藍の憧れ〜兵器だった竜は生まれ変わって主人に会いに行く〜

二階堂吉乃

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04 母

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            ◇


 公爵は娘に大勢の家庭教師をつけた。彼女は書庫にあった本を片っ端から読み、猛勉強した。楽器もダンスもマナーも懸命に覚えた。全てはローエンに会うためだ。

「完璧です。ですがお嬢様には、決定的に欠けているものがあります」

 最後にマナー教師が言った。ディアは尋ねた。

「何が?」

「笑顔です」

 余計なお世話だ。それ以外は問題ないとお墨付きをもらえたので、王立学園に編入することになった


            ◇


 登校初日。ディアは生物研究室のドアを開けた。ローエンは奥の仕事机の椅子に座っている。赤茶の髪は昔より短い。透き通った水色の目が彼女を見た。

 変わっていない。何一つ。目が離せないディアに、彼は担当を女教師に変えようかと訊いてきた。

「ローエンが良い」

 思わず素で答えると、驚いたような顔をした。彼女は慌てて謝った。その日は学園の案内と履修の説明や校則などを聞いて終わった。


            ◇


 屋敷に帰ったディアは夕食を断り、部屋に篭った。

 『お帰り、インディアナ!会いたかった!(熱い抱擁)』じゃなかった。

 色だって前と同じなのに。何故気づかない。部屋をぐるぐると歩き回って考えていると、公爵夫人が心配して軽食を持ってきてくれた。夫人は優しく尋ねた。

「どうしたの?博士と会えたんでしょう?」

 ディアはローエンが前世の主人だと打ち明けた。待ちに待った再会が不守備に終わったことも。夫人は目を丸くして聞いていた。

「顔が違っていたのじゃなくて?同じ髪色、目の色でも顔立ちで随分変わるわよ」

 それもそうだ。公爵とディアは同じ色だが体格からして違う。

「前はどんなだったの?描いてごらんなさい」

 と夫人が言うので、画用紙にパステルで全身を描いた。藍色インディゴブルーの体は暮れゆく空。金の瞳は一番星だとローエンは愛でてくれた。出来上がった絵を見せると、夫人はじっとそれを見ていた。

「…名前は?」

RTアールティー003・インディアナ」

 1分ほど夫人は黙っていた。やがて顔を上げると笑顔で言った。

「前は前。今のディアナで勝負しましょう。お昼を一緒に食べる約束をしたのよね?では博士のお弁当を作りましょう。男心は胃袋から掴むものよ」

「本当?」

「もちろん。明日から料理の特訓よ。料理長に話しておくから。この絵はもらっていい?」

 すごく上手だから。夫人が褒めちぎるので絵はあげた。相談して良かった。次の目標が見えてディアは安心した。


            ◆


 公爵夫人は自室に戻ると震える手で絵を広げた。藍色の皮膚と金の眼の竜が生き生きと描かれている。



 クリティシャス博士の調査報告書が夫の執務室にあったはずだ。夫人は急いで取りに行った。

「どうした?こんな時間に」

 夫はまだ仕事をしていた。

「博士の報告書を見せて」

「?」

 彼は訝しみながらも1束の書類を手渡してくれた。夫人はソファに座ると戦争中のページを探した。

『…博士の特務部隊に所属する竜は以下の4頭である。RT001・アクア、RT002・ヴェルデ、RT003・インディアナ、RT004・ラピス』

 著書では竜の名は伏せられていた。夫が横に座って訊いた。

「何があったんだ?」

 夫人は竜の絵を見せ、娘と博士の関係を説明した。


            ◆


 竜の生まれ変わりだと?公爵は笑い飛ばそうとして、ふと思い出した。戦争中に敵地で孤立したことがあった。敵の銃声が急に止み、隠れていた岩の上から藍色の竜が飛び降りてきた。この絵の竜だ。

『!』

 公爵は咄嗟に銃口を向けたが、竜の首にはデヴォン王国の国旗が描かれている。

『貴様。味方か?』

 問うと竜は頷いた。そして持っていた敵国の旗を地面に落とした。公爵は銃を下ろして礼を言った。

『助かった。ありがとう』

 自分と同じ金色の瞳がパチリと瞬きをした。何となく面食らっているように見えた。

『ディア!次行くよ!』

 遠くで男が呼ぶと、竜は長い尾を左右に振って走り去った。明らかに人間の言葉が分かっている。後で聞いた噂では、孤立した友軍を特務部隊が助けて回ったらしい。竜使いの男にも礼を言いたかったが、所属も部隊名も分からないままだった。


            ◆


「じゃあ、あなたが娘にディアナって名付けたのは…」

「今にして思うと、あの時の恩人…竜か。それにあやかっていたな」

 夫は絵を見ながら戦時中の事を話してくれた。そんな事があったなんて知らなかった。その時彼が死んでいたら、娘は生まれなかっただろう。夫人は不思議な巡り合わせに驚いた。

「これで納得できたわ。なぜあの子が笑わないのか…」

 竜だったからだ。共に暮らし始めてまだ数ヶ月だが、ディアナはほとんど感情を見せない。呼べば返事をするものの、向こうから話しかけてくることは無い。夫人はそれが寂しかった。夫は慰めるように言った。

「俺だって無愛想な子供だったぞ」

 夫人は吹き出した。確かにいつも無表情な婚約者だった。ずっと嫌われていると思っていたぐらいだ。

「でも、どうしてインディアナは死んだのかしら?戦死したの?」

 報告書は竜の死因について書かれていない。

「何となく極秘事項な気がするな。調べさせるよ」

「お願い」

 夫人はそれから、娘の恋を応援するために料理を習わせると伝えた。夫は渋い顔をして聞いていた。

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