【完結】不細工聖女ですが清く図太く生きていきます

葉霧 星

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4章

4-1 5年ぶりの再会(1) 地下書庫の魔女 

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「ねぇ、シスター・オーレリアって知ってる?」

「誰? そんなシスターいたっけ?」

「知ってる。地下書庫の魔女でしょ? 顔の半分に痘痕あばたがあって、それを見られるのが怖くて、地下書庫に閉じこもってるんだって」

「でも、シスターなのに、神学者サイード様にも一目置かれてるくらい頭が良いんでしょ。司教様や神父様も、言い負かされるのが怖くて議論を避けるんだって」

「誰の話? ブラザー?」

「私、目が合ったら呪われるって噂、聞いたことある」

「呪われたらどうなるの?」

「そこまでは知らない。地下書庫に一生閉じ込められるんじゃない?」


「――なんとまあ、ずいぶんな言われようですね、レーア様」

 黒と白の修道服を着た少女――シスター・ファリンダは含み笑いをしながら言った。

「……まあ、私は自業自得だと思いますけどね。サイード様と仲が良いからって、礼拝堂には夕方のお祈りの時しか来ないし、修道院に戻るのが面倒だからって、食事はほとんど大聖堂に送らせて一人で食べるし。ずっと昔にこの修道院に居た酒好きシスターを笑えないくらい不良シスターですもの、今のレーア様」

 修道服を清楚に着こなし、どこか都会的な印象のする整った顔立ち。
 今の彼女を見て、彼女が孤児院で育ったと気づく者は誰もいないだろう。

「……人って、数年でこうも変わるものなのね」

 私は食堂の食卓に並べられたスプーンを持ってふらふらと揺らしながら、隣の席に座るファリンダを見た。
 昔はもっと無口で可愛げがあった気がしたが、読み書きを覚え、某伯爵夫人に援助を受けてシスターとなって以降、オーレリア以上によく喋り、よく毒を吐く。

「本当に、人ってこうも変わるものなんですね」

 ファリンダは私の方を溜め息をつきながら見た。

「……あのね、ファリンダ。私はあなたのことを言ってるのよ」

 自分のことを指さし、『私?』と無言で私に問いかけるファリンダ。

「というか、あなた、いい加減に私のことをレーア様って呼ぶのはやめなさい。今や同じシスターなんだから、呼び捨てで良いのよ」

「シスター・オーレリアですか? なんかその呼び方、私はしっくりこなくて。呼ぶならシスター・レーアだと思うんですけれど、ただそれだと、つい、いつものくせでシスター・レーア様と――」

 シスター・ファリンダが言いかけた時、先ほど近くで私のことを話していた、新人シスター四人組がこちらへ向いてやって来る。

「あ、あの! もしかして、伝説の地下書庫の魔女、シスター・オーレリアでいらっしゃいますか!?」

 途端、ファリンダが振り返って笑いをこらえ始めた。
 この子は……。

「……伝説かどうかは知らないけど、私がシスター・オーレリアよ」

 わぁっ、と歓声をあげる四人組。

「あ、あの……」

 ごくんと、つばを飲み込み、緊張した面持ちで新米シスターは言った。

「シスター・オーレリア! もしよければ、意中の男性に好意を持っていただく方法について、何かご教授お願いできませんか!?」

 食堂にシスター・ファリンダが大笑いをする声が響いた。



 サイード様に地下書庫の管理を任されるようになってから四年。私は毎日のように朝から晩まで地下書庫にこもっていた。

 地下書庫には、ほとんどと言っていいほど人が来ない。
 地下書庫にある本の中には、聖典の教義と矛盾することが書いてある本も少なくないので、ブラザー達はそれを嫌って近づこうとしないのだ。地下にあるため温度変化も少なく、読書にこれほど向いている場所は他にはなかった。

 誰とも話さず、誰とも会わず、ただひたすら読書と思索しさくにふける日々……。
 いつしか私は聖アルメヌアス教会で、最も聡明なシスターなどと呼ばれるようになり、シスター達からは『地下書庫の魔女』などと呼ばれ、好かれているのか嫌われているのかよくわからない扱いで接されている。



「……あの、レーア様? 本当に、私が写本など行ってもよろしいのですか?」

 私がテーブルに置いた本を眺めながら、シスター・ファリンダはおそるおそる私の顔を覗いて言った。

「シスター・アメルには許可をもらっている。湿度が上がるから地下書庫には連れていけないけど、明日の労働の時間からあなたも私の写本を手伝いなさい」

 シスター・ファリンダに本を渡した後、私は自分のベッドに寝転んだ。

「ですが、私は下級平民の孤児ですし、シスターが写本だなんて、貴族であるレーア様以外の前例はないでしょう?」

「貴族かどうかなんてどうだっていいの。人手が足りていないのだから、出来る人間がやるべきなのよ。誰かに文句を言われたら、シスター・オーレリアに命令されたと言いなさい。あなたの代わりに、私がサイード様仕込みの屁理屈で、そいつを論破してあげるわ」

 私は言った。
 自分に選択肢がないことを知って、シスター・ファリンダは溜め息をついた。

「それにね、写本っていうのは稼げるのよ。本は全部手元にあるから、原価がかからないし、シスターを使えば人件費もかからないから、いくらでも稼げるのよ」

 私は笑った。

「……それ、シスター・アメルはご存知なのですか?」

「当然、存じているわよ。私とシスター・アメルはね、この修道院の経営を安定させて、持参金や寄付金に頼らずに運営していけるようにしたいと考えているの。そうすれば、身寄りのない子ども達を引き取って修道院で育てていくことも出来るし、ファリンダのように下級平民出でもシスターを目指すことが出来るようになるでしょ」

「……はあ」

「あなたは、私のその計画の第一歩なのよ」

 ファリンダの方へ、私は手をさした。
 自信満々に微笑む私を見て、シスター・ファリンダは再び溜め息をついて言った。

「さすがレーア様。その聡明さには頭が下がります。……まあ、恋愛のことだけは何もご存じないようですが」

「はぁっ!?」

 私はシスター・ファリンダが言ったその単語を聞いて、慌てて声を荒げた。

「なんでそこで恋愛の話が出てくるのよ!」

「だって夕食の時、話を適当にはぐらかしたじゃないですか。男女関係のことがわからないからって、ごまかしましたよね? 論点をすりかえて」

 シスター・ファリンダが、にやりと口元をゆるませて私を見た。
 最近、ファリンダは私との会話の中で、積極的に私から会話の主導権を奪おうとするようになった。昔はもっと従順だったのに。

「シスターが恋愛なんてする必要なんか、ない!」

 私は言い切った。

「ほら、またごまかした。……レーア様くらいですからね、今どき、恋愛の話が全くできない若いシスターなんて」

 え。

「……そうなの?」

「そうですよ。最近のシスター達の話題なんて、仕事とご飯と容姿の良いブラザーの話ばかりですよ」

 完全に私を時代遅れのシスター扱いするシスター・ファリンダ。

 とはいえ、否定はできなかった。
 正直、若いシスター達と話しているよりも、シスター・アメルや年配のシスター達と業務的な会話をしている方が、私は楽だ。

「悔しかったら、アルバート様への手紙に『会いに来てほしい』の一言くらい書いてみて下さい。もうアルバート様も結婚適齢期なのですから、ぐずぐずしていたら他の女性にとられてしまいますよ」

 冷めた口調でそう言うと、シスター・ファリンダはテーブルに置かれた本のページをめくって内容を確認し始めた。

 最近、修道士と恋愛関係になったことを理由に、修道院から出たいと言い出すシスターが相次いでいることをシスター・アメルも問題視していた。

 聖職者の出世コースは非常に限られている。
 シスター達はもちろんのこと、ブラザー達だって、司教様に認められてどこかの教会の神父に抜擢されない限り、一生修道士として人生を終えることになる。
 しかし、修道士を辞めて、仲の良い神父様あたりに紹介状を書いてもらえば、貴族の小間使いとしてそれなりの条件で雇ってもらえるのだ。

 ……修道院が、結婚仲介所になりつつある。

 これは私ではなく、ある年配のシスターの言葉だが、非常に的を得ている言葉だと私は思った。
 もっとも、万年地下書庫にこもっている私には、あまり関係ない話だ。

 アルバートと私は友達で、そもそも爵位を継承できない平民のアルバートと貴族で辺境伯令嬢の私は結婚しても誰からも祝福されない。アブドゥナー家とディアック家の分家が出来るということは、領地争いの火種が増えることになる。
 選択肢としてあるならば、アルバートと駆け落ちすることだが――、どこに雇われるにも紹介状が必要な昨今、それはきわめて無思慮な行動だ。

 そもそも、こんな醜い顔の私を妻に迎えるなんて、彼が良くても私は良くない。
 アルバートには、真っ当な奥さんと一緒に、ちゃんと幸せになって欲しい。



 それはある日の夕方のことだった。

 大聖堂の地下書庫に鍵をかけた後、私が修道院へ帰ろうとした時、一人の短髪のブラザーが私に声をかけた。
 彼は、初めて顔を見るブラザーだった。

 体の線は全体的に細いけれど、精悍で気品のある顔つきをした青年だった。

「オーレリア・アブドゥナー嬢」

 彼は微笑みながら、私を修道士ではなく、貴族としての名前で呼んだ。
 その瞬間、私は彼が誰であるかを理解した。

「……アルバート・ディアック?」

 そのブラザー――アルバートは、私にうなずき、笑った。

「お久しぶりです。ずいぶん変わられましたね。以前よりずっと、強い意志を感じさせる顔立ちになられた」

 私はうなずいた。思わず涙がこぼれた。

「……あなたは変わりませんね。いつだって、私に笑いかけてくれます」

 それは、五年ぶりの再会だった。
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