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Mと戦争編

第三十一話:ドMとクラスメイトと巨獣

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「で、出たぞーっ!! 東原の巨獣だー!」

 突然外で叫び声が響いた。

「東原の巨獣?」
「それってなんなんですか?」

 出羽亀さんと階さんがエカテリーナ様に尋ねる。
 姫騎士エカテエリーナ様は緊張の面持ち。

「うむ、東原に巣食う怪物のことだ。あの地の遊牧民の中には、こいつらを飼い慣らしている連中がいてな。今回の戦いに参戦しているということだろう」

 外見は、牛の角が生えた物凄く大きなライオンみたいな感じらしい。
 ずっと眠ってばかりいるけれど、力は物凄く強いらしくて、それを薬物で興奮させて使役するとか。

「こうしてはおられんな。行くぞ!」

 エカテリーナ様は勇ましく号令を出す。
 熊岡くんや富田くん、馬井くんは訓練された兵士みたいにキビキビ、エカテリーナ様の指示に合わせて動き始めた。
 すごく手馴れている感じだ。
 僕たちがいない間に色々あったんだろうなあ。

「行くぞ、張井」

「うんうん、オッケー」

「……張井、相変わらずお前は鎧も着ないで丸腰なのか?」

「うん、防具とかあまり意味がないみたいで。技も武器を使うものがないからなあ」

 僕たちはぞろぞろと前線に出てくる。
 どごーん!という轟音が上がった。

「ぎゃー」

「うわー」

「もうだめだー」

 イリアーノ軍の兵士が吹き飛ばされていく。
 目の前には、鬣たてがみを生やした、アフリカゾウくらいの大きさの怪物が何匹もいる。
 頭には、太くてねじくれた角を生やしている。
 ライオンと牛を足して2で割ったような見た目で、毛の色が赤い。
 それが、ぶもおおおお、と吼えるのだ。
 吼えるたびに、イリアーノの兵士が吹っ飛ばされる。
 あちこちに矢や槍が刺さっているけれど、皮が分厚くてなかなか通らないらしい。

「一斉攻撃! ”隼斬りファルコンスラッシュ!”」

 エカテリーナ様の号令で、騎士たちが飛ぶ斬撃を放つ。
 さすがに手練の騎士たちに攻撃されると、巨獣の一頭はたまらずに崩れ落ちた。
 だけど数が多い。
 騎士だけでは戦場をカバーできないんだ。

「ハリイ! 手を貸してくれ!」

「分かったよ!」

 僕はみんなと一緒に駆け出した。
 目の前に、巨獣に突っ込まれかけている兵士たち。
 僕は彼らの前に立ちふさがって、

「”全体ガード”!」

 どーんっ! と凄い衝撃が来る。だけど、ザンバーさんの技ほどじゃない。
 僕の靴が地面をちょっとだけ削るけど、吹き飛ばされるほどじゃない。

「な、なんと!?」

「子供が巨獣の突撃を止めた!?」

 兵士たちが驚きの声をもらす。

「ここは僕たちが支えるから、一回退いて!!」

「い、いや、しかし」

 子供に守られるのは抵抗があるのかもしれない。
 兵士たちはちょっと躊躇ちゅうちょしたみたいだ。
 だけど、今度は彼ら目掛けて真横から巨獣がやってきた。
 時間差攻撃だ!
 僕は一頭を食い止めているから、そっちには間に合わない!

 だけど、そこに熊岡くんが走ってきた。

「パリィ!!」

 彼は叫んで、突撃に向かって大きな剣をたたきつけて相殺する。

「熊岡の能力は、どんな攻撃でも一定確率で相殺する防御力だ」

 馬井くんの解説。
 なるほどなるほど。カウンターできる分、僕のほうが上位互換な気がするんだけど、もしかすると彼の防御技はトクシュな効果があるのかもしれない。

 熊岡くんが動きを止めた巨獣めがけて、富田くんが飛び掛った。

「”ボーンクラッシュ・改”!!」

 熊岡くんの得物は刃の広い、片手半剣。この腹を巨獣の頭にたたきつけるのだ。
 すると、一本の剣が放ったとは思えない、重い銅鑼どらみたいな音が響き渡り、巨獣は一発で失神して崩れ落ちた。
 なるほど、あの二人のコンビネーション、凄いぞ!

「張井くん、私たちも行きます!」

「見てなよ張井。あたしたちだってやるんだから」

 委員長が僕の後ろから飛び出して、爆裂する火の玉を巨獣に投げつける。
 鬣を焼かれて絶叫する巨獣。
 さらに、マドンナが、糸のように細く搾った水流を放つ。

「”水の刃ウォーターカッター”!!」

 それはとんでもない切れ味で、目の前の巨獣の角をすっぱりと両断してしまう。
 僕だって負けちゃいないぞ。

「動物はねっ、ここをっ、撫でられるといいんですねーっ!」

 テレビ再放送で見た、動物王国を経営していた作家さんの動きを意識しながらのカウンター。
 今まだに飛び込んできた巨獣は、自分の勢いで自分の顎を打ち抜かれる形になり、前のめりにぶっ倒れる。

「よーしよしよし!」

「張井くん何をやってるっすか……」

 呆れた目で見ているのは新聞屋だ。

「君こそ何やってるのさ。さぼってるんじゃないか」

「あっしが出なくても楽勝っぽいじゃないっすか? あっしはいわゆる隠し球っすからね!」

 オープンにポンポン、凄い魔法をぶっ放してたくせに。

 だけど、新聞屋の言うとおりだった。
 僕たちが出てきて、戦況が変わってきている。
 遊牧民たちは切り札だったっぽい巨獣を止められ、ちょっと戸惑っているようだ。
 あれ、普通の兵士じゃなんともならないから、攻城用の弩いしゆみで攻撃する相手なんだって。
 だけど、エカテリーナ様の軍勢にはそういうものはないんだ。

「まさか、こんな緒戦に切り札を投入してくるとはな……! とあああっ! ”竜破剣ドラゴンスレイヤー”!!」

 エカテリーナ様が言いながら、一撃で巨獣を消し飛ばす。
 やっぱりこの人もおかしい。

 僕たちだけでは全部の戦場をカバーできないとは言え、どうやらこの地域は制圧できたようだ。
 エカテリーナ様がいない場所は逆に制圧されてしまったみたいで、痛み分けという感じか。



「埒らちが明かんな」

 日が暮れたので、今日の戦争はこれでおしまいと言う事になった。
 この世界の戦争って、日が出てるうちだけなんだなあ。
 暗いと良く見えないし、同士討ちが危ないからということで、みんな戦わないらしい。
 夜襲する人たちもいるらしいけれど、やっぱり少人数で行うものだし、最少人数で最大の打撃を与えられるように事前調査が大事らしい。

「この部隊の最強戦力は私だ。そして馬井と張井の部隊になるな。だが、正直、私はお前たちはこんな戦場で使いつぶされる存在ではないと思っている」

「でも、俺たちはエカテリーナ様にお世話になりましたから、手伝いたいんです」

 熱っぽい馬井くんの言葉。
 お、なんか彼、エカテリーナ様に特別な感情を抱いてるんじゃないかな。
 恋愛スメルがするよ!

「張井くん、何やら下卑た顔をしてるっすよ!」

「新聞屋こそ。あ、出羽亀さんが悔しそう」

「この世界にはカメラが無いっすからねえ。さと子は無力っすなあ」

 僕と新聞屋、馬井くんとエカテリーナ様の言葉に耳を傾ける。
 一生懸命に力になりたい事を伝える馬井くん。なんだってするっていう話みたいだけど、エカテリーナ様は首を横に振るのだ。

「この戦争は、イリアーノのエゴが生み出したものだ。わが国は、まだ過去の大国であった頃の夢を見続けているのだ。私は王族の中では戦える人間だからな。こうして前に出なければいけない」

「だけど、エカテリーナ様が何もかも背負う必要はないじゃないですか!」

「ウマイよ。お前とて、仲間たちを一人で背負おうとしているではないか。だが、時には彼らの言葉に耳を傾ける事も大切だぞ」

 なんだこれ。
 とりあえず、馬井くんの熱意と好意が空回りしてる感じだ。
 エカテリーナ様としては、ほどほどのところで僕たちを戦場から外すつもりみたい。
 彼女は僕たちを、ベルゼブブを倒す切り札みたいに思っているところがあるから、僕たちを大事にしたいみたいなのだ。
 馬井くんはそれでも食い下がるんだけど……。
 最後は、熊岡くんと富田くんが止めてるなあ。
 あっちはあっちで、なんだか友情っぽいものが出来ているみたいだ。

「なんかあっちが主人公みたいっすねえ」

「なんですって!! 僕は脇役なのかい!?」

「張井くん元々変態っすからね。主役の器ではない」

『魔力がアップ!』
『精神がアップ!』

「なにぃ! そういう新聞屋だって、ヒロインとかの器ではない!」

「げっへっへ! あっしは目立たない立場でいいっすよ! 最後に生き残るのがあっしならいいっすからね!!」

「ひどい話だ!」

「大丈夫、張井くんの良いところは私たちが知ってます」

「張井、あたしたちに頼りなよ」

「うん、ハリイはやればできるこです」

 おおー、女の子たちが優しくしてくれる!
 別に、なじってくれてもいいのよ?


 まあとにかく、この日はこれで話が終わったみたいだ。
 翌日になって、また両軍は兵士を展開し始めた。
 僕たちの目的は、エカテリーナ様を守ることなので、さっさと戦争を終わらせたいわけなんだけど……。

「戦争ってどうやれば終わるのかなあ」

「敵軍を滅ぼせばいいっすよ!」

 新聞屋に聞いた僕がばかだったよ!
 それに対して、委員長が真剣な顔で言う。

「私はこの世界の事、少しは調べたんだけど……戦争がこう着状態になったら、一番強い戦士を出して代表戦をするって」

「あ、そうだったよね! それだそれ!」

 委員長偉い!
 えーと、うーんと、とりあえずなでなで。

「ひゃっ、……ふふ、うふふ」

「奈緒美ずるい……!!」

 マドンナが膨れた。
 うわあめんどくせえ!

 でも、確かにそれしかないよなあ。
 うちの最強の戦士といえば、エカテリーナ様だけど……僕たちの目的はエカテリーナ様を守る事で。

「あれかなあ。一応決闘をすることになったら、僕たちの誰かが出たほうがいいかも?」

「エカテリーナ様がどう言うかっすねえ」

 そこが問題なのだ。
 だけど、状況は時間なんか与えてくれない。
 あっという間にその時がやってくる。


「我こそは東原最強の戦士! イリアーノの戦士に決闘を申し込む!!」

 停滞した状況を打開する為に、決闘が始まってしまうのだ。
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