背高王女と偏頭痛皇子〜人質の王女ですが、男に間違えられて働かされてます〜

二階堂吉乃

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11 ステラ嬢の怨念

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          ◇


 マリオンが帝国に来て1年が経った。帝都は年間を通して温暖で、雪国出身者には天国の様に過ごしやすかった。

「子供の頃は、雪は嫌でしたが、今となってはあの白銀の世界が懐かしく思えます」

 針を動かしながら、同僚とお国自慢に花を咲かせていると、修繕課の課長がマリオンを呼んだ。

「皇妃宮から呼び出しが来てる。今日はもう上がっていいから。早く行って」

「え?でも、こんな格好では…」

 鞭を打たれた記憶が蘇る。正直、行きたくない。だが課長は「そのままで良いから」と、仕事着のままのマリオンを、迎えの侍女に引き渡してしまった。

 久しぶりの皇妃宮は、煌びやかな淑女たちが集っていた。マリオンは好奇の目の中を歩かされ、皇后陛下の御前に跪いた。

「ごきげんよう、マリオン王子。息災でしたか」

「陛下のご威光をもちまして、無事息災でございます」

 お美しい皇后陛下にご挨拶申し上げ、マリオンは立ち上がった。

「メリーはその後、元気かしら?便りはあった?」

 淑女たちの視線が集まる。皆、騒動の後日談が聞きたいらしい。

「いいえ。クレイプにようやく着いた頃でしょう。すぐに手紙を出したとしても、届くのは一月後です」

 失言をしないよう、揚げ足を取られないよう、慎重に答えた。

「赤子はどんな子だった?髪色は?」

「赤い髪、緑の瞳の綺麗な女の子です。マリーと名付けられました」

 途端に、室内にいた淑女たちがざわめいた。こちらを見てはヒソヒソと扇の陰で話している。皇后陛下がパチリと扇を閉じると、静かになった。

「向こうでは、どんな扱いになるの?王子の妾?それとも妻かしら」

「友人です。母の侍女になれるよう、乳兄弟に世話を頼みました。子供がいても、帝国女性なら多くの紳士から求婚されるでしょう。洗練されていますから」

「…幸せになれそうね。良かった。どう?ステラ嬢。納得できましたか?」

 茶色い巻き毛の令嬢が進み出た。青ざめて震える手で扇を握り締めている。小柄な少女はキッとマリオンを睨みつけた。

「嘘です。赤毛なんて。ピエール様は無実です!」

 ピエールとは誰だろう?と考えていると、侍女が小さな声で教えてくれた。

「エルメ伯爵家のご次男です。ステラ嬢のご婚約者で」

(なるほど。マリーの父親が誰か、確かめるために呼ばれたのか)

 マリオンは少女に同情した。可哀想に、婚約者の醜聞に心を痛めてきたのだろう。目を潤ませ、今にも泣き出しそうだ。

「マリオン王子!あなたの子ですよね?!」

「いいえ。でも、もう止めませんか。若気の至りです。許して、忘れてください」

「…嫌っ!絶対に許さない!」

 ステラ嬢は泣きながら出ていった。走ってないのが凄い。皇后陛下はため息をついて尋ねた。

「若気の至り…あなたは幾つなの?」

「26になりました」

「十分若いわ。…下がって良いわよ」

 マリオンは一礼し、またジロジロと見られながら御前を辞した。


          ◇


 その日以降、修繕課宛に多くの貴婦人や令嬢から花やお菓子が届くようになった。

「感動しました!応援します!」と激励の手紙が添えられている。メリーの件で好感を持ったのは分かるが、何を応援するのだろう?と不思議に思っていたら、ある日突然、異動を命じられた。

 ステラ嬢の怨念を甘く見ていたらしい。マリオンは雪深い国境の砦に送られてしまった。


          ◆


 帝国は白い髪と赤い目の王子を正統と認め、デメル王国の再興が決まった。暴動はおさまり、ヴィクターが帝都に戻ったのは、出発から2ヶ月後だった。

「頭痛は大丈夫でしたね。絶対、ハンカチのお陰ですよ~」

 帰りの馬車でコージィが揶揄ってきた。秘密にしていたのに、マリオンを訪ねていたのを知られていた。別にやましくはない。

「良い友を持って幸せだ」

 ヴィクターは素知らぬ顔で流した。

「今夜は特に何も予定はありませんから。暇ですからね」

「何度も言うな」

 到着後、他部署にデメル王国の件を引き継ぎ終わったら、もう夜だった。急いで隠密のマントと覆面をつけて外宮の小屋に向かう。ヴィクターは早る心を抑えながら、抜け道の外に出た。

(?)

 だが小屋は真っ暗で、無人だった。あの護衛もいない。

「灯りを」

「はっ」

 隠密がランプに火を入れた。部屋の中は片付けられ、テーブルや椅子はうっすら埃を被っている。

「何があった?」

「只今、監視していた者を呼びます」

 数分待って、密かにマリオンにつけていた者が現れた。彼は淡々と報告した。

「1ヶ月前、縫殿部より兵部に異動となりました。申し訳ありません。これより先は規定により止められました」

 利害が相反する場合、皇帝の命が優先される。こればかりは絶対不変の法則で、隠密を責めることはできない。怒りを押し殺して、皇子は尋ねた。

「兵部のどこにいる?」

「不明です。皇宮にはおりません。直前に皇妃宮に呼び出されています。そこでステラ令嬢と揉めました。令嬢の父親は兵部大臣です。…申し上げられるのは、ここまででございます」


          ◆


 翌朝、ヴィクターは父に遠征の報告をした後、人払いをして尋ねた。

「隠密を止めた理由をお聞かせください」

 父は困ったように眉根を寄せた。

「皇后に頼まれたんだ。女性たちが対立して困ってるんだって。マリオン派とステラ派でね。兵部大臣は完全に親バカだ。まあ、後ろには太公がいるんだろう。可哀想だけど、数年、軍隊で頑張ってもらおう」

(そんな理由で?あのか弱いマリオンを?)

 ぐっと拳を握り締めてこらえる息子を、父は更に煽った。

「大丈夫。万が一、王子が死んだら、兵部大臣に責任を取ってもらうから」

「その為に彼を囮に?」

 ヴィクターの問いには答えず、父は思い出し笑いをした。

「ふふ。面白い子だね、彼。もし死んだら、今後クレイプの人質は免除してやると言ったら、泣きながら頷いたそうだよ。なかなか性根がある。お前も我慢して待っていなさい」

「あの美貌で軍隊など…」

「皇太子の男妾おとこめかけと言われるよりマシだよ。だから王女を送れって通達したのに。そうすれば乙女の宮でのんびりして、良いお相手を紹介してあげるのに。どうして王子なんか寄越したんだか」

 慌ててヴィクターは否定した。

「お待ちください。マリオンは男妾おとこめかけなどではありません」

「知ってるよ。だけどお前が結婚しないうちは、そうなんだ。私も皇后の意見に賛成だね。婚約でも良い。お嫁さんを見つけたら、彼を返すよ」

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