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外伝~トモと友~04 旅立ち
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◇
夢はなかなか覚めなかった。
大尉は王都に連れていかれた。そこで大公閣下の2妃を紹介された。茶色の柔らかな巻き毛が美しいリコリス妃と、輝く金髪に碧い瞳のユリア妃だ。沢山いる公子公女の名前もようやく覚えた。
居候である大尉の主な仕事は子守だ。午前中は家庭教師と勉強をする。それほど進んだ科学文明ではないので、地理や文化、風習、マナーなどだ。午後は子供らと広い大公邸の庭を使って思いっきり遊ぶ。ミナミ妃の言う「昭和の遊び」は好評だった。
「そろそろ魔法を始めるか」
ある日、閣下が新たな教育課程を発表した。手品のようなもの。大尉の認識はその程度だ。子供は10を過ぎて初めて魔法を習うらしい。魔力持ちの貴族は12歳から17歳くらいを魔法学園とやらで過ごす。17のユリウス公子も通っている。
「はあ。学園に通えと?」
「嫌なのか?」
「もう25なのですが、大丈夫でしょうか?」
海軍兵学校を出て久しい。遠回しに行きたくないと言ってみたが、
「大丈夫だ。今のお前の見た目は15、6だ。明日から編入できるよう手続きをしておく」
と、命じられてしまった。
(今更何年も学校に通うなんて、まっぴらだ)
粘り強く交渉し、必要な単位を取得できれば最短半年で卒業資格を貰えるようにした。学園は貴族子弟が婚姻相手を探す場だ。そんな短い期間の在籍者などいないと閣下に呆れられたが、そこは譲る気は無かった。
大尉にはすべきことがあった。元の世界に帰る。何としてもだ。
◆
ユリウスの通う魔法学園にあの少女が入って来た。『トモヒサ』が本名らしいが、言いにくいので『トモ』と呼んでいる。トモは何故か男装している。絹のような黒髪は肩まで伸びた。
ミーナ妃が兄と姉の残した教科書を渡すと、彼女は猛勉強を始めた。特例で前倒しで試験を受け、単位が取れるそうだ。あっという間に座学の履修を終え、今はユリウスと同じクラスで実戦魔法を習っている。
「次っ!アマミヤ!」
格技場で鬼教官が模擬戦の相手にトモを指名した。
「はっ!お願いいたしますっ!」
教官は元魔法騎士だけあって強い。複数の魔法を同時に撃ってくる。それを器用に避けながらトモは間合いを詰めた。背が低いから近づくしかない。
「遅いっ!」
教官の剣がトモに振り下ろされた。たちまち姿が消える。囮だった。そしていつ撃ち出したのか、何十もの石礫が教官に襲い掛かった。教官が防壁を張ってしのぐ隙に、彼女の剣が喉元に突き付けられた。
「見事だっ!アマミヤ!」
「ありがとうございますっ!教官のご指導のお陰ですっ!」
熱いやり取りを他の生徒はぽかんと見ている。大声で会話する意味が分からない。授業が終わり、教官は機嫌よく去った。
「ああ。軍隊ではハキハキ大きな声で話すのが常識だから」
食堂で昼食を取りながらトモは説明した。彼女は教師の好印象を得るのが抜群に上手い。相手の望む態度や言葉がさらっと出るのだ。飛び級で入学したユリウスは長い間、友人ができなかった。教師にすら妬まれて苦労した。正直、彼女が羨ましい。
「母たちも君が大好きだもんな。そのうち養子にするとか言い出すよ」
「僻むな。未来の義弟よ。いや待て、そうすると閣下が義父上か。それは怖いなぁ」
学園では敬語は使わない約束だ。軽口を言い合うくらいには仲良くなった。
「トモ。あと少しで卒業資格が得られるんだろ?その後はどうするつもり?」
何となく気になっていたことをユリウスは訊いた。彼も同時期に卒業するが、エルフの王都へ留学する。そこで古代魔法の研究をする予定だ。
「独立さ。魔法を修めれば閣下も認めてくださるだろう。そろそろ仕事を探さないとな」
意外な返事に驚く。平民でもない限り、10代で働き始める女の子はいない。
「まさか魔法騎士に?」
「女は騎士になれないんだろう?リコリス妃は特別だと聞いたぞ」
もっと自由に移動できる職が良い。商人やハンター、旅芸人。あちこちを旅してまわりたい。トモはそう言って笑った。少し寂し気な笑顔だった。
(一緒に留学しないか?)
ユリウスはそう言いたかった。だが言う立場も資格も無かった。大公子と異世界人の少女。あまりにも大きな隔たりがあった。
◇
大尉はついに卒業資格と魔法士の免許を得た。
「大変お世話になりました。この御恩は生涯忘れません。アスカ大公家の弥栄をお祈り申し上げます」
閣下と3妃に深く頭を下げ、別れの挨拶をする。公子公女らとは既に済ませている。
「困り事があったら、すぐ連絡しろ。力になる」
基本的に閣下は懐に入った者にお優しい。かなりの路銀を下賜してくださった。
「まだ居てくれて良いのに…。ホントに行っちゃうの?」
ミナミ妃も情に厚い方だ。これでは子らはなかなか巣立たないだろう。
「トモがいてくれて本当に助かりました。これ、預かっていた刀です。お返ししますね」
リコリス妃が軍刀を返してくれた。相棒が戻ったようで心強い。
「ユリウスと友達になってくれてありがとう。ずっと仲良くしてくれると嬉しいわ」
ユリア妃は息子とよく似た顔で微笑んだ。餞別に青い宝石のついた金の指輪をくれる。お2人の色だ。
「皆さま、ありがとうございます。落ち着いたら手紙を差し上げます」
大尉は荷物を詰めた鞄に軍刀と指輪を仕舞った。そして尊い方々に見送られつつ、大公邸を去った。
(いよいよ帰還方法を探すぞ)
期待を裏切って悪いが、大尉はこちらに骨を埋めるつもりは無い。手紙も多分出せない。帰還できた転生者や転移者の情報を探すのだ。まずは己が見つかったというタキア領に向けて歩き始めた。
夢はなかなか覚めなかった。
大尉は王都に連れていかれた。そこで大公閣下の2妃を紹介された。茶色の柔らかな巻き毛が美しいリコリス妃と、輝く金髪に碧い瞳のユリア妃だ。沢山いる公子公女の名前もようやく覚えた。
居候である大尉の主な仕事は子守だ。午前中は家庭教師と勉強をする。それほど進んだ科学文明ではないので、地理や文化、風習、マナーなどだ。午後は子供らと広い大公邸の庭を使って思いっきり遊ぶ。ミナミ妃の言う「昭和の遊び」は好評だった。
「そろそろ魔法を始めるか」
ある日、閣下が新たな教育課程を発表した。手品のようなもの。大尉の認識はその程度だ。子供は10を過ぎて初めて魔法を習うらしい。魔力持ちの貴族は12歳から17歳くらいを魔法学園とやらで過ごす。17のユリウス公子も通っている。
「はあ。学園に通えと?」
「嫌なのか?」
「もう25なのですが、大丈夫でしょうか?」
海軍兵学校を出て久しい。遠回しに行きたくないと言ってみたが、
「大丈夫だ。今のお前の見た目は15、6だ。明日から編入できるよう手続きをしておく」
と、命じられてしまった。
(今更何年も学校に通うなんて、まっぴらだ)
粘り強く交渉し、必要な単位を取得できれば最短半年で卒業資格を貰えるようにした。学園は貴族子弟が婚姻相手を探す場だ。そんな短い期間の在籍者などいないと閣下に呆れられたが、そこは譲る気は無かった。
大尉にはすべきことがあった。元の世界に帰る。何としてもだ。
◆
ユリウスの通う魔法学園にあの少女が入って来た。『トモヒサ』が本名らしいが、言いにくいので『トモ』と呼んでいる。トモは何故か男装している。絹のような黒髪は肩まで伸びた。
ミーナ妃が兄と姉の残した教科書を渡すと、彼女は猛勉強を始めた。特例で前倒しで試験を受け、単位が取れるそうだ。あっという間に座学の履修を終え、今はユリウスと同じクラスで実戦魔法を習っている。
「次っ!アマミヤ!」
格技場で鬼教官が模擬戦の相手にトモを指名した。
「はっ!お願いいたしますっ!」
教官は元魔法騎士だけあって強い。複数の魔法を同時に撃ってくる。それを器用に避けながらトモは間合いを詰めた。背が低いから近づくしかない。
「遅いっ!」
教官の剣がトモに振り下ろされた。たちまち姿が消える。囮だった。そしていつ撃ち出したのか、何十もの石礫が教官に襲い掛かった。教官が防壁を張ってしのぐ隙に、彼女の剣が喉元に突き付けられた。
「見事だっ!アマミヤ!」
「ありがとうございますっ!教官のご指導のお陰ですっ!」
熱いやり取りを他の生徒はぽかんと見ている。大声で会話する意味が分からない。授業が終わり、教官は機嫌よく去った。
「ああ。軍隊ではハキハキ大きな声で話すのが常識だから」
食堂で昼食を取りながらトモは説明した。彼女は教師の好印象を得るのが抜群に上手い。相手の望む態度や言葉がさらっと出るのだ。飛び級で入学したユリウスは長い間、友人ができなかった。教師にすら妬まれて苦労した。正直、彼女が羨ましい。
「母たちも君が大好きだもんな。そのうち養子にするとか言い出すよ」
「僻むな。未来の義弟よ。いや待て、そうすると閣下が義父上か。それは怖いなぁ」
学園では敬語は使わない約束だ。軽口を言い合うくらいには仲良くなった。
「トモ。あと少しで卒業資格が得られるんだろ?その後はどうするつもり?」
何となく気になっていたことをユリウスは訊いた。彼も同時期に卒業するが、エルフの王都へ留学する。そこで古代魔法の研究をする予定だ。
「独立さ。魔法を修めれば閣下も認めてくださるだろう。そろそろ仕事を探さないとな」
意外な返事に驚く。平民でもない限り、10代で働き始める女の子はいない。
「まさか魔法騎士に?」
「女は騎士になれないんだろう?リコリス妃は特別だと聞いたぞ」
もっと自由に移動できる職が良い。商人やハンター、旅芸人。あちこちを旅してまわりたい。トモはそう言って笑った。少し寂し気な笑顔だった。
(一緒に留学しないか?)
ユリウスはそう言いたかった。だが言う立場も資格も無かった。大公子と異世界人の少女。あまりにも大きな隔たりがあった。
◇
大尉はついに卒業資格と魔法士の免許を得た。
「大変お世話になりました。この御恩は生涯忘れません。アスカ大公家の弥栄をお祈り申し上げます」
閣下と3妃に深く頭を下げ、別れの挨拶をする。公子公女らとは既に済ませている。
「困り事があったら、すぐ連絡しろ。力になる」
基本的に閣下は懐に入った者にお優しい。かなりの路銀を下賜してくださった。
「まだ居てくれて良いのに…。ホントに行っちゃうの?」
ミナミ妃も情に厚い方だ。これでは子らはなかなか巣立たないだろう。
「トモがいてくれて本当に助かりました。これ、預かっていた刀です。お返ししますね」
リコリス妃が軍刀を返してくれた。相棒が戻ったようで心強い。
「ユリウスと友達になってくれてありがとう。ずっと仲良くしてくれると嬉しいわ」
ユリア妃は息子とよく似た顔で微笑んだ。餞別に青い宝石のついた金の指輪をくれる。お2人の色だ。
「皆さま、ありがとうございます。落ち着いたら手紙を差し上げます」
大尉は荷物を詰めた鞄に軍刀と指輪を仕舞った。そして尊い方々に見送られつつ、大公邸を去った。
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