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一学期

3,入学式前日③ * 〜説明回〜

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西暦20XX年、何百年も昔。
今はもうおとぎ話や歴史の授業でしか聞くことは無いくらい昔の話。
人々が特殊能力を使うことなど出来なかった頃の出来事。
ある日突然、特殊な能力の使える10人の人間が現れた。
その10人の能力者はその当時起こりかけていた世界大戦を止めると忽然と姿を消した。
それ以降生まれる子供は何故か皆何かしらの能力を持って生まれるようになった。
混乱し一時期世界中で戦争をしていた時もあったが、時が経つにつれ[能力者の人口]と[非能力者普通の人間の人口]の割合が逆転していき事で数百年かけて世界中が落ち着いていった。

そして、当時のことを知る人は誰も生きてないほど時が経った現在では、ほぼ全ての人が能力保持者という時代になった。
世界を見るとまだまだだが日本では戦争の影響もなくなりつつあり落ち着いてきていた。


―西暦2XXX年4月7日18時02分― 

蘭花は街外れの高台にある廃ビルの屋上から街の中心をぼんやりと眺めながらそっとため息をついた。

空は夕焼けで赤く染まりとても綺麗だったが街の真ん中にあるタワーやビル群、高級住宅地とは不釣り合いに思えた。

「少しは気晴らしになると思ってここまで来たけど…逆効果だった…」

前にここに来たのはかなり前だ。
以前と比べるとかなり変わっていて、知っているところを見つける方が難しいくらいだった。
蘭花は寂しさからなのか悲しさからなのか、泣きそうになり少し上を見上げながら呟く。

「みんなも、今…。」

呟いた途端にまた涙が溢れてきて瞼から涙が零れる。
蘭花は慌ててカバンの中からハンカチを出して涙を拭き取る。

変わっている1番の場所は、この街の中心にあるタワーとその周辺の建物だ。
街のシンボルにもなっている特殊能力者育成専門の学校で、国家資格である、特殊能力師認定試験の上一級合格者を卒業生や在校生から多く排出している国内で一二いちにを争う超有名校だ。

そして、不本意ながら明日からは私もその、国立特殊能力研究機関(略称Saris)附属高等学校の生徒だ。


「蘭花様そろそろご帰宅ください。夕食の時間に遅れてしまいます。」

後ろから声がかかりあたりを見渡すとすっかり日が落ちていることに気づく。

「蘭花様、手を。」

真城さんはいつも通り私に手を差し出す。
私は手を握り、自分の外にある気配に意識をやる。

「"開始地点","固定","範囲設定"――…」

私は自宅の庭に意識を向ける。

(うん…転移後の地点には人はいない、大丈夫。)

「"終了地点","確認","固定"……」

「"転移"」

景色が変わり、薄暗い小さな小屋に転移したことを確認する。
この建物は、高級住宅地のど真ん中にある四童子家の庭の隅っこにある倉庫で、私の転移の終了地点専用に建てられたものだ。

「"転移確認","固定解除","範囲設定","全解除","確認"…………真城さん、もう大丈夫。」

人が入ってきたのに反応して部屋の明かりが自動でついた。
さっき1度帰って置いておいた、お菓子の入った大きな紙袋を私と真城さん2人で持てるだけもって倉庫を出て玄関に行って中に入った。

「「「「「おかえりなさいませ、お嬢様。」」」」」

玄関では使用人達が蘭花に頭を下げている。
いつもより人数が多いのは蘭花が明日からしばらく家を開けるのでそのせいだろう。

「皆さん、お迎えありがとうございます。明日からは学校の寮に行くので全員揃ってるこの場を借りて夜勤の皆様に日頃の感謝を、いつもありがとうございます。これ…後で皆さんで食べて下さい。それと、朝と昼の人達の分も一緒に買って、持ちきれなかったので倉庫に置いてますので後で運んでおいてください。」

私は外ズラモードを少し混ぜた笑顔でそう言うと、今居る使用人の中で1番上の立場の夜勤のリーダーの人に持っているお菓子を渡した。
有名な洋菓子屋さんの焼き菓子詰め合わせを人数分。
この家は広いので、かなりの量になっていて夜勤の人の分だけでも大きな紙袋4袋分もある。

「ありがとうございます、お嬢様。後ほど皆で美味しく頂きます。」

「「「「ありがとうございます、お嬢様。」」」」

リーダーの人の挨拶に合わせて、他の使用人の人達がぴったり声を合わせてお礼を言う。

それから部屋に戻ると部屋の中には使用人の人がお茶を入れて待っていた。

外から帰った後、毎回お茶を飲んでいたらいつの間にか勝手に用意される様になっていた。

ほんとにどこのお姫様よ…っていう扱い。

何度見てもこれには慣れない。
もともと蘭花は母方の神代家に中学卒業ぐらいまでいたのでそれまではこんなにお嬢様な扱いなどはなく、自分の事は自分でやっていた。
今いる四童子家に戻る予定が決まってから教育だけはされていたが初めてこの家に来た時はとてもびっくりした。
広い部屋、大勢の使用人、豪華すぎる食事に初めて会う家族との無言の食事。
来てしばらくは慣れるのに大変だった。
兄が家に戻ってからは楽しかったけどそれまでは結構辛かった。

そもそも、四童子家は現在の日本で一二を争う名家だ。
今、日本は7大名家と言われる7つの家が特に大きな力を持っている。
どの家も特殊能力が発覚してから大きくなっていった家で中には数百年前突然現れた初めの10人の内の1人の子孫の家もある…と言われている。
そもそも、上流階級の家の格が決まる1番の要素はその家の特殊能力者の能力の強さや希少さ、有能さなどで決まる。
そして、能力は基本的に遺伝する。
ごく稀に一般の家庭に強い能力の子供が生まれることもあるがそういう事があると大体の場合、7大名家のどこかに嫁もしくは婿に出され7大名家になっている。
実際、希少で強力な能力を持っていた私の母も神代家から四童子家に嫁にいった。
まあ、私の母は父とは恋愛結婚だし神代家も7大名家には到底敵わないがそれでもかなり有名な家だったから、スムーズに進んで問題はなかったらしいけど。
中には、かなり強引に希少な能力の一般家庭の女性能力者を連れてきて無理矢理結婚させ子供を産ませた結果その女性能力者が子供と夫を遺して自殺。
自殺した人の遺族が復讐で当時の7大名家の当主を惨殺…なんてことがあったこともある。

今ではとある家を除きそんなことをする家も無くなっているが権力だけなら今でも余裕でそれくらい出来るだろう。
7大名家はそれくらい力が強い。

強くなり過ぎてしまった……。

「…………ま。」

このままでは…なにか…

「………ぁさま。」

なにか…良くないことが…起こる。

「……んか様。」

みんなに…会いたい…。

「蘭花様!」

声に我に返り周りを見るといつの間にか私は着替えていて用意されていたお茶も空で時間も夕食の時刻だった。

「ぁ……真城さん。考え事してた。もう夕食?」

「はい、ですが…お顔の色が…体調が優れないなら夕食は部屋に持ってこさせますが…それともお休みになりますか…?」

「…大丈夫。行く。心配かけた。」

「いえ、蘭花様が大丈夫なら私は何も問題ないですが。」

その後私は夕食を終え風呂に入り明日の最終確認と荷物の持って行き忘れがないか確認してからベットに入った。

明日は入学式と入寮式だけのはず…気持ちを入れ替えないと。

「大丈夫、きっと大丈夫…。」

私は呪文のように"大丈夫"を繰り返しながら眠りについた。
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