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Mと最後の冒険編

第七十三話:ドMと決戦とベルゼブブ

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「僕を倒した暁には、君たちには元の世界に帰る権利を与えよう!」

 ぶわさあっ、とマントを翻したベルゼブブ。
 元の世界なら実に厨二めいた格好だけど、とてもそれを笑う事ができないほどの説得力が、彼の姿にはある。銀髪の白人で絶世の美少年っていうのはあるし、それに一々仕草がバッチリ決まってるのだ。これは彼がかっこつけてるんじゃなくて、元から身についた仕草なんだろう。
 みんな、こいつが放つオーラみたいなのに気圧けおされている。

「くっ、う、うおおーっ!!」

 富田くんがいったー!!
 ……じゃない。

「突出はおやめください!!」

 僕はそんなこと言いながら、富田くんに河津掛けを仕掛ける。

「ぐはーっ!」

 富田くんが後頭部を強打してのた打ち回る。

「やけくそになってかかっていくのは思う壺だよ。僕はみんなの中からかませ犬を出すつもりはないからね」

 僕の言葉に、馬井くんと熊岡くんが頷く。
 二人とも前に進み出る。
 マドンナの回復魔法でダメージが消えた富田くんも並ぶ。
 この男子四人で前衛だ。
 女子六人は後衛。

「へえ……驚いたよ。随分冷静じゃないか」

 ベルゼブブが目を細める。
 多分、彼のやり方は、凄いプレッシャーをかけて耐えられなかった奴を懐に誘い込むんじゃないだろうか。どんなに強い人だって、各個撃破されたら堪ったものじゃない。

「僕と新聞屋だけなら無茶も出来るけどね。戻れるみんなは、無事に戻らなくちゃいけないわけだし、ここはセンリャクテキにいかせてもらうよ!」

「おっ、張井くんが使い慣れない言葉を使ったっす」

「偉いわハリイ。よく舌を噛まなかったわね」

 実は危ないところだったよ。

「それじゃあ、行くわよ奈緒美!」

「ええ、間戸さんは遅れないでね」

「誰に言ってるのよ! ”水の砲撃ウォーターキャノン”!」

「”炎の豪雨フレイムスコール”!」

 マドンナと委員長が仕掛けた!
 二人の使う魔法は、水と炎。ぶつかりあうと相殺してしまうのだけど、今はマドンナがベルゼブブを狙って大きい魔法を放ち、委員長は逃げ道を塞ぐように炎の雨を降らせている。コンビネーションだ!

「なるほど、確かに君たちの初期の能力よりは、僕に有効だね」

 ベルゼブブは感心しながら飛び上がった。

「はっ!」

 彼が手をかざしたら、そこにまるで、空気の障壁が生まれたかのように、激突した水の魔法が弾かれた。
 生まれた飛沫を周囲にばら撒くように誘導するベルゼブブ。
 炎の雨がどんどんかき消されていき、物凄い量の湯気が上がる。

「あっちゃー、消費なしであの能力かあ……」

 出羽亀さんが顔をしかめてる。
 ベルゼブブが行う技とか魔術で、どれだけ消耗するかも見えてるみたいだ。
 だけど、ここに富田くんが突っ込んだ。

「よっしゃ、足元がお留守だぜ!」

「例えそうだとしても、君は遅すぎるよ」

 跳躍から降りてくるベルゼブブ目掛けて、富田くんが手にした太い剣をたたきつける。だけど、ベルゼブブはその上に事も無げに立って見せたんだ。
 富田くん、焦るかと思いきや、笑った。

「へっ、分かってるっつーの! 俺は囮だよ!」

「おおああああ!!」

「なんと!」

 得意げだったベルゼブブに、突然襲い掛かったのは馬井くんだ。
 コンポタ色、明太子色、チーズ色の輝きを放っている。フルブーストだ!
 だけど、まだ遅い。ベルゼブブは一瞬目を見開いたものの、すぐに余裕の仕草で振り下ろされた剣目掛けて手を突き出した。手のひらで剣が止まる。

「不意討ち”岩の突撃槍ストーンランス”!!」

「うわあっ!?」

 新聞屋がいきなり土魔法をぶっ放した!
 まるで破城槌みたいな物凄い大きさの槍が飛び出してきて、明らかに富田くんと馬井くんごとベルゼブブをぶち抜こうとする!
 これにはベルゼブブも驚いて、明らかに今までと真剣さが違うキックを繰り出した。

「せえいっ!!」

 バキーンッと音がして、魔法で生み出された石の巨大な槍が蹴り折られる!

「魔法を物理的に防ぐとか、何の冗談っすか!?」

「君こそ洒落になってないな。攻撃範囲が仲間ごと、その一撃一撃が無視できない火力になっているとか」

 ベルゼブブの視線がこっちに向いた……と思った瞬間、そいつはもう目の前にいた。
 うわ、出遅れた!

「まずは君から行こうか」

 ベルゼブブの指先が輝きを放ち、反応できていない新聞屋の体を穿とうとする……そこへ!

「パリィ!」

 熊岡くんの剣が割り込む!
 多分何か凄い技を使ってるベルゼブブの一撃を、彼の防御技が弾き飛ばした。
 そうか、熊岡くん、アマイモンの攻撃すら跳ね返した事があるって聞いたもんな。

「うひい、危なかったっすー!」

「危ないどころか死ぬところだったね!」

「……」

「おっけ、今度は僕が守るからさ」

「……」

 熊岡くんは満足げに頷き、一歩前に出た。

「また違ったスタイルの防御特化か……! 僕の一撃をそんななまくらで弾き飛ばすなんて、守りにおいては君はガーデン歴史上屈指の実力者かもしれないな!」

「……」

 熊岡くんは答えない。
 ベルゼブブは無造作に距離を詰めると、まるでそこに踏み台でもあるかのようにふわっと宙に浮き、熊岡くん目掛けて連続で攻撃を仕掛けてくる。
 これを、熊岡くんは弾き、防ぎ、いなす。
 決して余裕じゃない。必死だ。
 一撃でも体に受けたら、彼らは死んでカードになってしまう。
 階さんが元の世界に帰らない以上、死んでしまったらもう、元の世界に戻ることは出来ないのだ。
 僕も、そのやり取りの中に踏み込む。
 これはちょうどいいタイミングだったみたいだ。
 熊岡くんの剣がついに折れる。
 そして、ベルゼブブの攻撃が彼を捉えたところで、僕のかばうが発動した。
 ずんっとお腹に響く衝撃だ。
 あー、これはもう受けたらだめなやつだ。僕以外は。

「……」

 悔しそうな顔をして、熊岡くんが下がっていく。
 そこに目掛けて、

「おらあ!」

 富田くんが剣を振り回した。

「おっと」

 咄嗟に腕を振り上げて、ベルゼブブは富田くんの剣を砕く。
 だけど、その瞬間、黒貴族はしまった、という顔をした。

「へへっ、決めてやったぜ、ボーンクラッシュ!」

 富田くんの唯一の技は、剣を叩き付けた相手を一瞬麻痺させるボーンクラッシュ。
 当てさえすれば発動するのだ。これを、彼は自分の武器を犠牲にする覚悟で放った!
 動きが止まったベルゼブブに向けて、マドンナと委員長が魔法を放つ!

「ええいっ”水の槍アクアスピア”!!」

「くらえっ”炎の槍フレイムランス”!!」

 別々の方向から突き刺さった魔法に、さしものベルゼブブも顔をゆがめる。
 僕たちと離れてた間にも、二人は魔法を鍛え抜いていたのだ。威力が全然前よりも上がってる!

「このっ、調子に乗ってもらっては……」

「お前を調子に乗らせはしない!!」

 馬井くんがいる。
 いつの間にか、ベルゼブブの至近距離だ。
 彼の手にしている茶色い袋を僕は知っている。
 うまい棔納豆味……!
 禁断の技を放つ為の、馬井くんの取って置きだ!

「”ファイナルストライク”!!」

「おおあああああっ!?」

 轟音と光がベルゼブブ目掛けて放たれて、周りの遊戯台を粉々にしながら、黒貴族が吹き飛んだ。

「いったーっ!!」

 出羽亀さんが快哉を叫ぶ。
 どうやら結構なダメージが入ったみたいだ。
 でも、これで馬井くんは力を使い果たし……。

「後は、任せたぞ……!!」

 膝から崩れ落ちた。
 吹っ飛んだベルゼブブ目掛けて、マドンナと委員長が魔法を交互に放っている。
 爆煙と水蒸気で、視界が悪くなってきた。

「はあ、はあ……。どう、かしらっ」

「さすがに効いた、でしょう……!」

 かなりの魔力を使い果たした二人が、肩で息をしている。
 だけど、出羽亀さんが息を呑んだ。

「嘘……。なんで、まだそんなに元気なのよ……!」

 次の瞬間、水蒸気の中から何かが二つ飛んで来た。
 慌てて僕は全体ガードするけど……こ、この攻撃、ダメージをカバーしきれない!

「ぐうっ!!」

「はうっ……!」

 マドンナと委員長がダメージを受けて、崩れ落ちた。
 投げられてきたのは、チェスのナイトとルークだ!

「ふう、いささか僕も慌ててしまったよ。なるほど、素晴らしい仕上がりだ。これは少なくとも、及第点には達している」

 ベルゼブブがもうもうと立ち込める煙の中から現れる。
 ボロボロになったマントを脱ぎ捨てると、大きく手を振りかぶった。
 すると、その勢いで煙が一気に晴れる。

「最初に僕が召喚した彼らは、ここまでは僕を追い詰める事が出来た。だけど、第二の試練は抜ける事が出来ずに全滅してしまったんだよ。君たちにはここから先を生き延びることを期待するよ」

「うげ……マジ化け物だな」

 富田くんはひきつり笑いを漏らす。
 遊戯台の脚の部分を剣代わりに拾っている。熊岡くんもそうだ。

「では、ステージ2だ」

 ベルゼブブは僕たちを見回すと、指を高らかに鳴らした。
 すると、彼の足元から影が吹き上がり、次の瞬間には、そこにはベルゼブブではないものがいた。
 熊岡くんくらいの背丈がある男の人だ。閉じられている目を開くと、目玉が複眼だった。銀髪の間から、触覚のようなものが生えていて、背中には大きな透き通った翼がある。

「”蝿の王、ベルゼブブ”……!!」

 出羽亀さんにはあいつのステータスが見えてるんだろう。腰を抜かしてへたりこんでいる。

「出羽亀さん、あいつって僕たちよりステータスが高いの?」

「あ、いえ、その……私たちよりは断然強いっていうか、比べ物にならないんだけど……。結構前から、張井くんと亜美のステータスって表示がおかしくなってて確認できないのよ」

 え、どういうこと?
 ステータス表示までバグってるのかしら。
 どれ……?

名前:張井辰馬
性別:男
種族:M
職業:勇者
HP:**.***.***
腕力:**
体力:**.***
器用さ:**
素早さ:**
知力:**
精神:**.***
魔力:*.***
愛 :**.***
魅力:***

取得技:ダメージグロウアップ(女性限定、容姿条件あり)
    クロスカウンター(男性限定、相手攻撃力準拠)
    全体カウンター(男性限定、固定ダメージ)
    河津掛け(相手体重準拠)
    反応射撃(射撃か投擲できるものが必要、相手攻撃力準拠)
    全体ガード
    気魔法行使レベル6
    毒耐性
    即死耐性
    魔法カウンター
    HPコンバート
    *********


 ほう。
 データがマスキングされてて何がなんだか。
 だけど、桁が増えてる事だけはわかるぞ!

「うおお!? あっしのステータスがバグってるっす!!」

 新聞屋もか!

「さあ、どうするのかな? 僕にここから先を見せてくれるのかい?」

 ベルゼブブは待ってくれないようだった。
 なので、ここは無事な僕と新聞屋が前に出る事にした。
 そして、

「私も!」

 怖いもの知らずなのか!
 エリザベッタ様が出てくる。
 そして、階さん。

「どうせ帰れない人たちなら、存分に消費します!!」

 恐ろしい決意を表明してくれたのだ。
 よーし、後半戦行ってみようか。
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