藍の憧れ〜兵器だった竜は生まれ変わって主人に会いに行く〜

二階堂吉乃

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08 イナゴ

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            ◇

 次の目標は細い手足をローエン好みにガッチリと鍛えることだ。ディアは公爵邸の訓練場で、重いバーベルを上げ下げしたり、1日中走ったりした。だが思うように筋肉がつかない。

「何をしている?ディアナ」

 公爵がその様子を見に来た。

「鍛えてる。ローエンは筋肉が好きだから」

 ディアは身長や体重、腕の太さなどをメイドに測ってもらった。メイドは悲しげに報告した。

「背が伸びられました。体重と腕は変化ありません」

 おかしい。前よりも高く跳べるし、持久力もついたのに。父は呆れたように言った。

「トリアス一族は身体能力の加護を持っている。鍛えても見た目は変わらん」

「加護?」

「遺伝する特殊能力だ。諦めろ。それより王家からお前に晩餐会への招待が来てるぞ?」

 巻き髪事件だろう。長期休暇に入る前の話だ。ディアは王女との因縁を公爵に話した。

「詫びのつもりか。どうする?行くか?」

 巻き髪が謝るなら許す。行って確かめてこよう。数日後の夜、ディアは公爵夫人が用意したドレスを着て王城に行った。


            ◆


 エドワードが晩餐会の会場に入ると、上座近くに座る美しい令嬢が注目を集めていた。トリアス公爵令嬢だ。金色のドレスが宵の明星ヴィーナスのようだ。エスコートする妹はぶるぶると震えている。嫉妬するぐらいなら呼ばなければ良いのに。彼はため息をついて令嬢に近づいた。

「よく来てくれたね。トリアス嬢。ほら、ジェーン」

 母が謝罪させようと席を隣にしたのだろうが、妹はツンと顔を背けて令嬢の右隣に着席した。トリアス嬢は軽く会釈をした。エドワードは彼女の左隣に座る。国王夫妻が現れ、全員が立ち上がり乾杯をした。そして晩餐会が始まった。

「王城は初めて?後で案内しようか。城下の夜景が綺麗に見える場所があるんだ」

 妹王女が全く令嬢に話しかけないので、仕方なく兄王子が接待した。

「結構です」

「薔薇も見頃だよ?興味無い?」

「ありません」

 取り付く島が無い。食事に集中している。しかしステーキが出された時、細い眉が顰められた。

「ぷっ!」

 妹が口に手を当てて笑った。トリアス令嬢の皿にバッタのような虫が蠢いている。

(ジェーン!)

 性懲りも無く。彼女が悲鳴を上げたら晩餐会は台無しだ。エドワードは給仕を呼ぼうとした。だがその前に令嬢が呼んでしまった。

「ちょっと。これ」

「も、申し訳…」

「もっと火を通して」

「は?」

 脂汗を流した給仕は目を見開いた。

「仕上げに塩と油かけて」

「…かしこまりました」

 虫が入った皿は静かに下げられた。近くにいた者は、肉の焼き加減に注文をつけたように見えただろう。ジェーンは青ざめている。安堵したエドワードは囁くような小さな声で謝った。

「すまない。手違いだ」

 今日初めて、金色の瞳が正面から向けられた。

「何が?」

「バッタだよ」

「イナゴ。甘辛く煮つけると美味しい」

 エドワードは一瞬耳を疑った。次の魚料理を食べながら令嬢は語った。

 一昨年の秋は冷夏の影響であらゆる作物が不作だった。村人は山の木の実から、道端の草まで口にした。古老がイナゴの食べ方を教えて、何とか冬を越した。今でも焼いたり煮たりしてイナゴを食べる。

「多くの子供が捨てられ、娘が売られた。妊婦は冷たい川で子を流そうとした。学園生が婚約者と美味いランチを食べていた時に。イナゴを見る度に思い出すが良い。お前たちの責務を」

 トリアス嬢は中座した。いつの間にかデザートまで食べ終えている。エドワードの背に冷たい汗が流れた。まるで神託を告げる巫女だ。違う、彼女は平民だったから民の窮乏を知っていただけだ。しかし金の瞳が彼の罪を暴くかのように思えた。それきり、令嬢は戻って来なかった。


            ◇


 料理は美味しかったが、王子は夜景や花を見せたがり、王女は意味不明な嫌がらせをする。正直、つまらなかった。おまけに侍従が『陛下よりも先に下がってはなりません』だの『エドワード殿下がお探しです』だの、やかましい。ディアは気分が悪くなったと言い訳してさっさと帰ってきた。

「早いな」

 公爵が驚いたような顔で出迎えた。娘は居間のソファに腰を下ろして晩餐会の報告をした。

「巻き髪が喧嘩を売ってきた」

「どんな?」

 夫人も心配そうに訊いてきたが、イナゴの話をすると叫び声を上げた。そういえば焼き直したイナゴは出てこなかったな。

「もう行かない。あいつとは友達になれない」

「そうね。でも来週も舞踏会に招待されているのよ。王妃様直々に送ってくださって。どうしましょうか?」

 王子の嫁を選ぶらしい。ディアにはローエンがいるから関係無い。しかし夫人の顔が困っている。王妃に義理があるのだろう。夫人は招待状を寄越した。赤い封蝋に見覚えがある。

「女子しか来ないの?」

「いいえ。表向きは王子殿下の成人記念だもの。男爵以上は呼ばれてるはずよ」

 婚約者がいない娘は兄弟か親戚の男がエスコートする。ディアはどれもいない。いっそローエンに頼もうか。最近会っていないから顔が見たいし。

「ローエンと行く。これ、研究室にも来てた」

 決心を伝えると両親は一瞬固まったが許可してくれた。ディアは翌日の弁当に手紙を入れ、来週の舞踏会でパートナーになってくれと頼んだ。
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