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5章
5-3 オーレリアの選択(3)
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サイード様が書庫から去って行った後、私達はしばらくお互い黙っていた。
アルバートから書庫にやって来たということは、彼が私に何か話したいことがあるに違いないと思い、私は黙っていた。
けれど、当のアルバートは椅子に座ったまま、じっと何か思い詰めているような深刻な表情を浮かべ続けていた。
やがて、沈黙に耐えられなくなった私は、先に口を開いた。
「どうかしたの? アル、そんなに怖い顔をして」
私は言った。
すると、アルバートは私の声で何かが吹っ切れたように、私に強く言った。
「レーア。俺と一緒に、どこか遠くに行かないか?」
アルバートはじっと私を見つめていた。
私はゆっくりと息を吐き、気持ちを落ち着けた後、言葉を返す。
「それは、つまり、駆け落ち?」
アルバートはうなずいた。
「司教様は俺を教会から追い出すつもりらしい。俺もこのまま、ここに留まるわけにはいかない」
「レオノール様は? おそらく彼は、あなたに追手を差し向けるわよ。フェルナン様を毒殺したくらいですもの。それくらいはするはず」
私は淡々と言った。
「だから、遠くに逃げようと言っている。言葉すら通じないくらい遠くの国へ行けば、レオノール兄上だって俺達の追跡を諦めるはずだ」
アルバートも淡々と言った。
駆け落ちは、彼なりに色々と考えた末の決断のようだった。
けれど、私はそんな彼の決断に首を振った。
「ごめんなさい。それなら私はあなたとは行けない。私がここを出れば、ファリンダが必ず私について来てしまうもの。たとえ追手に捕まったとしても、あなたと一緒に死ねるなら悪くないと私は思えるけれど、彼女だけは絶対に巻き込むわけにはいかない」
私が言うと、アルバートは溜め息をつく。
その時、私は椅子から立ち上がり、彼の前へとしゃがみこんだ。
「ねえ、アルバート」
「……何だい?」
「私を愛していると言ってくれない? 嘘でもいいから」
私はじっとアルバートの顔を見つめた。彼の顔は、五年前から何も変わらず、私の目をちゃんと見つめ返してくれていた。
「私の全てをあなたに受け取って欲しい。あなたにそれを受け取ってくれる覚悟があるのなら」
アルバートは一瞬、私の言葉の意味がわからず首をかしげようとした。
けれど、彼は途中でそれを止め、私を見ながら言った。
「俺は君を愛している。だが、これは嘘じゃない」
「ありがとう」
私はそう言って立ち上がると、机の上に置いていた数枚の紙をアルバートに手渡した。
「……これは?」
「メリッサ姉様やクリストフ兄様、それからあなたは知らない私の貴族の友達達に頼んで集めた現在の情勢の情報よ」
私は言った。アルバートは、その手紙の内容に目を通し始める。
「レオノール・ディアックの背後にいるのは、ここの領地を治めているローテルマン公。けれど、姉様達からの情報だと、ローテルマン公はさほどレオノール・ディアックを信頼しているわけではない。ちょっとした力の均衡の変化で、簡単にレオノール・ディアックを裏切る。彼と付き合うことに利がないとわかればね」
「……レーア。君はまさか、俺にレオノール兄上と戦えと言うのか」
私はアルバートをじっと見た。
「そうよ。ディアック伯領から逃亡してきたあの民達を、あなただって毎日見ているのでしょう? レオノール・ディアックはもう、民の信頼を完全に失っている。ここから善政を行うなんて絶対無理よ。だから、あなたがそんな兄を討つことで英雄になり、民と一緒に荒廃したディアック伯領を復興すればいい」
アルバートは溜め息をついた。
「ここに集まった兵力だけでは、もし勝てるとしても、将来に禍根を残すような泥沼の戦いになるぞ」
私は首を振った。
「ならないわ。あなたには援軍があるから。戦争は一瞬で決着がつく」
「援軍?」
私はうなずく。
「私の姉の主人であるロンバルド公と、私の父であるカスマン・アブドゥナー辺境伯の援軍よ。私が父に頭を下げて援軍を出してもらう。それに呼応してロンバルド公が動く。ローテルマン公はレオノールを見限る。これでレオノール・ディアックは詰み」
私がそう言った後、アルバートは両手で私の肩をつかんで言った。
「しかし、君にとって君を見捨てた父上は、他の誰より憎んでいる相手ではなかったのか!? そんな相手に頭を下げるなんて、それは君にとって何よりの屈辱なのではないのか!?」
「そうよ! けれど、あなたがレオノール・ディアックに勝つためにはこうするしかないでしょ!」
「……そうは言っても」
アルバートは眉をしかめる。
私はそんなアルバートに微笑んだ。
「大丈夫。私の誇りもプライドも自尊心も、さっき全部あなたにあげたから。父に頭を下げるくらい、なんてことない。五年ぶりの里帰りのついでに、ちょっとお願いをするだけよ」
そう言って、私はアルバートを抱きしめた。
「アル。あなたは出来る限りの家臣と兵、それから物資を集めて軍を起こす準備をして。お互い、出来ることをやってこの状況を乗り切るの」
私が言った後、アルバートも私を抱きしめた。
「レーア。俺は君を愛している」
「私もあなたを愛してる。アル」
そして、私達は静かにキスをした。
アルバートから書庫にやって来たということは、彼が私に何か話したいことがあるに違いないと思い、私は黙っていた。
けれど、当のアルバートは椅子に座ったまま、じっと何か思い詰めているような深刻な表情を浮かべ続けていた。
やがて、沈黙に耐えられなくなった私は、先に口を開いた。
「どうかしたの? アル、そんなに怖い顔をして」
私は言った。
すると、アルバートは私の声で何かが吹っ切れたように、私に強く言った。
「レーア。俺と一緒に、どこか遠くに行かないか?」
アルバートはじっと私を見つめていた。
私はゆっくりと息を吐き、気持ちを落ち着けた後、言葉を返す。
「それは、つまり、駆け落ち?」
アルバートはうなずいた。
「司教様は俺を教会から追い出すつもりらしい。俺もこのまま、ここに留まるわけにはいかない」
「レオノール様は? おそらく彼は、あなたに追手を差し向けるわよ。フェルナン様を毒殺したくらいですもの。それくらいはするはず」
私は淡々と言った。
「だから、遠くに逃げようと言っている。言葉すら通じないくらい遠くの国へ行けば、レオノール兄上だって俺達の追跡を諦めるはずだ」
アルバートも淡々と言った。
駆け落ちは、彼なりに色々と考えた末の決断のようだった。
けれど、私はそんな彼の決断に首を振った。
「ごめんなさい。それなら私はあなたとは行けない。私がここを出れば、ファリンダが必ず私について来てしまうもの。たとえ追手に捕まったとしても、あなたと一緒に死ねるなら悪くないと私は思えるけれど、彼女だけは絶対に巻き込むわけにはいかない」
私が言うと、アルバートは溜め息をつく。
その時、私は椅子から立ち上がり、彼の前へとしゃがみこんだ。
「ねえ、アルバート」
「……何だい?」
「私を愛していると言ってくれない? 嘘でもいいから」
私はじっとアルバートの顔を見つめた。彼の顔は、五年前から何も変わらず、私の目をちゃんと見つめ返してくれていた。
「私の全てをあなたに受け取って欲しい。あなたにそれを受け取ってくれる覚悟があるのなら」
アルバートは一瞬、私の言葉の意味がわからず首をかしげようとした。
けれど、彼は途中でそれを止め、私を見ながら言った。
「俺は君を愛している。だが、これは嘘じゃない」
「ありがとう」
私はそう言って立ち上がると、机の上に置いていた数枚の紙をアルバートに手渡した。
「……これは?」
「メリッサ姉様やクリストフ兄様、それからあなたは知らない私の貴族の友達達に頼んで集めた現在の情勢の情報よ」
私は言った。アルバートは、その手紙の内容に目を通し始める。
「レオノール・ディアックの背後にいるのは、ここの領地を治めているローテルマン公。けれど、姉様達からの情報だと、ローテルマン公はさほどレオノール・ディアックを信頼しているわけではない。ちょっとした力の均衡の変化で、簡単にレオノール・ディアックを裏切る。彼と付き合うことに利がないとわかればね」
「……レーア。君はまさか、俺にレオノール兄上と戦えと言うのか」
私はアルバートをじっと見た。
「そうよ。ディアック伯領から逃亡してきたあの民達を、あなただって毎日見ているのでしょう? レオノール・ディアックはもう、民の信頼を完全に失っている。ここから善政を行うなんて絶対無理よ。だから、あなたがそんな兄を討つことで英雄になり、民と一緒に荒廃したディアック伯領を復興すればいい」
アルバートは溜め息をついた。
「ここに集まった兵力だけでは、もし勝てるとしても、将来に禍根を残すような泥沼の戦いになるぞ」
私は首を振った。
「ならないわ。あなたには援軍があるから。戦争は一瞬で決着がつく」
「援軍?」
私はうなずく。
「私の姉の主人であるロンバルド公と、私の父であるカスマン・アブドゥナー辺境伯の援軍よ。私が父に頭を下げて援軍を出してもらう。それに呼応してロンバルド公が動く。ローテルマン公はレオノールを見限る。これでレオノール・ディアックは詰み」
私がそう言った後、アルバートは両手で私の肩をつかんで言った。
「しかし、君にとって君を見捨てた父上は、他の誰より憎んでいる相手ではなかったのか!? そんな相手に頭を下げるなんて、それは君にとって何よりの屈辱なのではないのか!?」
「そうよ! けれど、あなたがレオノール・ディアックに勝つためにはこうするしかないでしょ!」
「……そうは言っても」
アルバートは眉をしかめる。
私はそんなアルバートに微笑んだ。
「大丈夫。私の誇りもプライドも自尊心も、さっき全部あなたにあげたから。父に頭を下げるくらい、なんてことない。五年ぶりの里帰りのついでに、ちょっとお願いをするだけよ」
そう言って、私はアルバートを抱きしめた。
「アル。あなたは出来る限りの家臣と兵、それから物資を集めて軍を起こす準備をして。お互い、出来ることをやってこの状況を乗り切るの」
私が言った後、アルバートも私を抱きしめた。
「レーア。俺は君を愛している」
「私もあなたを愛してる。アル」
そして、私達は静かにキスをした。
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