ELYSIUM

久保 ちはろ

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Part 3-1

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 みちるとまどかが連れ立ってキッチンに入ると、既に男達は獅子王と何やら親しげに話していた。
 テーブルの上には、篭に盛られた色とりどりの果物、チーズとパンが並び、カップからは湯気がゆらりと立っていた。
「おはよう」
「おう、よく眠れたか?」
 吉野も山口も昨日に比べて、ずっと溌剌としていた。
「ぐっすりよ」
 みちるは答え、カップに手を伸ばす。
「あ、コーヒー、獅子王が入れてくれたんだけどさ。鬼ウマ」
 有吉はカップを持ち上げて獅子王を横目で見た。
「どれ……あ、ほーんと、おいしー」
 みちるの素直な感想に、獅子王は得意げに口角を上げる。
 まどかはパンに手を伸ばした。
 夕食を抜いたので、かなり空腹だ。パンというより、ピザ生地を素で焼いたようなもので、まだ温かかった。
 その粗い生地を一口ちぎって食べると、つぶつぶの舌触りと、ほのかな甘みが口に広がった。トウモロコシの粉が混ざっているようだ。
 カッテージチーズのように白いチーズは、パンに乗せて食べると、軽い酸味とパンの甘みがとても良く合った。
「あ、服とかいろいろ届いたから。さっき俺たちが獅子王と鳳乱の所に取りに行ったんだぜ」
 山口はキッチンの角にある三つの銀色のケースを、カップを持った手で指した。
「わぁ、見たい、見たい!」
 桃に似た果実にかぶりついているみちるが、急いで席を立とうとする。
「喰ってからにしろよ」
「逃げないから、手、洗えよ」
 山口と獅子王が苦笑する。
 どうも鳳乱抜きだと、獅子王は少しくだけた感じがする。
 食事を済ませて、早速ケースを空けた。
 獅子王は「後でな」と言い、部屋を出て行った。

 一つ目のケースの中には、白い布の袋がいくつか入っていて、二つ目には靴とライトジャケット、三つ目には洗面用具やら日用品の細々したものが入っていた。
 その白い袋の上には、158、164、176、177、181と数字が黒字でプリントされている。
「何これ?」
 適当に一つを手に取り、中を見ると服が入っていた。
「これ、個人の身長じゃね?」
「なるほどねえ」
「体重じゃなくてよかったね」
 まどかは164を手に取り、持っていた176を吉野に渡す。
「オレは181だろ!!」
 山口は袋を胸に抱え込む。
「それはオレの」
 有吉は山口の方に手を伸ばし、手のひらを上に向け、指をくいくいっと起こした。
 代わりに、有吉は山口の顔に177の袋を命中させた。
 中身は長袖のTシャツ。カーキ色で無地、白に近い水色の地で緑のボーダー。パンツはベージュとカーキだ。下着は靴下も含め、シンプルなものがそれぞれいくつか入っていた。
 みちるとまどかの分にはさらに紺に、白のパイピングをされた半袖のパジャマが支給されていた。
「可愛い、可愛い!」と二人ははしゃいだ。
「いいよな、俺たちなんか多分、これがパジャマ代わりだろ」と、山口は白と黒の至って普通のTシャツを見せた。まあ、これで十分だけどね。と吉野がフォロー(か?)した。服にはタグに、ご丁寧にイニシャルが小さく印字されている。
 長に名乗ったときに、鳳乱か獅子王が全員の名を覚え、連絡したのだろうか。
「取りあえず、着替えておこうぜ」
 有吉は袋を抱えて部屋へ向かう。まどかたちは洗面所で着替えた。服も下着も驚くほどぴったりだった。長袖のTシャツは割と体にフィットするタイプだが、素材はすべすべとした感触で肌に気持ちがいい。パンツもスリムだが、ストレッチ素材で動き易い。
 ブーツは10ホールの編み上げで白。しっかりとした造りの割に軽かった。それから、小ぶりのケースが通してある、やや幅の広いベルトを着けた。
「なんか少し、体の線が目立ち過ぎてやしねーか? それ」
 着替えた二人を見て、有吉が眉を寄せる。
「そうかな。伸縮性が抜群だから、全然窮屈じゃないんだけど。ね」
 みちるに振られて、まどかも「うん」と頷く。
「いいじゃん、いいじゃん、戦う女、って感じでかなり萌えだよ」
 山口が大げさに活気付くと、そういわれれば確かに、と吉野が苦笑した。一方、男たちの制服は、至って普通のミリタリーの様相。アーミーパンツは鳳乱達がはいていた物と同じ。黒いコンバットブーツに、吉野と山口はカーキのTシャツを、有吉はボーダーを着ていた。
「Tシャツ、お揃いだね」
 まどかが有吉に言うと、「うん。オレ、ボーダー好き。似合うだろ」ニヤッと笑う。
 まどかはこの、少し小賢しい笑みが好きだったのを一瞬、思い出した。
「支度済んだか」
 その時、鳳乱がキッチンに入って来た。まどかは思わずそちらに振り向く。入り口に立っていた彼と目が合った。彼はつかの間、まどかを見ていたが、その表情からは普段同様、何も読めない。
 まどかは彼の手の感触を思いだし、俯(うつむ)いた。
「顔、少し赤いけど大丈夫か?」
 有吉が顔を覗き込む。
「あ、うん。平気。新しい服着てちょっとテンションが上がっただけ」
 パタパタと顔の前で手を振った。
「君たちの服をいくつか空のケースに入れておいてくれ。バーシスに送って分析させよう。帰る手がかりが見つかるかもしれない」
「パンツも入れとく?」
 山口はいつも一言余計だ。
「いらん」
 ほら、バッサリ切られた。鳳乱には冗談が全く通じない。
「行くぞ、獅子が外で待っている」
 外は既にむっと、蒸し風呂さながらの暑さだった。それでも汗はかかない。この服の素材のお陰だろうか。獅子王は広場で二、三人の女性と話をしていた。
「獅子、行くぞ!」
 鳳乱はよく通る声で彼を呼んだ。獅子王はこちらをちらっと見、そして名残惜しそうに彼女達に手を振ると、こちらへ来た。彼はみちるとまどかに上から下までじっくり視線を走らせる。
「なんだ、お前ら結構……いいのな」
 そう言ってへらっと頰を緩めた。はっきり言わないだけ、頭の中がダダ漏れだ。
「無駄口叩いている暇は無い。行くぞ」
 鳳乱はジャングルへ向かって足早に進んだ。五人も慌てて後を追う。ガサガサと葉をかき分けて進んだ。
「歩きなの……」
 吉野が情けない声を出す。
「獅子王、あれ、また呼んでくれよ。最初に乗せてくれた奴ら」
 山口が獅子王に並びながら話しかける。
「楽しようと思うな。大した距離じゃない」
「ああ、そうか。で、どのくらい歩くんだ?」
 山口は表情をほころばす。
「7、8kmくらいかな」
「げ」
「それって、目的地に着く頃には自滅して、敵となんて戦えないぜ」
「いや、戦わなくてもいいんじゃないか」
 鳳乱が歩みを弛めずに口を挟む。
「それ、どういうこと?」
「最初から言ってるだろう。血は流さない。奴らはちょっと特殊なんだ。我々とコミュニケーションがとれない。取りつく島が無いと言うか、壁が厚いと言うのか……」
 それは自分の事でしょ。と、まどかは心の中で突っ込む。
「多分奴らも、迷い込んで来たんだと思う。つまり君たちの持つ会話の『技術』を使ったコミュニケーションでしか対応しないんじゃないか、そう考えたんだ」
「そうすれば奴らの要求が何かわかって、さらに話がつけば最低限でも神の祠から追い出せるだろ」
 獅子王が鳳乱の話を継いだ。
「なんだ、そういうことか。でも、また別の宇宙人なら、お手上げだぜ」
「とにかく、試してみてくれ。我々はとにかく援護に徹する」
 鳳乱の語気が強い。少なくとも本当に流血の惨事にはならないのは確かなようだ。
 サバゲー好きの吉野は少しがっかりしたらしい。
 しかし、戦うと言っても、戦う術も知らない、剣も銃も手にした事の無い私たちに一体何が出来るのだろう。
 そして何故、今このジャングルの奥を目指しているのだろう。
 全く知らない人々(そもそも人なのか)の、期待に応えようとしているのだろう。
「明日の事などわからない」そんな言葉がまどかの頭に浮かぶ。
 実際に今、そんな状態だ。
 今は先頭を獅子王が進み、列の最後尾には鳳乱が続く。
 まどかはその前を歩いていたが、なんだか後ろから監視されているようで居心地が悪い。
 何度も後ろの存在を気にしてしまう自分を胸内で叱咤し、前を向いてひたすら足を動かした。
 道は荒れていて、地表には木の根が縦横無尽に盛り上がり、緑の苔に覆われている。
 湿気を含んだ苔は足の下で剥がれ、ソールのごついミリタリーブーツを履いていても転びそうになる。
「あっ」
 木の根につまづき、まどかの体は前に傾いだ。その腕が強く掴まれ、すぐに引き戻す。背中に相手の硬い胸を感じた。
「気をつけろ」
 鳳乱の呆れ顔がまどかを見下ろしていた。
「あ、ありがと……」
 礼を言うと、彼は手を離して歩き出した。
 掴まれた腕の感触に、胸が騒いでいる。 

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