転生魔王のマニュアル無双~絶滅寸前の魔王軍をコツコツ立て直します~

あけちともあき

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盗賊王を討て

魔王軍は素敵な職場

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「ひいー、ひどい目にあったわあ……」

 体を拘束するつたをジュギィに断ち切ってもらい、レルギィはようやく解放された。

「ダークエルフ、どうだったの?」

「いやあ、もう。ひょろっとしてるからさ、挨拶もなしで通り抜ける気かい! ってちょっと脅かしたら、あいつらむにゃむにゃーって呪文を唱えて、そうしたらこの有様よ! あれが魔法ってやつなのね。怖いわあ……」

「それは姉サマ、悪い」

 ジュギィは冷徹に宣言すると、その足でルーザック達の後を追うのである。
 あとに残されたレルギィ。

「最近ジュギィが冷たい。反抗期かなあ……」

 などと呟くのだった。




 ダークエルフ達は戸惑っていた。
 彼らは魔族の中では、上位に位置するエリートである。
 高い魔法への適性を持ち、生まれながらに優れた魔導師である。。細身の肉体はしなやかな筋肉に覆われ、見た目以上の強靭さを誇る。彼らの眼は星明りすらない闇を見通し、黒い肌は生来の高い魔法や特殊能力への抵抗力を示している。
 彼らは、知恵に優れた二代目黒瞳王、残虐無比であった三代目黒瞳王と共に人間と戦った。
 彼らの同胞である、白い肌のエルフが人間についたたが、ダークエルフはこれに反目。
 魔神の側につくことで、黒い肌と優れた特殊能力を得た。
 だが、結局彼らと共に戦った黒瞳王は皆打ち倒され、ダークエルフはエルフによって、辺境の地に追いやられた。
 今では、グリフォンスの地下に拠点を作り、細々と暮らすばかりである。

 それでも、彼らのプライドは高いままだった。
 並みの魔族を寄せ付けぬ、魔神から直接賜った種としての強さ。
 高い知性。
 これが、オーガやゴブリンと言った、力任せの戦い方しか出来ない魔族達をさげすむ理由となっていたのである。

 ただ……彼らは、一族全てに渡って、後ろめたさのようなものを持っていた。
 魔神から直接、特殊な能力を授かったにも関らず、ダークエルフは二度ほど黒瞳王に仕えたきりで、その後は敗北を恐れて地下に隠れ住んだからだ。
 敗北は、プライドが高い彼らにとって、我慢ならない事だった。
 自分達と違う道を選んだエルフ達が、繁栄を極めるのを見る事は、悔しくて堪らない。
 見たくないものを見ないため、自らのプライドを守るため、彼らは歴史の表舞台から姿を消したのである。

「おかしな黒瞳王だ。私が仕えたのは三代目だったが、あれは純粋に人間どもを憎み、それを滅ぼすことに血道を上げる男だった。直接接したことはないが、二代目は族長ですら舌を巻くほど聡明な男だったらしい。だが……」

 三名のダークエルフのリーダーは、ディオースという壮年の男である。
 見た目は壮年でも、既に数百年という時を生きている。
 エルフの寿命は千年。
 まだ、彼は人生の半ばである。
 それでも、人の歴史にとっては気が遠くなるほどの長寿だ。
 そんな時間を生きてきて、ディオースは黒瞳王ルーザックのような人物を知らなかった。

「さあこちらだ。入りたまえ」

 案内されたのは、城の中庭にあるテント。
 一見してみすぼらしい布が張られた空間だが、中ではゴブリン達が、一心不乱にテーブルに向かっていた。

「ここは……? ゴブリンは絵を描いているようだが。……ゴブリンが、紙に絵を描いているだと……?」

「ああ。人間達から徴収した戦術の手引書を、私がイラストに書き起こした。これをゴブリンロードのカーギィが清書し、マニュアル作成見習いとなった手先の器用なゴブリン達が模写するのだ。着実に腕が上がっている」

「た……確かに、ゴブリンが描いたとは思えぬ精緻さ」

 作業中のゴブリンの絵を覗き込み、ディオースは唸った。

「そして、そのマニュアルと言う言葉。三代目が口にしていたな。もっとも、侮蔑を含む意味合いでだが」

 ルーザックが目を細めた。
 初めて見る、黒瞳王の表情の変化に、ちょっとたじろぐダークエルフ達。

「あ、ルーちん怒った。何気に初おこ」

「マニュアルの価値を知らないから負けたのだ。私は勝つ。何故ならマニュアルの価値を知っているからだ」

「あ、ああ」

 辛うじて返事をするが、ディオースにとって、このルーザックという黒瞳王は理解の外にある存在だった。
 今も、ディオースを放ったらかしにして、ゴブリン達が描いた絵を褒めている。

「腕が上がったじゃないか。やはり継続は力だな。君に任せて間違いは無かった」

「ギィー! アリガト、ゴザイマス」

「君はセンスがいいな。難しいマニュアルは君でなければいかんな」

「ギギッ! アリガト、ゴザイマス」

「素晴らしい出来だ。君のマニュアルは、これからやって来るゴブリン達にもわかりやすく仕事を伝えてくれるだろう。素晴らしい!」

「ギギィ! アリガト、ゴザイマス!」

 ゴブリン一人ひとりに声を掛け、褒めて回る。
 その度に、ゴブリン達の瞳は輝き、仕事にも一段と熱が入るのである。

「ルーザックサマ、マメですよねえ……」

 カーギィがしみじみ呟くと、ルーザックはごくごく真面目な顔をして言い放つ。

「私一人の力では限界があるからな。こうして私の代わりに多くの仕事をやってくれるスタッフがいる。これはとてもありがたい事だ。私に出来るのは、彼らをねぎらう事と、勝利を与える事くらいだ」

 どうも、心中に鬱屈した強い感情を抱いているようだ。
 ダークエルフは、これこそが今代の黒瞳王が持つ性格なのかと理解した。
 知性や残虐性と言った、分かりやすい性質ではなく、精神のあり方そのものが強力である黒瞳王。
 数百年を生きるディオースにも、よく分からない存在だった。

「さあ、次に行こう。マニュアルをいかにして生かしているのかを見せようじゃないか」

「うむ。私もそれは気になっていたのだ。本当にマニュアルとやらが、三代目が言っていたようなモノであるならば、貴方が人間達に対し、この貧弱な戦力で勝利を上げる事など考えられない」

「必ずや納得行くものをお見せするよ」

 ルーザックは自信満々であった。
 次に向かった場所。
 そこは、城に隣接する人間の村である。
 無論、人間達はもういない。
 ゴブリンが、人間の作った作物をあらかた収穫し終え、彼らが好む実をつける野草の種を蒔いているところだ。
 いわゆる、農作業にゴブリンが従事している。

「……我々が知るゴブリンは、奪うか採集するのみで、育てるようなことはしなかったはずだが」

「狩猟と採集の中にも、自然との関わりは存在している。肉を取った獲物は、放置すれば他の獣の糧となるし、土に還ってその土地の養分となる。果実や野菜を食って種を捨てれば、それは芽吹いて森が広がる。自分たちが今までやっていたことの意味を、マニュアルにして彼らにも理解できるようにしたのだ。これは自主的な行動だよ」

「なんと……」

 ダークエルフは呻いた。
 頭ごなしに命令するのではない。
 ゴブリン達に、自らが行っている行動の意味と、それがもたらす結果を教え、動かす。
 これはとても高度な事なのでは無いだろうか。

(黒瞳王……底知れぬ男だ……!)

 こうして、弱い下級魔族でしかないゴブリンが、その精神性というか、内面から作り変えられていく。
 それは既に、弱い魔族と言えるのだろうか?
 ゴブリンは今、確固たる教育と生きるための手段を与えられ、進化していく最中なのではないだろうか。

 その後、ディオースは黒瞳王が手に入れたこの領地を巡った。
 ある場所では、ホブゴブリンがゴブリン達に対し、戦い方を教えている。
 人間が編み出した技術を、彼らがマスターしようとしているのだ。
 一方では、人間の生息域に潜入し、いかにして情報を集めるかを、絵を使って解説している。
 それこそ、先程ディオースが見た、作成中のマニュアルだったものだ。

「むむむ……。むむ、むむむ……」

 中途半端な魔王であれば、内心で嘲笑ってやろうと思っていた。
 自分達の閉塞した状況を、少しでも慰める娯楽になればとやって来た点があったことは、否定しない。
 だが、ダークエルフ達は己が想像もしなかった世界を目の当たりにしてしまった。
 ここには、本当に人間に勝とうとしている者たちがいる。
 彼らは、勝つために変化しようとしていた。

「ディオース殿。どうされますか」

「これは、族長へ報告したほうがいいのでは」

 ダークエルフ二名に囁かれ、ディオースは考え込んだ。
 そして、決断する。

「族長への報告は任せる。私は、しばしこの、新たな黒瞳王と行動を共にしてみようと思う」

 この言葉に、お供達は驚く。

「それは……!」

「下賤なゴブリンどもと寝食を共にすると?」

「ああ。私にはここが、我が種族の進退を決する分岐点だと思えてきた。今は恥を捨て、あの男について行ってみようと思う」

 そう言われると、お供達も納得してしまう。
 ここに来て目にしたものに、彼らとて衝撃を受けていたのだ。
 それは、ダークエルフ達が種として秘めた、後ろめたさを思い出させるものだった。

「……では、我らは戻ります。ディオース殿はお気をつけて」

「ああ。私もここで、何かを掴んでみようと思う。お前たちも気をつけて帰れ。戦時とは言え、魔導王は下手な動きをした魔族を見逃さんぞ」

「心得ています。では」

 ダークエルフ二名の姿は、スッと消えた。
 しばらくして、ディオースはふうーっと長い溜息を吐く。
 決断してしまった。
 しかし、不思議な高揚感が自分の中にはあった。

「変わらねばならんのかも知れんな、我々魔族は」

 呟くと、再び黒瞳王の元へ向かう。
 新たなる魔族の頭領は、仕事を追えたゴブリン達に取り巻かれ、昼食の準備をしているところである。
 パンに肉を挟んだものを、一同で談笑しながら食べる。
 ああも、下級魔族から慕われる王がいただろうか。
 恐れられる王はいた。
 親しまれる王はいた。
 だが、主として慕われる王はと言えば、ディオースの記憶には無い。

「さて、まず私は、あの中に入ってゴブリンと同じものを口にするところから、か。これは参ったな」

 自嘲気味に笑いつつ、彼は一歩、踏み出したのだった。
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