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第12話 会食の聖女! 肉を持って来い!

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「ここは私のプライベートルームだ。ゆっくりして欲しい」

「立派なお部屋ですね」

 王子クラウディオに案内され、アンゼリカはその大きな部屋にやって来た。
 部屋というのも謙遜が過ぎる。
 王宮の一角に設けられたそこは、大豪邸が一つまるごと収まっているようなものであった。

「すげえー! 広いぜー!! おいミーナ、迷子になるんじゃねえぞ!」

「ならないよー。シーゲルの方が迷子になるでしょー」

「な、な、ならねえよー!」

 モヒカンと少女が大はしゃぎである。
 これを見て、クラウディオが解せぬ、という顔をした。

「あの少女はともかくとして、どうしてならず者を引き連れているんだね?」

「シーゲルは改心し、私の付き人となっています。今はまだレスリングの基礎技術しか教えていませんが、そのうち海外遠征できる程度には育てたいと思っているのですよ」

「ははは、教会の専門用語は難しいな」

 とりあえず、アンゼリカがシーゲルの師匠のような関係だということを理解したクラウディオ。
 聖女や司祭に付き従う侍祭という存在は、よく見られるものである。
 そのようなものであろうと考えた。

 大体間違ってない。

「それで殿下。私になんの御用でしょうか?」

「ああ、その件だよ。まあこちらに座り給え」

 召使い達が走ってきて、王子の傍らにテーブルと椅子を用意する。
 上に真っ白なクロスを掛け、すぐにでも会食が始められそうな状態だ。

「私の席しか無いようですが?」

「君の従者二人には別に席を用意してある。気になる人の従者を無碍むげに扱うようなことはしないよ」

「気になる人、ですか」

 王子はテーブルに肘を乗せると、腕を組んでじっとアンゼリカを見つめた。
 アンゼリカも腰掛ける。

 すると、遠くから、「ヒャッハー! 肉だ! 肉を持ってきてくれえー!」「お肉ー!」という叫び声が聞こえてきた。

 王子がちょっと何とも言えない顔をする。

「その……なんだ。アンゼリカ殿、従者の品格については教育をしておいたほうが……」

「まだそこまで行き届いておりませんでした。失礼を」

 微笑むアンゼリカ。
 そもそも、品格の教育をする気がない可能性まである。

「ああ、それから私も、お肉を所望します。骨付き肉は……無い? では、骨のない肉でよいですから5人前を持ってきて下さい。パンはありますよね? アルコールは生前それで失敗しましたので、エール程度でとどめておこうかと……え、無い? ワインと蒸留酒しか無いのですか? ではお茶を持ってきて下さい……」

 お茶と口にしたところで、アンゼリカは心底残念そうである。 
 魂の底から酒好きなのだ。
 半身が酒で死んでいるようなものなのだが、懲りないものらしい。

 先に茶が運ばれてきて、アンゼリカはこれを一息に飲み干してお代わりを要求した。
 王宮的には品がない行いなのだが……聖女の体格を見れば誰もが納得せざるを得まい。

「健啖なようで何よりだ。私は健康的な女性を愛していてね」

「なるほど、そうですか」

 かなり直接的な話をバッサリ切られた。
 王子が少し困った顔をする。

「君はどうやら、年頃の娘が憧れる恋物語などには興味がないようだね。だからああやって、謁見の間で建国などという話をぶち上げられる。本気かい?」

「誰も民を救わないのであれば、私が救うしかないでしょう。そのために国が必要なら、起こす他ありません」

 何を当たり前のことを、とアンゼリカが返す。
 王子は嬉しくなった。
 この眼の前の大女は、本物の聖女なのだ。

 生まれだけではない。
 能力だけではない。
 心の底から、聖女アンゼリカは紛う事なき聖女だった。

 王子クラウディオは、大きい女性大好きだったが、聖女萌えでもあった。
 クラウディオはなんとしても、アンゼリカを妻にしたいと思った。

 絶対にこれは運命的な出会いなのだ。
 アンゼリカのすべてが自分のストライクゾーンに剛速球で投げ込まれてくるのだ。
 クラウディオは平静を装っていたが、そのハートは既に3ストライクでアウト。アンゼリカに完封されていた。

「突然新興国が生まれても、各国の侵攻に遭って民は大変な事になるかもしれない。君は強いだろうが、一人では防ぎ切るのも難しいだろう。どうかな、ここは、君が王国に連なる貴族となり、合理的に王国の援助を受けてみては?」

「国王陛下は領土を拡張するおつもりは無いようでしたが? あ、お肉……」

 肉が来た。
 ここで会話は打ち切りとなり、アンゼリカがパンと肉をもりもりと食べ始めた。
 大変な健啖である。

 分厚い肉が、どんどん無くなっていく。
 ものの数分で、彼女の前に並べられた五枚の皿はカラになった。
 パンが入ったバスケットもカラである。

 アンゼリカは締めに、ジョッキになみなみと注がれたエールを飲み干した。
 食事が終わったのは、向こうも一緒だったようだ。

「ヒャッハー! もう腹に入らないぜー!」

「ご飯食べたら眠くなってきたよー」

 自由過ぎる付き人達の声が聞こえてきた。
 クラウディオは、もしやアンゼリカも眠くなってはいないか、とハッとする。
 何ならば自らのベッドを貸し与えて……。

「お話の続きですが、殿下」

「あ、ああ。その話だね」

 危ない危ない。
 アンゼリカは至って平静だ。
 ここでベッドなど勧めては、色情に駆られているようではないか。

 クラウディオは努めて心を落ち着かせ、口を開いた。

「元々、空白地帯は君が収める土地だった。その小国が王国に恭順の意を伝えてきた……ということにすればいい。君は晴れて貴族となり、王国もそれを受け入れることで、空白地帯を併合する大義名分を得る」

「なるほど。いいお考えですね……。ですが、そんな手段があるのに、どうしてどの国も空白地帯を放置していたのですか?」

「ああ、それは簡単さ」

 クラウディオが指を鳴らした。
 すると、召使いが大きな地図を持ってくる。

 この世界……大陸一つを表したものである。

 方角が記され、4つの国と空白地帯が描かれていた。

「空白地帯には、幾つかの勢力がいるんだ。彼らはどれも、一騎当千。強大な個人戦力ゆえに、これとぶつかることは国力を大きく落とすことにもなる。他国と戦争を避けるためなんていうのは方便だよ。仮にも国家が、個人に敗れたとなったら恥ずかしいだろう?」

「なるほど。だから、私ならば」

「そう。君が本当に、見た目通りの強き聖女ならば……空白地帯の勢力図を塗りつぶして見せてくれ給え。無論、そのための援助は惜しまない。私個人の名義だがね」

 下心いっぱいの援助の申し出であった。
 アンゼリカは、それを知ってか知らずか、

「ありがたいお話です。なるほど、私の力と、愛で、この地図を染め上げればいいのですね」

 そう呟くのだった。

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