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第二部:神都ラグナスの冒険 2

第61話 幕間・ドレの冒険

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『にゃん』

 金色の毛並みを風に揺らしながら、ドレが行く。
 ここは神都ラグナスの港湾地帯。

『げすいとは何にゃん』

 耳慣れぬ言葉を聞き、興味をいだいたドレなのだった。
 何せ、彼が降り立ったのはアドポリスの宿場町。

 下水施設などという高級なものがあるわけもない場所だ。
 もちろん、アドポリスにだって無い。
 汚いものは決まった場所にまとめて、砂を混ぜるなどの処理をした後で捨てるのが基本だ。

 それ故に、神都ラグナスは新鮮だった。
 クルミがトイレを使う時についていったのだが、なんと、トイレの底は都市の地下へと通じているのである。

『驚きにゃ。地下には何か大きい世界があるにゃ』

 クァールではあるが、ドレは猫的な性格でもあった。
 詳しい状況を調べようと、先程の子ども達のところへとやって来る。

「あ、さっきの猫だ!」

 荷物運びをしていた年少の子どもがまっさきに気付いた。
 だが、さっき仕事を止めて怒られたばかりだ。
 チラチラとドレを見ながら、荷物運びを続けている。

 ドレはひらりと、彼が運ぶ荷物に飛び乗った。

「わーっ」

『静かにするにゃん』

「わわわっ、しゃ、しゃ、しゃべ」

 彼の口を、ドレの触手がぺたりと塞ぐ。

『己はモンスターテイマーが連れている凄い猫にゃん。凄い猫はしゃべるにゃん』

「もがもが」

 子どもが目を丸くしてうなずく。
 驚くのはしゃべる方ではなく、触手がある方なのかも知れないが、そこまで考えが回らないようだ。

『げすいというところに、ペットが連れ込まれるにゃん? 話を聞きに来たにゃん』

「もがもが」

『喋らなくていいにゃん。思考を直接読むにゃん』

 クァールであるドレは、精神の操作に長けた個体である。

「もがー」

『なるほどよく分かったにゃん』

 ドレは子どもの顔を肉球でぺちぺちすると、そのままひらりと地面に降り立った。

「ねこー!」

『にゃん』

 子どもの掛け声に応じて尻尾を振り、再び彼は歩き出す。

「おっ、猫にゃん」

『にゃん』

 今度は船から降りてきたばかりの船乗りに出会った。

「よーしよしよし、金色の毛並みかあ。すげえ美人さんだなあ。お前、いいところの猫だろ。そんなに美人なのに一匹で出歩いてると、さらわれちまうぞー。最近、神都だと動物さらいが出るからなあ」

『にゃんにゃん』

「なんだ、俺の干し肉が欲しいのか? ほれ」

『にゃん』

 干し肉をゲットしたドレ。
 もぐもぐやりながらその場を離れた。

『ラグナスはなかなかいいところにゃん』

 とりあえず物陰にて、干し肉を本格的にいただこうとしたところである。

「ふーっ」

 現地の猫がやって来て、睨みつけてくる。
 さては、ここはラグナスの猫の縄張りだったか。

『おっ、何にゃ。やるつもりにゃ』

 ドレは触手を展開して、猫を威嚇する。

「にゃっ、……しゃーっ!」

 逃げない猫。
 解せぬ。
 ドレは考えた。

 己と猫の実力差は分かるであろうに。
 どうして逃げないのか。

 そして気付いた。
 猫の影から、小さい猫が数匹こちらを見ている。

『何にゃ。すっかり興ざめしたにゃ』

 ドレはやれやれ、と触手を使って肩をすくめた。
 干し肉をその場に残して、ひょいっと近くの荷物の上に上がる。

『大してうまくもない肉にゃ。勝手に食うといいにゃ』

 ドレはそう告げると、去ることにした。
 トコトコ、港湾地帯を歩く。

 金色の毛並みをしたドレは、大変人目を惹く存在だ。
 誰もが振り返り、この見慣れぬ、しかし美しい猫に注目した。

 そうすると、良からぬ輩も寄ってくる。

「あにき! この猫、野良っすかね?」

「誰かが飼ってるんだろ。だけど捕まえて売っちまえばこっちのもんだ! ほれ、袋をかぶせろ!」

「おらあ!」

 ごろつき風の男たちが、ドレを麻袋で捕らえようとした。

『遅いにゃん』

 ひらりと躱すドレ。

『猫さらいかにゃん』

「う、うわあこの猫喋った!」

「賢い猫だ!! 高く売れるぜ!」

 猫は賢くても喋らない。
 このごろつき達は賢くなかった。

『欲望まっしぐらにゃん。やれやれ、分からせるしかないにゃん』

 ドレはため息をつくと、一瞬だけ大きくなった。
 元の姿に戻ったのである。

 人間ほどもある、黄金の豹の姿に。

「へ?」

「はれ……?」

『弱々マインドブラスト』

「ウグワーッ」「ウグワーッ」「ウグワーッ」

 ごろつき達が昏倒した。
 すぐさま、猫に戻るドレ。

『やれやれ、相手を侮ってはいけないにゃん。どれどれ、頭の中を読んでやるにゃん』

 触手を伸ばし、ごろつき共の思考を読み取るドレ。

『どうぶつをさらって売ってるにゃん? おや? げすいとやらの所で、怪しいやつにどうぶつを渡してるにゃん』

 ドレは、下水にいるペット誘拐の手がかりらしきものを発見したのである。
 そしてここで入手した情報はそれだけではない。

 下水に関する話で、絶対に無視できないものがあった。

『げすいは臭いにゃ……!? それは恐ろしいにゃ。己の力だけでは手に余るにゃ。ここは下僕にやらせるにゃ』

 ドレが思い浮かべたのは、お人好しそうなオースの顔だった。

『そうと分かれば、あいつのところに行くにゃん。はー、臭いところとかありえないにゃー』

 ドレが走り出す。
 面白そうなことは自分でやる。
 だが、大変そうだったり臭そうだったりすることは、他人にやらせる。

 それがドレの流儀なのだ。

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