コストカットだ!と追放された王宮道化師は、無数のスキルで冒険者として成り上がる。

あけちともあき

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第14話 蝶のように舞い、蜂のように刺すとか

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「いいのか? 大丈夫かオーギュスト。死んだりしないか?」

「死神っぽい心配をしてきたな……。俺のことは大丈夫。彼の手の内はよく知っているし、人間はそうそう変わるものじゃない。何より、向上心が無い輩は驚くほど昔と変わっていないものだよ」

「そ、そんなものか? ……っていうか、私は死神じゃないっ」

 怒るイングリドと、目の前ではバリカスも怒っているようだ。向上心が無い輩とは俺様のことかー、などと怒鳴っているが、他に誰がいるというのか。

「ははは、失敬失敬。ところでイングリド、君のサブウェポンであるショートソードを借りてもいいかな?」

「構わないが……。あれとショートソードで戦うのか?」

 マールイ王国騎士団長バリカスは、すっかりやる気である。
 並の戦士ならば両手で振るような大剣を、片手で抜いて軽々と振り回している。

 片手剣というものは、両手剣よりもリーチが長い。
 それが大剣ともなればなおさらだろう。
 戦いにおいて、リーチの差というものは大変有効に働く。

 基本的に、相手よりリーチが長い武器で一方的に叩くのが勝ちパターンと言っていい。

「マールイ王国騎士団には、こういうサブウェポンで長物を制圧する術が存在していてね。九十年前にある男が生み出した戦法で、今では周辺諸国でも、これが用いられているほどだ」

「私も知ってはいる。だが、あれは条件が限られていて、そこまで有用な技術だとは……」

「そう。十全に、あの技術……戦場組討フィールドアーツを修得していなければ、バリカスのような相手と相対することは難しいだろうね」

 俺は、巨大な剣を振り回して威嚇してくるバリカスと向かい合う。
 背後では、ガットルテ王国の騎士たちが固唾を呑んで見守っている。

「フィールドアーツ……。騎士の心得の一つだが、そんな基礎的な技を使って何を……」

 騎士ダガンも分からないようだ。

「では、諸君にお見せしよう。バリカス閣下! どうぞわたくしめに掛かってきて下さい。あの時の稽古の続きと参りましょう」

「黙れ! 黙れ道化師!! 道化師風情が、この最強の騎士であるバリカス様を愚弄するなどぉぉぉ!! 死ねっ、死ねえぇぇ!!」

 咆哮とともに、バリカスが踏み込んできた。
 同時に繰り出されるのは、巨体を生かした凄まじいリーチの斬撃。
 試合で使う技ではない。当たれば相手は死ぬだろう。

 俺は大剣の切っ先を一歩下がって回避しながら、それの戻り際に大きく接近した。

「馬鹿め!」

 戻す剣で、バリカスが切りつけてくる。
 だが、片手である以上、戻しの斬撃は初撃よりも明らかに鈍い。
 腕の構造上仕方がないのだ。

「閣下、甘いですぞ」

 俺はこれを、立てたショートソードでいなした。
 剣の腹を滑らせて、大剣を頭上に受け流したのである。

「ぬおおっ!? なんの!」

 だが、これを馬鹿力で無理やり戻してくるバリカス。
 その時には、俺はさらに懐まで入り込んでいる。
 斬撃が速度を得る前に、その根本にショートソードを押し当てた。

「ぬうおっ!? ふ、振れん!!」

「長物の強さは、リーチと、そして遠心力。だがそれは、その間合いの内側に入れば弱点ともなる。こうしてその弱点を利用して懐に入り、速度を殺してしまえば……おや不思議! リーチと遠心力を失い、長物の利点が消えてしまった!」

「おのれええええ!! 離れろ、貴様、離れろ!」

 バリカスはショートソードを抜こうとする。
 そう、至近距離でこそ威力を発揮するのが戦場組討なのである。

「閣下、相手の目の前で、次の手を想像しやすくする動きはやめておくべきだと教えましたよね?」

 その腕を、上から押さえつける。
 人間の力は、引くよりも押すほうが強い。
 これは結構な力の差があっても、対抗可能なほどだ。

「ぬ、抜けん!! 貴様! 貴様あーっ!!」

「はっはっは、武器が抜けませんなあ。大剣は振れず、ショートソードは抜けず、あとは素手で戦うほかない!」

「お、おう、そうだ! ぐははは、捻り潰してやる、道化師!! あの頃の俺様ではないぞ!! うおおーっ!!」

 大剣を投げ捨てて、俺に掴みかかろうとするバリカス。
 そんな彼の首筋に、俺はぴたりとショートソードを当てた。

「閣下……。敵の目の前で武器を投げ捨てる阿呆がどこにおりますか」

「ウグワーッ!! だ、だ、騙したな貴様ーっ!! 今、素手でって! 素手でって言った!!」

「敵の言う事を信用する阿呆がどこにおりますか。ああ、ほら、動くと首が切れますよ。イングリドの剣はよく手入れされていて、大変よく切れる……」

「ウグワーッ!? ちくっとした! き、切れた! やめろーっ!」

「降参ですかな?」

 俺が問うと、バリカスは必死の形相で小さく顎を動かした。

「やれやれ。では、これにて試合は……」

 俺が体を離すと同時に、バリカスが立ち上がった。
 ショートソードを抜き放ち、襲いかかってくる。

「ぐはははは! 馬鹿め! 俺はまだ一言も降参などと言ってはいないわーっ!!」

「だろうな。勝つためには手段を選ばぬ。その意気やよし。ただし性根は腐っている」

 俺は地面を蹴って、背中からバリカスの体に飛び込んだ。

「うおっ!?」

 一瞬反応が遅れた、マールイ王国騎士団長。
 彼の腕を取り、足で払い、巨体を腰に乗せ……。

「ほいっ」

 投げっぱなしの背負投げである。

「ウグワーッ!!」

 バリカスは背中から叩きつけられ、白目を剥いた。

「閣下の挙動は実に分かりやすいですなあ! さあ皆さん! 見事、かの悪名高き騎士団長を地に転がせて見せました! これほど頭を低く低く下げているご様子、閣下の謝意と見てよろしいのでは? 皆々様、お気に召しましたらば、どうか盛大なる拍手を!」

 両手を上げて、周囲にアピール。
 ガットルテ騎士団は呆然として、マールイ騎士団は目と口を開きっぱなしにして微動だにしない。
 ただ一人、イングリドが嬉しそうに拍手をしていた。

「あ……あれがフィールドアーツだと言うのか……?」

 ようやく言葉を紡いだのは、騎士ダガンである。

「俺が知るものとは全く違う……。あれほど実戦的な技だったのか……! だが、それを実戦で使いこなすことができるとは、お前は一体何者……」

「自分が編み出した技ですからね。誰よりも詳しくて当然と言えましょう」

「自分が……!? お、お前がフィールドアーツを作り上げた張本人……!!」

「なるほど、張本人!」

「すげえや! だからマールイ王国のでかぶつをやっつけちまったんだ!」

「やるなあ冒険者!」

「道化師だって言ってたぜ!」

「凄いぞ道化師ー!!」

 ガットルテ騎士団がわっと盛り上がる。
 拍手喝采。
 いつしかダガンの顔もほころんでいるのだった。

 一方、マールイ騎士団は彼らの団長を引きずりながら、こっそりと撤退したのだった。

 
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