいのことだけだと思うのです」

「一歩、踏み出す?」

 聞き返したサイード様に、私はうなずく。

「はい。もっと私は、色々なことを知らないといけないと思いました。だからまず、私が許せると思った人から順番に許していこうと思います。そうすれば、いつかは私が一番許せないと思っている人も、許すことができるかもしれません。わからないとは、そういう意味です」

 私は言った。
 しばらくして、サイード様は小さく呟いた

「……やはり、お前はこちら側の人間のようだな」

「こちら側?」

 私は聞き返した。

「聖典の写本なんて腕が疲れるだけだから大嫌い、という人間の側だよ」

 サイード様は微笑みながら言った。
 そして静かに立ち上がり、私の方へ振り返った。

「ついて来なさい。お前に一つ、頼みたいことがある」




 サイード様が私を連れて行ったのは大聖堂の地下だった。
 廊下は全体が石造りで、壁のところどころにくぼみがあり、そこに置かれた油皿だけが周囲を照らしていた。
 
 サイード様は地下の奥にある扉まで行くと、扉の鍵を開けて中へと入る。そして、持っていたランタンの火を油皿に分け、部屋を明るく照らした。
 すると、私の目の前に現れたのは、無数の本だった。

「……ここは……書庫ですか?」

 サイード様は本の詰まった棚に歩み寄ると、その中から本を一冊手にとって、パラパラとページをめくって状態を確認し始めた。

「地下は本にカビが生えやすいから、本当ならば地上に作った方がいいのだがな。しかし、地上につくると、火事が起きた時に建物と一緒に全焼したり、盗まれたりする危険性が高くなる。頭の痛い話だ」

 サイード様はそう言いながら、持っていた本を私に手渡した。
 それは私が見たこともない、サウスティカ王国の歴史書だった。
 ページをめくると、その中には膨大な文字が書き込まれていて、その年の主要な出来事について詳細に記述されている。

「すごい……。これはとても貴重な本なんじゃ……」

「ああ、そうだ。私の知る限り、その本は王国内でたったの五冊しか複本されていない」

 サイード様は微笑む。

「教会という場所は戦争が起こっても戦火に巻き込まれる危険が低い。この手の本を保管して残していくには最適の保管場所なのだ」

「……それで、サイード様が私に頼まれたいこととは?」

 私が尋ねた。
 すると、サイード様は私に書庫の扉の鍵を見せる。

「――私がお前に頼みたいのは、この書庫の管理だ」

 サイード様は言った。
 私はそんな彼の言葉を聞いて、呆然としてしまった。

「こんな貴重な本がたくさんある書庫を、私のような子どもにですか?」

「お前が子どもかどうかは関係ない。重要なことは、お前が仕事をきっちりこなしてくれる人間かどうかということと、ここの本の貴重さを正しく理解しているかどうかということだ」

「けれど……」

 私は本の貴重さが理解できているからこそ、責任の重さに尻込みをした。もし、私が何らかの不手際をして本を紛失した場合、その本の知識が永遠に失われてしまうことになる。
 しかし、サイード様はそんな私の様子にかまわず、話を続けた。

「前々から、ここの管理を専任してくれる者が欲しかったのだ。ブラザーで誰か適当な人物が居れば一番良かったのだが、書庫の管理というのは誰にも評価されない極めて地味な仕事だからな。ここの本の中には、世に一冊しかない本もいくつかある。内心やりたくないと思っている修道士に任せて、中途半端に仕事をされると困るのだ。その点、お前なら問題ないと判断した。シスター・アメルにも確認したが、お前なら大丈夫だと彼女も言ってくれた」

 シスター・アメル……その名前を聞いて、私は胸の奥が暖かくなるのを感じた。

「仕事の内容はいたって単純。カビや虫食いで破損したページがあれば複製して差し替えるすること。貴族や聖職者の求めがあれば写本をして彼らに送ること。余裕があれば、貴重な本を複本して王室や他の教会に献本し、知識の保全を図ること。たったそれだけだ。もちろん、暇があれば、ここにある本を好きなだけ読んでもかまわない」

 サイード様は言った。
 その後、再び私に書庫の鍵を見せ、私の前に差し出した。

「やってくれるか? シスター・オーレリア」

 私は顔を上げ、サイード様の目を見た。
 そして、目の前に差し出された鍵を、私は手にとった。

「ぜひ、私にやらせてください」




 その日の夜、私はアルバートに手紙を書いた。

 シスター・アーニャが家族のところへ帰ったこと、若いシスター達から話しかけてもらえるようになったこと、神学者のサイード様と出会って書庫の管理を任されたこと、シスター・アメルが私のことをちゃんと認めてくれていたこと……、

 あまりに書きたいことが多すぎて、その手紙はすごく分厚い手紙になってしまった。



 その三週間後、アルバートから返事の手紙がやってきた。

 彼の手紙は私に負けないくらいの分量の厚い手紙だった。私は彼の感想が楽しみで、急いで手紙の封を開けた。
 けれど、彼の手紙には、私の期待していたことはほとんど書かれていなかった。

 父のディアック伯が亡くなった、……アルバートは手紙で私にそう告げた。

 ディアック伯の死によって、彼が持っていた爵位と領地は、長兄のレオノール様に継承された。
 しかし、周囲をあまりかえりみないレオノール様に対する領内の反発は非常に強く、一部の家臣や領民達の中には次兄のフェルナン様を担ぎあげようとする動きが出ているらしい。


 もしかしたら、近いうちにディアック伯領で内戦が起こるかもしれない。

 アルバートは手紙の中で、はっきりとそうつづっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

追放された令嬢ですが、隣国公爵と白い結婚したら溺愛が止まりませんでした ~元婚約者? 今さら返り咲きは無理ですわ~

ふわふわ
恋愛
婚約破棄――そして追放。 完璧すぎると嘲られ、役立たず呼ばわりされた令嬢エテルナは、 家族にも見放され、王国を追われるように国境へと辿り着く。 そこで彼女を救ったのは、隣国の若き公爵アイオン。 「君を保護する名目が必要だ。干渉しない“白い結婚”をしよう」 契約だけの夫婦のはずだった。 お互いに心を乱さず、ただ穏やかに日々を過ごす――はずだったのに。 静かで優しさを隠した公爵。 無能と決めつけられていたエテルナに眠る、古代聖女の力。 二人の距離は、ゆっくり、けれど確実に近づき始める。 しかしその噂は王国へ戻り、 「エテルナを取り戻せ」という王太子の暴走が始まった。 「彼女はもうこちらの人間だ。二度と渡さない」 契約結婚は終わりを告げ、 守りたい想いはやがて恋に変わる──。 追放令嬢×隣国公爵×白い結婚から溺愛へ。 そして元婚約者ざまぁまで爽快に描く、 “追い出された令嬢が真の幸せを掴む物語”が、いま始まる。 ---

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

処理中です...