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Part 13-2
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最初に動いたのは、獅子王だった。
彼は倒れているトカゲに近づいてブーツの先でその体を二、三度突き、完全に息絶えていることを確かめた。
鳳乱はまどかの頬を両手でそっと包むと、上を向かせ、その顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
その瞳には、安堵と悲哀が溢れている。
まどかはその手の上に、言葉にはならない想いを込めて自分のを重ねた。
「うん……大丈夫。ありがとう」
「ごめん。もっと早く来ていれば……まさか二人が追いかけて来るなんて思っていなかった。バリアの起動装置を調べて……壊されていたのを見てここに急いだのだが……まどか、歩けるか? ゆっくり、呼吸するんだ」
体はまだ震えていたが、鳳乱の言う通り深呼吸をすると、少し落ち着いてきた。
それを見た鳳乱は、ホッと目を細める。
そして「ちょっと待ってて」と、まどかをその場に残して歩き出そうとした。まどかはすぐに彼のTシャツの裾を掴んだ。
「やだ。離れないで」
彼は少し躊躇したが、まどかの肩を抱くと、有吉の方へ足を向けた。
切られた腹を庇うように座る有吉の、その横に鳳乱は膝をつく。
有吉の顔は、汗と土埃で汚れていたが、目にはまだ闘志の片鱗が揺れ、ぎらついていた。
「有吉、よくやった」
鳳乱はそっと有吉の傷の上の手を開きながら労った。赤黒い血は凝固しかけて、ねっとりと傷口を覆っていた。
「オレは何もしていない」
「まどかを守った」
「当たり前だろ」
有吉は鳳乱のすることを見ながら、吐き捨てるように言った。
鳳乱はまだ有吉が握っている短剣を取り上げると、有吉のTシャツに引っかけて裂き、傷付いている部分を露にした。
それから刃を自分の手の平に当て、素早く引いた。
「あっ」
有吉とまどかは同時に声を上げた。
地面にぽたぽたと赤い雫が落ちる。
「少し痛むが、我慢しろ。大丈夫。傷はそう、深くない」
鳳乱は血の流れている自分の手をぐいと、有吉の傷口に押し付け、血をなすり付けた。
「いてっ……」
有吉は顔をしかめつ。
「これで傷は割と早く閉じる」
鳳乱は手を放して立ち上がり、後ろで立ちすくんでいたまどかを、そして獅子王に視線を巡らせた。
獅子王もトカゲの死体の横で鳳乱を見据えている。
ゴゴゴ……。
さっきよりもはっきりと、足元から地鳴りが響いた。
「立てるか?」
有吉は、鳳乱の差し出した手を取って立ち上がった。辺りはまだ薄暗く、黎明を思わせた。
「今すぐキマイラに乗って山を下りろ。出来るだけ早く。出来るだけ遠くへ行くんだ。僕は後からすぐに追いかける」
鳳乱は有吉とまどかに言った。
「それ、うそ……」
まどかは鳳乱を見上げた。彼は驚いたように少し目を見開いた。
「鳳乱は、私たちと一緒に来なきゃ」
トカゲに捕まった恐怖から解放されたまどかの頭は、なぜかとても冴えていて、いつもの数倍も処理能力が上がっていると実感するほど、物事がクリアに、ーー分かった。
今の状況と、これから起こるであろうこと。
そして自分は、それを是が非でも阻止したいということ。
まどかは獅子王の方へ向き直ると、彼を睨み、叫んだ。
「裏切ったって、何!?」
直後、鳳乱はまどかの腕をとって強く引いた。
「そんなことはいい。早く行け。有吉、まどかを連れて、早く!」
その語気は強かったが、まどかは鳳乱の手を振り払った。
「獅子王、あなたトカゲと組んでたの!? 何が目的だったの!?」
まどかは軽い興奮状態にあった。気持ちが高揚し、酩酊状態に近かった。
獅子王に言いたいことは、言うべきことは、もっとたくさんあるように思えた。
何か言葉を発しないと、気が鎮まらない。
「何か言いなさいよ! 自分のしたことも言えないの!? ショックで口が利けなくなったの!?」
足元から地面の震えが断続的に伝わってきたが、そんなことは一向に構わなかった。獅子王はまだ同じ場所で立ち尽くしていた。
「お前らが来なかったら、こんなことにならなかったんだ!」
獅子王は声を張り上げた。
「でも、有吉と私が来なかったら、トカゲに石を持っていかれていたでしょう!」
「お前達が来たから、石は砕けたんだ! もともとトカゲはオレが始末するつもりだったんだ……ただ……少しの間、石が目の前で取り上げられさえすれば……」
獅子王は足元のトカゲに視線を落とした。
「ただ……少し焦る顔が見たかっただけだ……。幸せで満たされている顔が、醜く歪むのを……」
「何の話をしているの?」
「僕のことじゃないかな」
鳳乱がまどかの隣でつぶやいた。
「獅子、おまえもすぐに山を下りろ。後は僕が全て処理しておく。すぐに行って、バーシスに連絡しろ!」
鳳乱が叫ぶと、獅子王はきっ、と顔を上げた。
「オレに指図するんじゃねえ! ……なあ、オレたちは孤独なもの同士ずっと仲良くやって来たじゃねえか。こいつらが来てから、何かが狂ったんだ。いなくなればまた、元に戻るよな。いいパートナーにさ。まどかがおまえに始終べったりだから、おまえも楽に動けないだろ。仕事は思うように出来ない。まどかがいなかったらトカゲだって二人でもっと早く捕まえられただろ。こいつらはオレたちの邪魔ばかりしてきたんだ。バーシスにとっても荷物に決まってる」
獅子王はシープを持つ腕を上げて、まどかたちをその先で指した。
「いや、トカゲはもともとおまえが逃したんだろう。この茶番のために。ただおまえの優越感を満たすためだけに。……そんな奴だとは思わなかったよ。残念だ。銃をおろせ」
まどかは鳳乱の言葉に間髪を入れず、言葉を次いだ。
「なんでも人のせいにするんじゃないわよ!! あんたは鳳乱に構ってもらえなくて勝手にいじけてたんでしょ! それで構ってもらうために、たくさんの無関係な人を危険にさらしてまで、この芝居を企てたってわけ!? どこまで自己中で浅はかなの? あんたと同じような境遇になる子供がいるかもしれないって考えなかったの!? あんたのやってることは、支離滅裂じゃないの!」
シューーーーー。
熱いガスがあちこちの地割れから吹き出して来た。まるでまどかの怒りがそのまま吹き出して来たようだった。
「だめだ! 時間が無い……」
鳳乱がまどかを庇うように体を後ろに押した。
その時、ひときわ大きなガスが吹き上がる音がし、目の先の岩上から、細いマグマの柱が踊るのが見えた。鳳乱はまどかの両肩に手を置き、正面からじっと見据えた。
「あっ、獅子王!」
有吉が叫んだ。まどかは、鳳乱の肩越しに、獅子王が岩の陰に姿を消すのを見た。
鳳乱も振り向き、それを目で追ったが、すぐにまどかに向き直ると静かに言った。
「まどか、ここでお別れだ。僕は噴火を止めないといけない」
(え?)
まどかは耳を疑った。彼のTシャツの胸を両手でぎゅっと掴んむ。
「ほ、鳳乱じゃないでしょ『順番』は……。呼びにいこうよ」
まどかの声は、掠れていた。
「時間が無い。早く石になって山を鎮める以外、方法は無い。それは今、ここにいる僕にしか出来ない。僕の父が出来なかったことを、僕がしないと」
彼の瞳には、揺るぎない決意が浮かんでいた。
「いや……いやよ。絶対にイヤ!」
手が白くなるほどに、彼のTシャツを掴んだ。彼はまどかの手をそっと上から包んだ。熱かった。
ぼごぼごと鈍い音がして、今度は亀裂からどろりとマグマが滲み出す。暗がりに、そこだけオレンジ色に輝いていた。
生き物のように、じわじわと地を浸食している。
「有吉、早く」
鳳乱は後ろにいる有吉に呼びかけた。有吉はまどかの肩に手を置いた。まどかはその手を払う。
「いや。行かないで。一緒にいたいって言ったじゃない。帰るなって言ったじゃない。私、帰らないから。鳳乱の側にいるから。だから行かないで……行かないでよ」
涙声だった。
ぱきぱきと乾いた音が響いて、また亀裂が走った。それはすぐ近くまで来た。
「ごめん……まどか。でも、まどかなら大丈夫だ。僕が愛したまどかなら大丈夫。悲しいのは一時だ、いつかきっと乗り越えられる。僕がいなくなっても、まどかの周りにはいつも好意を寄せる誰かがいて、助けてくれる。そういう人たちを頼って。大丈夫。まどかは一人じゃない」
「一人よ。鳳乱がいなくなったら、私は一人よ」
目から涙が溢れる。たちまち鳳乱の顔が歪む。それでも、彼の、困る顔がわかった。
「ごめん。もう僕は行くよ。愛してる。まどか。今まで側にいてくれて、ありがとう」
そしてまどかをしっかりと胸に抱きしめた。その体はとても熱かった。
マグマの炎が吹き上げる空気と同じくらい、熱かった。
「それから……獅子は悪くない。まどかも、有吉も、誰も、悪くない」
彼は囁いた。
「いやよぉ……」
ーーここでお別れなんて、嘘でしょう。
鳳乱は私を一人になんてしないでしょ。
石になんてなったら「キライ」って言ってやるんだから……ーー
言いたいことは次から次へ頭に浮かんだが、肩を震わせ泣きじゃくり、嗚咽を繰り返すだけで、まどかは何も言えなかった。
ただ、彼の胸に必死にしがみつき、顔を埋めた。
ビリ、とTシャツの裂ける音がして、耳のすぐ側で、何かがさわさわと柔らかな音がするのを聞いた。葉ずれよりももっとささやかで、柔らかい響き。
そして頬を、柔らかな羽がくすぐるのを感じた。
鳳乱の胸の奥から、骨がみしみしとしなる音が聞こえた。
まどかを抱いている腕は、もはや人の腕では無かった。気がつけば、まどかは一対の重なった大きな羽に包まれていた。
怖くて顔を上げることが出来なかった。
羽に包まれた柔らかな胸が大きく盛り上がった、その瞬間、バサバサという大きな羽音と同時に、熱い風が巻き上がった。
「あっ」
手を伸ばしたが、遅かった。彼を掴み損ねた手から、Tシャツの切れ端がひらりとこぼれた。
空を仰ぐと、エクスピダルに重なって、ダイヤモンドリングを作っていたルイーゼがその体を移動させ始めていた。
皆既食が終わる。
ユランに光が再び満ち始める。
強く広がっていく光に、目眩がした。さっきまで重なっていた二つの星の下を、その体の輪郭を炎で揺らしながら、大きなフェニックスに姿を変えた鳳乱が、ゆっくり旋回していた。
マグマの柱が、彼に吸い込まれるように空へ突き刺さっていく。
「鳳乱ーー!!!」
まどかは力の限り叫んだ。
ーー戻って来て。お願い。
「鳳乱ーー!」
呼吸がまた浅くなった。肺が頑に空気の入り込むのを拒否しているようだ。
「金目! 行くぞ。本当にやばい。鳳乱に任せるんだ」
有吉はまどかの腕をとり、キマイラの方へ引きずる勢いで強く引いた。
「いや!! 行かない! 私もここにいる!! 鳳乱!! 戻って!!」
まどかはあらん限りの声で叫んだ。それは既に悲鳴に近かった。
有吉の腕を振り解こうとしたが、今度は彼もかなりの力を込めて離さなかった。まどかは空に向かって鳳乱の名前を叫び続けたが、鳳乱は明るくなっていく空を、泳ぐように旋回し続けるだけだった。
ますます、呼吸が出来なくなってきた。
吹き上がるガスの臭いで、胸がむかむかした。
「鳳乱……」
もう一度、彼に向かって叫ぼうと空を仰いだとたん、足元が大きく揺れ、目の前が真っ暗になった。
(変なの……皆既食は終わったはずでしょ……)
「金目!!」
有吉の声が、とても遠くから聞こえた。
彼は倒れているトカゲに近づいてブーツの先でその体を二、三度突き、完全に息絶えていることを確かめた。
鳳乱はまどかの頬を両手でそっと包むと、上を向かせ、その顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
その瞳には、安堵と悲哀が溢れている。
まどかはその手の上に、言葉にはならない想いを込めて自分のを重ねた。
「うん……大丈夫。ありがとう」
「ごめん。もっと早く来ていれば……まさか二人が追いかけて来るなんて思っていなかった。バリアの起動装置を調べて……壊されていたのを見てここに急いだのだが……まどか、歩けるか? ゆっくり、呼吸するんだ」
体はまだ震えていたが、鳳乱の言う通り深呼吸をすると、少し落ち着いてきた。
それを見た鳳乱は、ホッと目を細める。
そして「ちょっと待ってて」と、まどかをその場に残して歩き出そうとした。まどかはすぐに彼のTシャツの裾を掴んだ。
「やだ。離れないで」
彼は少し躊躇したが、まどかの肩を抱くと、有吉の方へ足を向けた。
切られた腹を庇うように座る有吉の、その横に鳳乱は膝をつく。
有吉の顔は、汗と土埃で汚れていたが、目にはまだ闘志の片鱗が揺れ、ぎらついていた。
「有吉、よくやった」
鳳乱はそっと有吉の傷の上の手を開きながら労った。赤黒い血は凝固しかけて、ねっとりと傷口を覆っていた。
「オレは何もしていない」
「まどかを守った」
「当たり前だろ」
有吉は鳳乱のすることを見ながら、吐き捨てるように言った。
鳳乱はまだ有吉が握っている短剣を取り上げると、有吉のTシャツに引っかけて裂き、傷付いている部分を露にした。
それから刃を自分の手の平に当て、素早く引いた。
「あっ」
有吉とまどかは同時に声を上げた。
地面にぽたぽたと赤い雫が落ちる。
「少し痛むが、我慢しろ。大丈夫。傷はそう、深くない」
鳳乱は血の流れている自分の手をぐいと、有吉の傷口に押し付け、血をなすり付けた。
「いてっ……」
有吉は顔をしかめつ。
「これで傷は割と早く閉じる」
鳳乱は手を放して立ち上がり、後ろで立ちすくんでいたまどかを、そして獅子王に視線を巡らせた。
獅子王もトカゲの死体の横で鳳乱を見据えている。
ゴゴゴ……。
さっきよりもはっきりと、足元から地鳴りが響いた。
「立てるか?」
有吉は、鳳乱の差し出した手を取って立ち上がった。辺りはまだ薄暗く、黎明を思わせた。
「今すぐキマイラに乗って山を下りろ。出来るだけ早く。出来るだけ遠くへ行くんだ。僕は後からすぐに追いかける」
鳳乱は有吉とまどかに言った。
「それ、うそ……」
まどかは鳳乱を見上げた。彼は驚いたように少し目を見開いた。
「鳳乱は、私たちと一緒に来なきゃ」
トカゲに捕まった恐怖から解放されたまどかの頭は、なぜかとても冴えていて、いつもの数倍も処理能力が上がっていると実感するほど、物事がクリアに、ーー分かった。
今の状況と、これから起こるであろうこと。
そして自分は、それを是が非でも阻止したいということ。
まどかは獅子王の方へ向き直ると、彼を睨み、叫んだ。
「裏切ったって、何!?」
直後、鳳乱はまどかの腕をとって強く引いた。
「そんなことはいい。早く行け。有吉、まどかを連れて、早く!」
その語気は強かったが、まどかは鳳乱の手を振り払った。
「獅子王、あなたトカゲと組んでたの!? 何が目的だったの!?」
まどかは軽い興奮状態にあった。気持ちが高揚し、酩酊状態に近かった。
獅子王に言いたいことは、言うべきことは、もっとたくさんあるように思えた。
何か言葉を発しないと、気が鎮まらない。
「何か言いなさいよ! 自分のしたことも言えないの!? ショックで口が利けなくなったの!?」
足元から地面の震えが断続的に伝わってきたが、そんなことは一向に構わなかった。獅子王はまだ同じ場所で立ち尽くしていた。
「お前らが来なかったら、こんなことにならなかったんだ!」
獅子王は声を張り上げた。
「でも、有吉と私が来なかったら、トカゲに石を持っていかれていたでしょう!」
「お前達が来たから、石は砕けたんだ! もともとトカゲはオレが始末するつもりだったんだ……ただ……少しの間、石が目の前で取り上げられさえすれば……」
獅子王は足元のトカゲに視線を落とした。
「ただ……少し焦る顔が見たかっただけだ……。幸せで満たされている顔が、醜く歪むのを……」
「何の話をしているの?」
「僕のことじゃないかな」
鳳乱がまどかの隣でつぶやいた。
「獅子、おまえもすぐに山を下りろ。後は僕が全て処理しておく。すぐに行って、バーシスに連絡しろ!」
鳳乱が叫ぶと、獅子王はきっ、と顔を上げた。
「オレに指図するんじゃねえ! ……なあ、オレたちは孤独なもの同士ずっと仲良くやって来たじゃねえか。こいつらが来てから、何かが狂ったんだ。いなくなればまた、元に戻るよな。いいパートナーにさ。まどかがおまえに始終べったりだから、おまえも楽に動けないだろ。仕事は思うように出来ない。まどかがいなかったらトカゲだって二人でもっと早く捕まえられただろ。こいつらはオレたちの邪魔ばかりしてきたんだ。バーシスにとっても荷物に決まってる」
獅子王はシープを持つ腕を上げて、まどかたちをその先で指した。
「いや、トカゲはもともとおまえが逃したんだろう。この茶番のために。ただおまえの優越感を満たすためだけに。……そんな奴だとは思わなかったよ。残念だ。銃をおろせ」
まどかは鳳乱の言葉に間髪を入れず、言葉を次いだ。
「なんでも人のせいにするんじゃないわよ!! あんたは鳳乱に構ってもらえなくて勝手にいじけてたんでしょ! それで構ってもらうために、たくさんの無関係な人を危険にさらしてまで、この芝居を企てたってわけ!? どこまで自己中で浅はかなの? あんたと同じような境遇になる子供がいるかもしれないって考えなかったの!? あんたのやってることは、支離滅裂じゃないの!」
シューーーーー。
熱いガスがあちこちの地割れから吹き出して来た。まるでまどかの怒りがそのまま吹き出して来たようだった。
「だめだ! 時間が無い……」
鳳乱がまどかを庇うように体を後ろに押した。
その時、ひときわ大きなガスが吹き上がる音がし、目の先の岩上から、細いマグマの柱が踊るのが見えた。鳳乱はまどかの両肩に手を置き、正面からじっと見据えた。
「あっ、獅子王!」
有吉が叫んだ。まどかは、鳳乱の肩越しに、獅子王が岩の陰に姿を消すのを見た。
鳳乱も振り向き、それを目で追ったが、すぐにまどかに向き直ると静かに言った。
「まどか、ここでお別れだ。僕は噴火を止めないといけない」
(え?)
まどかは耳を疑った。彼のTシャツの胸を両手でぎゅっと掴んむ。
「ほ、鳳乱じゃないでしょ『順番』は……。呼びにいこうよ」
まどかの声は、掠れていた。
「時間が無い。早く石になって山を鎮める以外、方法は無い。それは今、ここにいる僕にしか出来ない。僕の父が出来なかったことを、僕がしないと」
彼の瞳には、揺るぎない決意が浮かんでいた。
「いや……いやよ。絶対にイヤ!」
手が白くなるほどに、彼のTシャツを掴んだ。彼はまどかの手をそっと上から包んだ。熱かった。
ぼごぼごと鈍い音がして、今度は亀裂からどろりとマグマが滲み出す。暗がりに、そこだけオレンジ色に輝いていた。
生き物のように、じわじわと地を浸食している。
「有吉、早く」
鳳乱は後ろにいる有吉に呼びかけた。有吉はまどかの肩に手を置いた。まどかはその手を払う。
「いや。行かないで。一緒にいたいって言ったじゃない。帰るなって言ったじゃない。私、帰らないから。鳳乱の側にいるから。だから行かないで……行かないでよ」
涙声だった。
ぱきぱきと乾いた音が響いて、また亀裂が走った。それはすぐ近くまで来た。
「ごめん……まどか。でも、まどかなら大丈夫だ。僕が愛したまどかなら大丈夫。悲しいのは一時だ、いつかきっと乗り越えられる。僕がいなくなっても、まどかの周りにはいつも好意を寄せる誰かがいて、助けてくれる。そういう人たちを頼って。大丈夫。まどかは一人じゃない」
「一人よ。鳳乱がいなくなったら、私は一人よ」
目から涙が溢れる。たちまち鳳乱の顔が歪む。それでも、彼の、困る顔がわかった。
「ごめん。もう僕は行くよ。愛してる。まどか。今まで側にいてくれて、ありがとう」
そしてまどかをしっかりと胸に抱きしめた。その体はとても熱かった。
マグマの炎が吹き上げる空気と同じくらい、熱かった。
「それから……獅子は悪くない。まどかも、有吉も、誰も、悪くない」
彼は囁いた。
「いやよぉ……」
ーーここでお別れなんて、嘘でしょう。
鳳乱は私を一人になんてしないでしょ。
石になんてなったら「キライ」って言ってやるんだから……ーー
言いたいことは次から次へ頭に浮かんだが、肩を震わせ泣きじゃくり、嗚咽を繰り返すだけで、まどかは何も言えなかった。
ただ、彼の胸に必死にしがみつき、顔を埋めた。
ビリ、とTシャツの裂ける音がして、耳のすぐ側で、何かがさわさわと柔らかな音がするのを聞いた。葉ずれよりももっとささやかで、柔らかい響き。
そして頬を、柔らかな羽がくすぐるのを感じた。
鳳乱の胸の奥から、骨がみしみしとしなる音が聞こえた。
まどかを抱いている腕は、もはや人の腕では無かった。気がつけば、まどかは一対の重なった大きな羽に包まれていた。
怖くて顔を上げることが出来なかった。
羽に包まれた柔らかな胸が大きく盛り上がった、その瞬間、バサバサという大きな羽音と同時に、熱い風が巻き上がった。
「あっ」
手を伸ばしたが、遅かった。彼を掴み損ねた手から、Tシャツの切れ端がひらりとこぼれた。
空を仰ぐと、エクスピダルに重なって、ダイヤモンドリングを作っていたルイーゼがその体を移動させ始めていた。
皆既食が終わる。
ユランに光が再び満ち始める。
強く広がっていく光に、目眩がした。さっきまで重なっていた二つの星の下を、その体の輪郭を炎で揺らしながら、大きなフェニックスに姿を変えた鳳乱が、ゆっくり旋回していた。
マグマの柱が、彼に吸い込まれるように空へ突き刺さっていく。
「鳳乱ーー!!!」
まどかは力の限り叫んだ。
ーー戻って来て。お願い。
「鳳乱ーー!」
呼吸がまた浅くなった。肺が頑に空気の入り込むのを拒否しているようだ。
「金目! 行くぞ。本当にやばい。鳳乱に任せるんだ」
有吉はまどかの腕をとり、キマイラの方へ引きずる勢いで強く引いた。
「いや!! 行かない! 私もここにいる!! 鳳乱!! 戻って!!」
まどかはあらん限りの声で叫んだ。それは既に悲鳴に近かった。
有吉の腕を振り解こうとしたが、今度は彼もかなりの力を込めて離さなかった。まどかは空に向かって鳳乱の名前を叫び続けたが、鳳乱は明るくなっていく空を、泳ぐように旋回し続けるだけだった。
ますます、呼吸が出来なくなってきた。
吹き上がるガスの臭いで、胸がむかむかした。
「鳳乱……」
もう一度、彼に向かって叫ぼうと空を仰いだとたん、足元が大きく揺れ、目の前が真っ暗になった。
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