藍の憧れ〜兵器だった竜は生まれ変わって主人に会いに行く〜

二階堂吉乃

文字の大きさ
6 / 20

06 愛人

しおりを挟む
            ◇


 ローエンは酒を飲み過ぎだ。研究室の棚には飲みかけのウィスキーがあるし、手下に調べさせたら、毎晩下町の飲み屋に通っているそうだ。だから昔より顔色が悪い。ディアは酒を抜くことにした。

「これは酒断ち草。トリアス領の西にしか生えてない。摂取し続けると酒が飲めなくなる」

 料理長にこの草を分からないように混ぜたいと相談した。

「苦味が強いですね。加熱しても良いんですか?」

「多分。村の女はスープに刻んで入れてたから。あとこれ。肝臓を回復する草と腎臓から毒を出す草も」

 ディアと料理長は試行錯誤をして、ついに究極の薬膳メニューを完成させた。彼女は毎日せっせと弁当を作り、ローエンに食べさせた。ウィスキーにも麦茶を混ぜて少しずつ度数を減らしていく。その結果、顔色は元に戻った。だが飲み屋通いは止まらなかった。

(愛人だ)

 直感した。長期休暇に入った日の夕食後、彼女は公爵夫妻に頼んだ。

「お金が欲しい。あと護衛も」

「何に使うんだ?」

「ローエンの愛人に手切れ金を渡す」

「ゴフッ!」

 公爵は茶をむせた。公爵夫人も驚いたようにカップをカチャリと下ろした。ディアは事情を説明した。弁当に混ぜた薬草はあと少しで効く。完全に酒を絶つためにも、下町の飲み屋にいる愛人と別れさせたい。

「弁当にそんな物を…。いや、それより愛人なんて本当にいるのか?」

 公爵は疑わしそうに訊いた。

「いる。手下の報告では黄金街のバーのママだって」

「手下?隠密を貸した覚えはないぞ」

「これ」

 ディアは指笛を吹いた。たちまち数十匹のネズミが通風口から出てきた。窓辺にはフクロウが数羽、停まる。

「キャーッ!」

 夫人が飛び上がって公爵の後ろに隠れた。動物はディアの言うことをきく。彼女も彼らの言うことが分かる。公爵は眉間に皺を寄せて悩んでいた。

「…護衛は何に使う?」

「今から愛人と話をつけてくる。下町は治安が悪いから、一応」

「むむ…」

 結局、公爵は500万シルバと護衛2人を貸してくれた。ディアは下町でも浮かない服を着て、マントのフードで髪を隠すと夜の歓楽街に出かけていった。


            ◇


 酔客で賑わう下町・黄金街。その一角にある小さなバーの扉をくぐると、カウンターに突っ伏して寝ているローエンを見つけた。ディアは近づいて声をかけた。

「先生」

 揺すっても起きない。

「ローエンの生徒さん?今日は話せないと思うわよ」

 カウンターの向こうから大柄な金髪の女が言った。これが愛人だ。ディアは彼の隣の椅子に座った。何も頼んでいないのにミルクが出てくる。

「うち、ノンアルコールはこれしか無いわよ」

「幾ら?」

「後ろのお兄さん達は?ビールでいい?全部で1500シルバよ」

 ディアは銀貨の詰まった袋をごとりと置いた。ビールをグラスに注ぎながら、女は笑った。

「お芋か何か?現金無いの?」

「単刀直入に言う。ローエンと別れて」

「え?」

 彼が足繁く通うようになってから5年程だと聞く。その間、世話になった。500万では足りないかもしれない。だがこれ以上飲ませては駄目だ。ローエンを愛しているなら身を引いてほしい。ディアは普段の10倍ぐらい喋った。金で奪うのは申し訳ないが、心を鬼にして頼んだ。

「お願い。必ず幸せにする」

「ぶ…はははははははっ!」

 頭を下げると、女が急に笑い出した。護衛がそっと囁いた。

「この人、男です」

 嘘だ。こんな美しい人が男なわけない。化粧をしてスカートを履いているし、逞しい二の腕なんかローエンの好みそのものだ。そう抗議したら、女主人はますます笑い転げた。

「目、悪いんじゃない?お嬢ちゃん」

「悪くない。あなたは女。私は魂の姿が見える」

「!」

 女は目を見開いて胸を押さえた。そして何度か深呼吸をすると微笑んだ。

「残念ながら彼の愛人じゃないわ。大丈夫よ。最近、飲むと調子が悪いんですって。今日も薄い水割り1杯で潰れちゃった。連れて帰ってくれる?」

「ありがとう」

 ディアは護衛の1人にローエンを背負ってもらった。女は銀貨の袋を返そうとした。

「これは要らないわよ」

「取っておいて。今度は2人で来る」

「うふふ。分かったわ。じゃあね」

 令嬢と護衛は飲み屋を出た。怪しい気配がついてくる。足早に馬車へと向かったが、あと少しというところで囲まれてしまった。


            ◆


 ローエンが目を覚ますと、黒づくめの集団と男女3人組が戦闘の真っ最中だった。彼は路上のゴミ箱に立てかけられるように座っている。長いナイフで戦う女性のフードが取れて、藍色の長い髪が零れ出た。

(トリアス嬢?!)

 完全に酔いが覚める。令嬢の背後から黒づくめが斬りかかった。ローエンは銃を取り出すとそいつを撃った。銃声に驚いた連中は倒れた仲間を回収して逃げていった。

「起きた?家どこ?」

 トリアス嬢はナイフを持ったまま尋ねた。彼は説明を求めた。

「なぜ下町に君がいる?なぜ悪漢と戦っていた?」

「用があって来た。こいつらはバーを出たら襲ってきた。『博士以外は殺せ』って言ってた」

 誰だ。彼を“博士”と呼ぶのは昔の知り合いだけだ。今頃恨まれても困る。令嬢が水筒を差し出した。ちょうど喉が渇いていたので、ローエンはありがたく受け取った。

「ゴホッ!苦っ!」

 水ではなく苦い薬湯だった。咳き込んでいるうちに馬車に乗せられ、自宅まで送られた。公爵令嬢が下町に来る用とは何だ。いくら考えても思いつかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香
ファンタジー
『田舎でスローライフをしたい』バカップルの死神に前世の記憶を消去ミスされて赤ちゃんとして転生したユーリは竜を見て異世界だと知る。農家の娘としての生活に不満は無かったが、両親には秘密がありそうだ。魔法が存在する世界だが、普通の農民は狼と話したりしないし、農家の女将さんは植物に働きかけない。ユーリは両親から魔力を受け継いでいた。竜のイリスと絆を結んだユーリは竜騎士を目指す。竜騎士修行や前世の知識を生かして物を売り出したり、忙しいユーリは恋には奥手。スローライフとはかけ離れた人生をおくります。   

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

処理中です...