【完結】不細工聖女ですが清く図太く生きていきます

葉霧 星

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5章

5-4 オーレリアの選択(4) 

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 聖アルメヌアス教会の修道院では、原則として院に入ったブラザーやシスターが外に出ることを認めていない。認められるのは、教区内の教会で働くことになった場合と、司教様が特別に外に出ることを許す場合だけだ。
 神学者のサイード様に目をかけられ、司教様から好かれていない私に外出許可など出るわけもなく――私が修道院の外に出るということは、シスターを辞めることと同じ意味だった。

 アルバートに私の計画を打ち明けた三日後の夕方、私は修道院を出ることをシスター・アメルに伝えに、院長室へとおとずれた。
 シスター・アメルはいつもの無表情で私を出迎えた。

「行くのですね?」

 私の顔を見た彼女は、ただ一言、私にそう言った。

「ご存知だったのですか?」

 私は尋ねた。
 シスター・アメルはうなずいた。

「院長というのはね、シスター達のことをよく把握していないと務まらないのですよ」

 私はうなずいた。

「本当に、あなたはこの修道院を引っかき回してくれた子でしたね」

 私はうなずいた。

「……おかげで、本当にいろいろと……苦労をさせられたわ」

 その時、ふとシスター・アメルが嗚咽をもらす声が聞こえた。
 私が顔を上げて彼女の顔を見ると、彼女はぼろぼろと涙を流しながら泣いていた。

「シスター・アメル」

 私はシスター・アメルに近寄り、彼女の肩に手を触れた。
 彼女はそんな私の手をそっと触れた。

「……本当に……、あなたって子は、がむしゃらで、無鉄砲で、実直で、真面目で……、あなたほど私に苦労をさせてくれたシスターは、院長になってから初めてだったわ」

「……シスター・アメル。私も、あなたほど自分にも他人にも厳しい人に会ったのは生まれて初めてでした。けれど、あなたほど優しい人に会ったのも……生まれて初めてでした」

 私は、シスター・アメルの目を見た。

「四年間……、私のことを、見守ってくれて……本当に、ありがとうございました」

 シスター・アメルは泣きながら、小さくうなずいた。

「……シスター・オーレリア。レーア、ここはあなたのもう一つの家ですからね。司教様は嫌がるでしょうけれど、何かあったらいつでもここに帰ってきなさい」

「はい……、シスター・アメル」

 私はシスター・アメルに抱きついた。
 彼女は私の背中に手を回し、ぽんぽんと私の背中を叩いてくれた。



「ファリンダ。やっぱり、あなたもついてくる気?」

 荷造りを手伝うファリンダに、私はふと尋ねた。

「ええ。もちろんです。私は元々、それほど信仰心が厚いわけでもないですし、それに私には、レーア様がアーニャさんから借りた旅費を、ちゃんと返すのを見届けるという仕事がありますから」

 うっ、と私は顔をうつむけた。
 地下書庫番になってから、写本をして小遣い稼ぎをしていた私だけれど、私の故郷まで帰る馬車代や護衛代を払えるほどの手持ちはなく、結局、伯爵夫人に戻った元シスター・アーニャから旅費を借りたのだ。

「けれど私、ファリンダには地下書庫番を引き継いで欲しいんだけれどなぁ?」

 私は言った。
 すると、ファリンダは答えた。

「ああ、そのことだったら――」

 ばたん、と開く部屋の扉。

「あ、シスター・オーレリア? ここから出ていくんだって? 持っていけないものがあったら箱にまとめて私の部屋に持ってきてよ。皆で分けるから」

 現れたのは、シスター・マドレーヌ。

「……彼女に頼みました」

 ファリンダはシスター・マドレーヌを手でさして言った。

「ええええええ……」

「ん、何? ああ、もしかして地下書庫番の話?」

「はい、そうです」

 嫌そうな表情をしている私を完全無視して話を進めるファリンダ。

「私もどなたか良い方がいらっしゃらないかと、色々声をかけて回っていたのですが、そんな時、シスター・マドレーヌが、ぜひと」

「だって地下書庫なんて、これほど密会に適した場所はないじゃない? でも、安心して。私、仕事はちゃんときっちりこなす方だから」

 私の背中をぱんぱんと叩いて言うシスター・マドレーヌ。

 たぶん、シスター・アメルはシスター・マドレーヌにブラザーの恋人がいるなんてことは知っているんだろう。そして、それを知った上で、シスター・マドレーヌに地下書庫番をやらせるんだろう。
 全てはシスター・アメルの手のひらの上。
 そう思い、私は思わず吹き出してしまった。

「なによ、気持ち悪い。何に笑ったの?」

 怪訝な顔をして私を見るシスター・マドレーヌ。
 私は彼女に微笑みながら言った。

「わかった。地下書庫のこと、あなたに頼むわ、シスター・マドレーヌ。ただし、あまりハメを外さないようにね」



 そして、旅立ちの日。

 私とファリンダは皆が朝の清掃をしている横で、自分達の荷物を荷馬車に積み込んでいった。

「……そういえば、ここに来た時も荷馬車だったわ、私」

 荷物を全て積み終えて荷馬車に乗った時、ふとそんなことを私は思い返した。
 前回は父の嫌がらせ、今回は旅費の節約のためだ。

「縁があるんじゃないですか? 荷馬車に」

 そう言いながら、ファリンダも荷馬車へと乗り込み、私の隣に座った。

「さすがに嫌よ、そんな縁」

 私は言った。

「まあ、前は冬だったけど、今回は夏だから、荷馬車の方が気持ち良いかもしれないわね」

「ですね」

「ところで、ファリンダ。本当に私について来て良かったの? 私はもしかしたら、あなたの人生をすごく不幸な人生にしてしまうかもしれない」

 私はファリンダの顔を見ながら言った。
 ファリンダはそんな私の手を握った。

「レーア様」

「なに?」

 ファリンダが珍しく、昔のようなもじもじとした表情をする。

「私はレーア様のことを、実の姉のように思っています。ですから、レーア様は私の家族なんです。……唯一の。……ですから、ずっと一緒に居たいです。これからずっと」

 私はファリンダの手を強く握り返した。

「そうね。私もあなたのことを姉妹だと思ってる――」

 私がそう言った時。
 修道院の窓から、シスター達が身を乗り出して私達に手を振った。

「シスター・オーレリア! シスター・ファリンダ! またいつでも戻ってきてくださいね!」
「今度こそ、ブラザーの落とし方を教えて下さい!」
「またいつか!」

 笑顔で手を振ってくれるシスター達。
 よく見れば、その中にはシスター・アメルやシスター・マドレーヌの姿もあった。

 私達は彼女達に手を振り返す。

「ファリンダ。正直、私ね。父上と会うのが怖いの。きっと彼は、自分の意思とは関係なく里帰りをした私に罵声を浴びせてくるだろうから。けれど今、私は大丈夫だって思った。――私はもう、一人じゃないから。アルも、ファリンダも、シスター・アメルも、アーニャさんも、シスター・マドレーヌだって味方になってくれる」

「……いつかまた、ここに帰ってきましょうね。レーア様」

 ファリンダの言葉に、私は首を縦に振る。

「また二人で一緒に、笑ってね」

 そして、荷馬車はゆっくりと動き出した。
 私の故郷である、アブドゥナー辺境伯領へと向かって――。
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