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記憶喪失
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◇
夢を見ていた。『私』はベッドに手足を縛りつけられている。暗い部屋を照らすランプは一つきり。四隅は闇に沈み、広さは分からない。
ギーコギーコと音がする。こちらに背を向けた男が何かを切っている。暗闇に目が慣れてきた。作り付けの棚に硝子瓶が並ぶ。人間の目玉に見えるモノが漬けられている。
「起きた?」
男が振り向いた。右手には血塗れの鋸。左手には小さな腕。子供の手術中の医師…の訳ないな。殺人鬼だ。バラバラ系の。
殺人鬼は解体を再開した。『私』に良く見えるよう、作業台の反対側に回って。次は『私』の番だ。反射的に身を捩ると手足に激痛が走った。折られている。絶対に逃がさない気だ。
◇
目覚めると明るい天井が見えた。酷い夢だった。拷問の末に殺されるなんて。『私』は起き上がろうとして、身体が動かないことに気づいた。
「ルーカス様!」
ベッドの脇から声がした。顔を向けると見知らぬメイド風の女性がいた。彼女は慌てて立ち上がり、医師を呼んでくると言って走り去った。広い豪華な部屋に『私』は残された。ここは病院なのか。
少しして、ドタドタと10人程の一団が入ってきた。医師らしき男が『私』の手首に触れた。
「ご気分はいかがですか?」
最悪だよ。身体に力が入らない。目眩もするし。
「デンカ!!」
上品な白髪頭の男が言った。デンカとは『私』のことか。違うよ。
「私の名前は×××です」
かすれた声で否定したら、男達は動きを止めた。そこからは大騒ぎだった。入れ替わり立ち替わり、沢山の人が現れ、様々な質問をされた。
「あのう。私は事故とかにあったんですか?家族に連絡は?」
「…」
『私』は訊いた。だが誰も答えてくれない。だんだん疲れてきた。結局、喉が枯れて声が出せなくなったので連中は帰った。部屋には先ほどのメイドさんが一人残った。『私』はまた眠った。
◆
「記憶喪失?」
第7王子誘拐事件の報告を聞き、王は顔をしかめた。命は助かったが名も身分も忘れたらしい。
「誘拐のショックが大きすぎたのでしょう。まだ7歳でいらっしゃいますから」
侍従長が痛ましそうに言った。
「治る見込みは?」
「医師は難しいと言っております」
「…」
気が触れた王族は幽閉される。王は適当な修道院を探すよう命じた。
◇
精神科の医師によると『私』は少年の別人格だ。恐怖や痛みから逃れるために生み出されたと言う。『私』は抗った。
「違います。私の名前は×××です。歳は30。女です」
仕立て屋で働いている。夫は2年前に死んだ。子供もいない。今は義母と暮らしている。
「よくできた別人格ですね」
何度説明しても信じてもらえない。魂だけがこの少年の身体に入ってしまったのに。早く戻りたい。でもどうやって?
◇
入院の日々が続いた。少年の身体はボロボロに傷ついていた。完治には時間がかかりそうだ。
時々、白髪頭の役人が様子を見に来る。少年の両親は来ない。
メイドさんは親身に介護をしてくれた。彼女に頼んで『私』の家族を探してもらったが、憶えている住所に家は無かったそうだ。『私』は自信が無くなった。医師の言う通り別人格なのかもしれない…。
◇
1年が過ぎた。厳しい訓練の末にようやく歩けるまでに回復した。後遺症が多少残るが、静かに生活する分には問題無いと医者は言う。
『私』は退院後の身の振り方を考えていた。少年の親には頼れない。すると白髪の役人から提案された。
「北の修道院で見習いをしてみませんか?」
そこでは様々な本を作っているらしい。『私』は喜んで頷いた。翌日、王都から遠い北の修道院に向かった。優しいメイドさんと白髪の役人が見送ってくれた。
◆
侍従長は第7王子の馬車を見送った。陛下も、母である側妃様も一度も見舞いに来なかった。冷たいことよ。
(王子は沢山いる。1人減った所で…。そうお考えなのだろう)
まだ8歳の子供を北の果てへ送った。捨てたも同然だ。
城から王子を誘拐するなど、手引きした者がいるに決まっている。犯人は捕まったが捜査は打ち切られた。明らかに誰かを庇っている。
(殿下…。力及ばず申し訳ありません)
侍従長は心の中で詫びた。
◇
『私』は誓願を立て修道士見習いとなった。名は『ルカ』だ。
夢を見ていた。『私』はベッドに手足を縛りつけられている。暗い部屋を照らすランプは一つきり。四隅は闇に沈み、広さは分からない。
ギーコギーコと音がする。こちらに背を向けた男が何かを切っている。暗闇に目が慣れてきた。作り付けの棚に硝子瓶が並ぶ。人間の目玉に見えるモノが漬けられている。
「起きた?」
男が振り向いた。右手には血塗れの鋸。左手には小さな腕。子供の手術中の医師…の訳ないな。殺人鬼だ。バラバラ系の。
殺人鬼は解体を再開した。『私』に良く見えるよう、作業台の反対側に回って。次は『私』の番だ。反射的に身を捩ると手足に激痛が走った。折られている。絶対に逃がさない気だ。
◇
目覚めると明るい天井が見えた。酷い夢だった。拷問の末に殺されるなんて。『私』は起き上がろうとして、身体が動かないことに気づいた。
「ルーカス様!」
ベッドの脇から声がした。顔を向けると見知らぬメイド風の女性がいた。彼女は慌てて立ち上がり、医師を呼んでくると言って走り去った。広い豪華な部屋に『私』は残された。ここは病院なのか。
少しして、ドタドタと10人程の一団が入ってきた。医師らしき男が『私』の手首に触れた。
「ご気分はいかがですか?」
最悪だよ。身体に力が入らない。目眩もするし。
「デンカ!!」
上品な白髪頭の男が言った。デンカとは『私』のことか。違うよ。
「私の名前は×××です」
かすれた声で否定したら、男達は動きを止めた。そこからは大騒ぎだった。入れ替わり立ち替わり、沢山の人が現れ、様々な質問をされた。
「あのう。私は事故とかにあったんですか?家族に連絡は?」
「…」
『私』は訊いた。だが誰も答えてくれない。だんだん疲れてきた。結局、喉が枯れて声が出せなくなったので連中は帰った。部屋には先ほどのメイドさんが一人残った。『私』はまた眠った。
◆
「記憶喪失?」
第7王子誘拐事件の報告を聞き、王は顔をしかめた。命は助かったが名も身分も忘れたらしい。
「誘拐のショックが大きすぎたのでしょう。まだ7歳でいらっしゃいますから」
侍従長が痛ましそうに言った。
「治る見込みは?」
「医師は難しいと言っております」
「…」
気が触れた王族は幽閉される。王は適当な修道院を探すよう命じた。
◇
精神科の医師によると『私』は少年の別人格だ。恐怖や痛みから逃れるために生み出されたと言う。『私』は抗った。
「違います。私の名前は×××です。歳は30。女です」
仕立て屋で働いている。夫は2年前に死んだ。子供もいない。今は義母と暮らしている。
「よくできた別人格ですね」
何度説明しても信じてもらえない。魂だけがこの少年の身体に入ってしまったのに。早く戻りたい。でもどうやって?
◇
入院の日々が続いた。少年の身体はボロボロに傷ついていた。完治には時間がかかりそうだ。
時々、白髪頭の役人が様子を見に来る。少年の両親は来ない。
メイドさんは親身に介護をしてくれた。彼女に頼んで『私』の家族を探してもらったが、憶えている住所に家は無かったそうだ。『私』は自信が無くなった。医師の言う通り別人格なのかもしれない…。
◇
1年が過ぎた。厳しい訓練の末にようやく歩けるまでに回復した。後遺症が多少残るが、静かに生活する分には問題無いと医者は言う。
『私』は退院後の身の振り方を考えていた。少年の親には頼れない。すると白髪の役人から提案された。
「北の修道院で見習いをしてみませんか?」
そこでは様々な本を作っているらしい。『私』は喜んで頷いた。翌日、王都から遠い北の修道院に向かった。優しいメイドさんと白髪の役人が見送ってくれた。
◆
侍従長は第7王子の馬車を見送った。陛下も、母である側妃様も一度も見舞いに来なかった。冷たいことよ。
(王子は沢山いる。1人減った所で…。そうお考えなのだろう)
まだ8歳の子供を北の果てへ送った。捨てたも同然だ。
城から王子を誘拐するなど、手引きした者がいるに決まっている。犯人は捕まったが捜査は打ち切られた。明らかに誰かを庇っている。
(殿下…。力及ばず申し訳ありません)
侍従長は心の中で詫びた。
◇
『私』は誓願を立て修道士見習いとなった。名は『ルカ』だ。
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