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19 因縁の三人
◇
ペルム人は黒髪黒目が特徴だ。公子も黒ヒョウみたいな好男子で、初めて会った時はちょっぴり成績が良いことを自慢したが、その他求婚者に比べたら控えめだった。華美でも粗野でもない。総合的に見て、良い婿がねだった。
「…という訳で15歳まで平民でした。それでも宜しいでしょうか?」
ディアは正直に身の上を話した。公子は笑顔で頷いた。
「もちろんです。ご苦労なさったんですね」
「いえ。それほどでも」
彼は外国の王族として招かれている。会うのも王城の迎賓館だ。招かれたディアは自身で婚姻の条件を説明した。
「公爵家の継承権は、私の産む子にしかありません。継嗣が生まれた後であれば離婚に応じますが、慰謝料は最大でも全財産の5パーセントを超えません。ここまでは宜しいですか?」
「はい」
「では離婚後の爵位返上と王籍復帰ですが」
テキパキと話を進めていたら、公子が遮った。
「待ってください、トリアス嬢。離縁することが前提みたいなお話ですね」
する。必ず。だが今言うべきではなかった。ディアは詫びた。
「すみません。初めてで、順番が良く分かっていませんでした」
「いいえ。デヴォンでは普通なんでしょう。ペルム人は何事もゆっくりなので」
公子は鷹揚に許してくれた。そしてディアの目を見つめた。
「不思議ですね。令嬢の金の瞳を見ていると、胸がドキドキするんです。藍色の美しい髪も懐かしさを感じる。私たちは前世の縁で結ばれているような気がします」
「…」
それは動悸だ。ディアは暗い気持ちになった。その後は少し雑談をして迎賓館を辞した。
◆
ローエンは研究所の件で王城に来ていた。迎賓館の車寄せへ続く道にディアが見えたので、走って追いかけた。
「ディア」
「うん」
後ろから声をかけたが、彼女は振り返らずに歩き続ける。
「どうしたの?一人で。危ないよ」
「ペルムの公子に会いに来た。もう帰る」
「公子に?なぜ?」
「婚姻の交渉。ほとんどできなかった。また来よう」
独り言だ。ローエンが話しかけるから口に出ている。
「公子と結婚するの?」
「うん」
「…前世の事は?」
「バレなきゃ良い。早くて1年半で離婚するし」
ディアは投げやりに言った。ローエンは驚いて諭した。
「そんな結婚、良くないよ。もっと時間をかけて探すべきだ」
彼女は立ち止まった。
「時間は無い。早く子を産んで、帰る」
「なぜ?どこへ帰るの?」
「…」
いつの間にか車寄せに着いていた。ディアは一度も後ろを見ずに馬車に乗り、去っていった。
◇
またローエンの幻覚だ。外では滅多に出ないのに。傷みが加速している。
ディアは公子と何回か手紙でやり取りをした。婚姻には前向きだがはっきりしない。のんきに『国に帰る前にお茶でも』と言ってきた。
(次はいつ来るんだろう?ダメだ。間に合わない)
この縁談は諦めよう。それでも迎賓館へ向かう支度をしていると、部屋に公爵夫人がやってきた。
「ディアナ。無理をしているんじゃない?」
心配そうに訊かれた。
「いいえ」
「…結婚しなくても良いのよ」
それは夫人の意見だ。ディアは公爵と契約した。ローエンを支援する代わりに後継者を産むと。これは任務だ。
「大丈夫です。行ってきます」
彼女は無理に微笑んで家を出た。
◇
迎賓館に着くと、公子の従者が外部のレストランを借りたと言い、ディアを別の馬車に案内した。まあそんな事もあるかと思って乗ると、深い森の中の一軒家に連れて行かれた。
「こちらです」
従者は奥の部屋にディアを通した。一応茶の準備がしてある。随分待たされた後、公子が入って来た。
「お待たせしました。トリアス嬢」
その手には拳銃が握られ、銃口と憎悪が公爵令嬢に向けられていた。
「これはどういう事ですの?」
ディアは扇を広げて口元を隠した。鉄扇なので初弾は防げる。密かに身構えていると、公子は彼女が最も恐れていた事を言った。
「思い出したんだ。君は私を殺した竜だ。金の目で藍色の」
「…」
「安心しろ。死体は公爵家に返してやる」
復讐するつもりだ。仕方ない。正々堂々、殺りあおう。ディアが覚悟を決めた時、ドアが開いて10人近くのペルム人が入ってきた。嫌な目つきで彼女を見る。公子が命じた。
「脱がせろ」
下衆め。
◆
王城に向かう途中、ローエンの馬が急に憑かれたように走り出した。
「止まれ!」
制止も聞かず、街道を逸れ、全速力で森に入っていく。しがみついているので精一杯だった。すぐに開けた場所に小さな屋敷が見えた。そこに森中の獣たちが押し寄せていた。割れた窓からカラスや鳶が突入し、大きな鹿や熊が扉に体当たりしていた。銃声も聞こえる。ピンと来たローエンは拳銃を抜いた。
「ディア!」
馬はひらりと柵を飛び越え、外にいた黒髪の男を蹴り飛ばした。ペルム人だ。熊に続いてローエンも屋敷に飛び込んだ。ネズミが案内する。熊は銃声も気にせずに奥の部屋のドアを吹っ飛ばした。
部屋の中はカオスだった。狼に四肢を噛まれた10人近くの男が泣き叫んでいる。鳥たちが窓から飛び込んでは彼らを突ついて出て行く。全員が血まみれだ。
「死ね!魔女め!」
ボロボロのペルムの公子がディアに拳銃を向けていた。ローエンは迷わず撃った。弾は肩を貫通し、公子は銃を落とした。そこへ熊が前脚を振り上げたので、慌てて止めた。
「待て待て!殺すな!」
「ガウ!」
「一応公子だ!国際問題になる!」
「グウ…」
熊は爪を下ろした。通じてる。試しに狼にも頼んでみた。
「離してもらえるかい?」
「グルル…」
渋々、男たちの手足から牙を抜いてくれた。ローエンは愉快になった。床に座り込んでいるディアを助け起こすと、思いきり抱きしめて笑った。
「見たかい?ディア!俺も話せたよ!あははは!」
「ローエン?本物?」
か細い声が訊く。こんなに華奢だったんだ。ローエンはディアに口付けた。更に鼻を擦り付け、
「ペルム人なんかダメだ。俺と結婚しよう。ジュラ島に分室を作るよ。そこで暮らそう」
とプロポーズをした。怪我人と動物だらけの部屋でも構わない。もう教師も辞めるから良いんだ。
「返事は?」
「うん。ローエンと結婚する」
ディアは彼の背に両手をまわしてしがみついた。やった。だがふと思った。
「ところで、これは何の騒ぎ?」
ペルム人は黒髪黒目が特徴だ。公子も黒ヒョウみたいな好男子で、初めて会った時はちょっぴり成績が良いことを自慢したが、その他求婚者に比べたら控えめだった。華美でも粗野でもない。総合的に見て、良い婿がねだった。
「…という訳で15歳まで平民でした。それでも宜しいでしょうか?」
ディアは正直に身の上を話した。公子は笑顔で頷いた。
「もちろんです。ご苦労なさったんですね」
「いえ。それほどでも」
彼は外国の王族として招かれている。会うのも王城の迎賓館だ。招かれたディアは自身で婚姻の条件を説明した。
「公爵家の継承権は、私の産む子にしかありません。継嗣が生まれた後であれば離婚に応じますが、慰謝料は最大でも全財産の5パーセントを超えません。ここまでは宜しいですか?」
「はい」
「では離婚後の爵位返上と王籍復帰ですが」
テキパキと話を進めていたら、公子が遮った。
「待ってください、トリアス嬢。離縁することが前提みたいなお話ですね」
する。必ず。だが今言うべきではなかった。ディアは詫びた。
「すみません。初めてで、順番が良く分かっていませんでした」
「いいえ。デヴォンでは普通なんでしょう。ペルム人は何事もゆっくりなので」
公子は鷹揚に許してくれた。そしてディアの目を見つめた。
「不思議ですね。令嬢の金の瞳を見ていると、胸がドキドキするんです。藍色の美しい髪も懐かしさを感じる。私たちは前世の縁で結ばれているような気がします」
「…」
それは動悸だ。ディアは暗い気持ちになった。その後は少し雑談をして迎賓館を辞した。
◆
ローエンは研究所の件で王城に来ていた。迎賓館の車寄せへ続く道にディアが見えたので、走って追いかけた。
「ディア」
「うん」
後ろから声をかけたが、彼女は振り返らずに歩き続ける。
「どうしたの?一人で。危ないよ」
「ペルムの公子に会いに来た。もう帰る」
「公子に?なぜ?」
「婚姻の交渉。ほとんどできなかった。また来よう」
独り言だ。ローエンが話しかけるから口に出ている。
「公子と結婚するの?」
「うん」
「…前世の事は?」
「バレなきゃ良い。早くて1年半で離婚するし」
ディアは投げやりに言った。ローエンは驚いて諭した。
「そんな結婚、良くないよ。もっと時間をかけて探すべきだ」
彼女は立ち止まった。
「時間は無い。早く子を産んで、帰る」
「なぜ?どこへ帰るの?」
「…」
いつの間にか車寄せに着いていた。ディアは一度も後ろを見ずに馬車に乗り、去っていった。
◇
またローエンの幻覚だ。外では滅多に出ないのに。傷みが加速している。
ディアは公子と何回か手紙でやり取りをした。婚姻には前向きだがはっきりしない。のんきに『国に帰る前にお茶でも』と言ってきた。
(次はいつ来るんだろう?ダメだ。間に合わない)
この縁談は諦めよう。それでも迎賓館へ向かう支度をしていると、部屋に公爵夫人がやってきた。
「ディアナ。無理をしているんじゃない?」
心配そうに訊かれた。
「いいえ」
「…結婚しなくても良いのよ」
それは夫人の意見だ。ディアは公爵と契約した。ローエンを支援する代わりに後継者を産むと。これは任務だ。
「大丈夫です。行ってきます」
彼女は無理に微笑んで家を出た。
◇
迎賓館に着くと、公子の従者が外部のレストランを借りたと言い、ディアを別の馬車に案内した。まあそんな事もあるかと思って乗ると、深い森の中の一軒家に連れて行かれた。
「こちらです」
従者は奥の部屋にディアを通した。一応茶の準備がしてある。随分待たされた後、公子が入って来た。
「お待たせしました。トリアス嬢」
その手には拳銃が握られ、銃口と憎悪が公爵令嬢に向けられていた。
「これはどういう事ですの?」
ディアは扇を広げて口元を隠した。鉄扇なので初弾は防げる。密かに身構えていると、公子は彼女が最も恐れていた事を言った。
「思い出したんだ。君は私を殺した竜だ。金の目で藍色の」
「…」
「安心しろ。死体は公爵家に返してやる」
復讐するつもりだ。仕方ない。正々堂々、殺りあおう。ディアが覚悟を決めた時、ドアが開いて10人近くのペルム人が入ってきた。嫌な目つきで彼女を見る。公子が命じた。
「脱がせろ」
下衆め。
◆
王城に向かう途中、ローエンの馬が急に憑かれたように走り出した。
「止まれ!」
制止も聞かず、街道を逸れ、全速力で森に入っていく。しがみついているので精一杯だった。すぐに開けた場所に小さな屋敷が見えた。そこに森中の獣たちが押し寄せていた。割れた窓からカラスや鳶が突入し、大きな鹿や熊が扉に体当たりしていた。銃声も聞こえる。ピンと来たローエンは拳銃を抜いた。
「ディア!」
馬はひらりと柵を飛び越え、外にいた黒髪の男を蹴り飛ばした。ペルム人だ。熊に続いてローエンも屋敷に飛び込んだ。ネズミが案内する。熊は銃声も気にせずに奥の部屋のドアを吹っ飛ばした。
部屋の中はカオスだった。狼に四肢を噛まれた10人近くの男が泣き叫んでいる。鳥たちが窓から飛び込んでは彼らを突ついて出て行く。全員が血まみれだ。
「死ね!魔女め!」
ボロボロのペルムの公子がディアに拳銃を向けていた。ローエンは迷わず撃った。弾は肩を貫通し、公子は銃を落とした。そこへ熊が前脚を振り上げたので、慌てて止めた。
「待て待て!殺すな!」
「ガウ!」
「一応公子だ!国際問題になる!」
「グウ…」
熊は爪を下ろした。通じてる。試しに狼にも頼んでみた。
「離してもらえるかい?」
「グルル…」
渋々、男たちの手足から牙を抜いてくれた。ローエンは愉快になった。床に座り込んでいるディアを助け起こすと、思いきり抱きしめて笑った。
「見たかい?ディア!俺も話せたよ!あははは!」
「ローエン?本物?」
か細い声が訊く。こんなに華奢だったんだ。ローエンはディアに口付けた。更に鼻を擦り付け、
「ペルム人なんかダメだ。俺と結婚しよう。ジュラ島に分室を作るよ。そこで暮らそう」
とプロポーズをした。怪我人と動物だらけの部屋でも構わない。もう教師も辞めるから良いんだ。
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