7 / 20
07 女友達
しおりを挟む
◇
生物部は休暇中、2人1組で飼育動物の世話をする。ディアは毎日の当番を引き受け、連日登校した。
「本当にいいんですの?私達は嬉しいけれど…」
今日のもう一方の当番であるカリス嬢はすまなさそうに訊いた。
「うん。暇だから」
本当はローエンに会いたいだけだ。2人は作業着に着替えて鶏小屋に行くと、掃除や採卵、餌やりをした。
「不思議ねぇ。ディアナ様を見ると、鶏がみんな大人しくなるわ」
「そう?」
その他の動物の世話を終え、カリス嬢とがらんとした食堂で紅茶を飲んだ。すると彼女はおずおずと訊いてきた。
「お聞きしてもいいかしら。ディアナ様はどうして生物部へ?」
カリス嬢は牧場を営む一族の娘だそうだ。ローエンが家畜の品種改良の研究をしているので、その指導を受けるために入部したと言う。生物部員のほとんどはそうらしい。
「まさか、トリアス公爵家も牧畜業を始めるの?」
妙な心配をしている。ディアは否定した。
「違う。ロ…クリティシャス先生が顧問だから」
巨大資本の参入が無いと分かり、ホッとした様子だった。そして目を輝かせて顔を近づけてきた。
「もしかして、ディアナ様は先生が好きなの?」
隠すこともないので正直に答えた。
「うん。好き」
「やっぱり!いつ出会ったの?」
どうせ信じないだろうが。ディアは昔の話をした。
◆
アノマ・カリス嬢は美しくも悲しい話に聞き入った。前世のディアナ様は先生に育てられ、愛された。「主人」だと言っていたから、きっと正妻ではなかったのだろう。
「殻を破って、初めて見たのがローエンだった。だから好きになった」
身分という殻があったのね。それを先生は破った。
「いつも一緒だった。毎晩、四姉妹は彼のベッドで寝た」
しかも姉妹で仕えていた。妾が4人。凄い。
「私たちはローエンの為に戦った。でも最期は彼の留守に殺された。味方に撃たれて」
女戦士でもあったディアナ様は、戦場に散った。さぞ悔しかっただろう。せめて愛する人の腕の中で死にたかったと思う。カリス嬢は滂沱の涙を流して叫んだ。
「今生では、きっと添い遂げられませ!応援しますわ!」
「ありがとう」
ディアナ様はお美しい微笑を浮かべた。生まれ変わっても巡り合うなんて、素敵過ぎる。
◇
ディアはカリス嬢と別れて生物研究室に行った。ローエンは手紙を読んでいた。仕事机の上に赤い封蝋が押された封筒が置いてある。
「ごきげんよう。先生」
「ごきげんよう。トリアス嬢」
そろそろ名前で呼んでほしいものだ。挨拶をして弁当を応接机に置くと、彼女は茶の支度を始めた。さりげなく棚のウィスキー瓶を見たが減っていない。あと一息だ。
「先生、お昼」
声をかけるとローエンは手紙を仕舞って、ソファに座った。2人は黙々と薬膳弁当を食べた。何となく元気が無いように見えたので、ディアは明るい話題を提供した。
「今日の当番はカリス嬢だった。多分、友達になったと思う」
「それは良かったね」
「はい」
一瞬で終わってしまう。他の話題を探していると、ローエンから話しかけてきた。
「お弁当、美味しかったよ。ありがとう。でも、そろそろ友達と食べたら?」
もう付きまとう男子生徒や、絡んでくる女子生徒もいないし。貴族は社交も大事だろう。条件の良い婚約者も探さないと。ご両親もそれを望んでるんじゃないか…色々言うが、要はディアのチューターを辞めたいのだ。
「部活でも会えるし、質問があればいつでも来なさい」
「…」
やはりこの体はローエンの好みじゃなかった。腕は細いし足も逞しくない。酒を抜くという目的は果たせたが、胃袋を掴む作戦は失敗だ。ディアは無言で弁当箱を鞄に入れ、研究室を走り出た。
◆
翌日からトリアス嬢は姿を見せなくなった。ローエンが研究室に着くと、既に弁当がテーブルに置いてある。食べ終えた容器は次の日には無くなっていた。最後に会った時の様子も気になる。1週間後、ローエンは少し早く出勤して、飼育小屋に行ってみた。
「あ。クリティシャス先生。ごきげんよう」
カリス嬢が1人で卵を拾っていた。
「ごきげんよう。今日はトリアス嬢も当番じゃなかった?」
「はい。でも、私が来た時には大体終わってたんです。ディアナ様、どうなさったのでしょう?」
令嬢も首を傾げている。そろそろチューターから離れたらと勧めたのが良くなかったのか。一人はまだ不安だったのかな。友達だというカリス嬢に説明すると、
「まあ!なんて事を!見損ないましたわ!先生ったら!」
と顔を真っ赤にして怒った。知らずに乙女の逆鱗に触れてしまったようだ。
「あれほど先生をお慕いしていたのに!」
さっぱり分からない。
「何のことだい?」
「暮れゆく空の藍色と、一番星の瞳をお忘れなの?毎夜、四姉妹とお休みになった事も?」
ローエンは衝撃でよろめいた。それは15年前に失った竜と自分だけの記憶だ。何故、知っている。カリス嬢は泣きながら言った。
「殻を破ったのは先生でしょう!どうして離れろだなんておっしゃるの?可哀想なディアナ、いえインディアナ様。生まれ変わっても愛する先生の側にいたかった。そのお気持ちを察してくださいまし!」
生物部は休暇中、2人1組で飼育動物の世話をする。ディアは毎日の当番を引き受け、連日登校した。
「本当にいいんですの?私達は嬉しいけれど…」
今日のもう一方の当番であるカリス嬢はすまなさそうに訊いた。
「うん。暇だから」
本当はローエンに会いたいだけだ。2人は作業着に着替えて鶏小屋に行くと、掃除や採卵、餌やりをした。
「不思議ねぇ。ディアナ様を見ると、鶏がみんな大人しくなるわ」
「そう?」
その他の動物の世話を終え、カリス嬢とがらんとした食堂で紅茶を飲んだ。すると彼女はおずおずと訊いてきた。
「お聞きしてもいいかしら。ディアナ様はどうして生物部へ?」
カリス嬢は牧場を営む一族の娘だそうだ。ローエンが家畜の品種改良の研究をしているので、その指導を受けるために入部したと言う。生物部員のほとんどはそうらしい。
「まさか、トリアス公爵家も牧畜業を始めるの?」
妙な心配をしている。ディアは否定した。
「違う。ロ…クリティシャス先生が顧問だから」
巨大資本の参入が無いと分かり、ホッとした様子だった。そして目を輝かせて顔を近づけてきた。
「もしかして、ディアナ様は先生が好きなの?」
隠すこともないので正直に答えた。
「うん。好き」
「やっぱり!いつ出会ったの?」
どうせ信じないだろうが。ディアは昔の話をした。
◆
アノマ・カリス嬢は美しくも悲しい話に聞き入った。前世のディアナ様は先生に育てられ、愛された。「主人」だと言っていたから、きっと正妻ではなかったのだろう。
「殻を破って、初めて見たのがローエンだった。だから好きになった」
身分という殻があったのね。それを先生は破った。
「いつも一緒だった。毎晩、四姉妹は彼のベッドで寝た」
しかも姉妹で仕えていた。妾が4人。凄い。
「私たちはローエンの為に戦った。でも最期は彼の留守に殺された。味方に撃たれて」
女戦士でもあったディアナ様は、戦場に散った。さぞ悔しかっただろう。せめて愛する人の腕の中で死にたかったと思う。カリス嬢は滂沱の涙を流して叫んだ。
「今生では、きっと添い遂げられませ!応援しますわ!」
「ありがとう」
ディアナ様はお美しい微笑を浮かべた。生まれ変わっても巡り合うなんて、素敵過ぎる。
◇
ディアはカリス嬢と別れて生物研究室に行った。ローエンは手紙を読んでいた。仕事机の上に赤い封蝋が押された封筒が置いてある。
「ごきげんよう。先生」
「ごきげんよう。トリアス嬢」
そろそろ名前で呼んでほしいものだ。挨拶をして弁当を応接机に置くと、彼女は茶の支度を始めた。さりげなく棚のウィスキー瓶を見たが減っていない。あと一息だ。
「先生、お昼」
声をかけるとローエンは手紙を仕舞って、ソファに座った。2人は黙々と薬膳弁当を食べた。何となく元気が無いように見えたので、ディアは明るい話題を提供した。
「今日の当番はカリス嬢だった。多分、友達になったと思う」
「それは良かったね」
「はい」
一瞬で終わってしまう。他の話題を探していると、ローエンから話しかけてきた。
「お弁当、美味しかったよ。ありがとう。でも、そろそろ友達と食べたら?」
もう付きまとう男子生徒や、絡んでくる女子生徒もいないし。貴族は社交も大事だろう。条件の良い婚約者も探さないと。ご両親もそれを望んでるんじゃないか…色々言うが、要はディアのチューターを辞めたいのだ。
「部活でも会えるし、質問があればいつでも来なさい」
「…」
やはりこの体はローエンの好みじゃなかった。腕は細いし足も逞しくない。酒を抜くという目的は果たせたが、胃袋を掴む作戦は失敗だ。ディアは無言で弁当箱を鞄に入れ、研究室を走り出た。
◆
翌日からトリアス嬢は姿を見せなくなった。ローエンが研究室に着くと、既に弁当がテーブルに置いてある。食べ終えた容器は次の日には無くなっていた。最後に会った時の様子も気になる。1週間後、ローエンは少し早く出勤して、飼育小屋に行ってみた。
「あ。クリティシャス先生。ごきげんよう」
カリス嬢が1人で卵を拾っていた。
「ごきげんよう。今日はトリアス嬢も当番じゃなかった?」
「はい。でも、私が来た時には大体終わってたんです。ディアナ様、どうなさったのでしょう?」
令嬢も首を傾げている。そろそろチューターから離れたらと勧めたのが良くなかったのか。一人はまだ不安だったのかな。友達だというカリス嬢に説明すると、
「まあ!なんて事を!見損ないましたわ!先生ったら!」
と顔を真っ赤にして怒った。知らずに乙女の逆鱗に触れてしまったようだ。
「あれほど先生をお慕いしていたのに!」
さっぱり分からない。
「何のことだい?」
「暮れゆく空の藍色と、一番星の瞳をお忘れなの?毎夜、四姉妹とお休みになった事も?」
ローエンは衝撃でよろめいた。それは15年前に失った竜と自分だけの記憶だ。何故、知っている。カリス嬢は泣きながら言った。
「殻を破ったのは先生でしょう!どうして離れろだなんておっしゃるの?可哀想なディアナ、いえインディアナ様。生まれ変わっても愛する先生の側にいたかった。そのお気持ちを察してくださいまし!」
33
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
スローライフ 転生したら竜騎士に?
梨香
ファンタジー
『田舎でスローライフをしたい』バカップルの死神に前世の記憶を消去ミスされて赤ちゃんとして転生したユーリは竜を見て異世界だと知る。農家の娘としての生活に不満は無かったが、両親には秘密がありそうだ。魔法が存在する世界だが、普通の農民は狼と話したりしないし、農家の女将さんは植物に働きかけない。ユーリは両親から魔力を受け継いでいた。竜のイリスと絆を結んだユーリは竜騎士を目指す。竜騎士修行や前世の知識を生かして物を売り出したり、忙しいユーリは恋には奥手。スローライフとはかけ離れた人生をおくります。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる