吉祥寺行

八尾倖生

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序章

翌日常

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「ねー、ホント最悪」
「どした?」
「昨日撮った写真あったじゃん? めっちゃエモかったやつ。あれ、間違えて消しちゃってさー」
「え、マジ!? もったいな! インスタとか上げる前?」
「うん。保存しようと思ったら容量不足ってなって、そのときに間違えて消しちゃったみたい。だからたぶん、あの後すぐ。もう、ホント最悪」
「でも昨日はなんも言ってなくなかった?」
「帰ってから気付いたんだ。だから昨日の夜、ずっと泣いてた。ライン返せなくてごめんね」
 週明けの平日の夕方にもかかわらず、ここ吉祥寺はたくさんの人で賑わっている。どこをどう切り取っても、それは平和な日常という表題以外は当てはまらなかった。
 その渦中かちゅうにいるこの女子二人組も、平和の体現者である。明日には、下手すれば今日中に昨日の失望のことなど忘れ、また新しい日常を生み出すのだろう。
 運命というものは、いついかなるときも、人々をもてあそぶ。
 とある場所で芽吹めぶいた四つの点は、一つは中古のスケッチブックのように白く、一つは深海のように青く、一つは花火のように赤く、もう一つは、モザイクのようににごっている。
 だがそれらがとある場所で三本の線となったとき、一つは火花のように赤く、一つは空のように青く、もう一つは、小学生の自由帳のように白い。
 この世には、たくさんの人間がいる。
 今日もまた、たくさんの人間がそれぞれの終点に乗っている。
 しかしほとんどの人間は、互いの名前も、声も、人生も、日常の色も知らぬまま、二度と会うことはない。線が繋がり合うことも、まず起こり得ない。
 彼女らも元々はそうだったのだ。生まれも育ちも、性別も生き方も違う、ましてや同じ電車に乗ることすらなかった、この世界に誕生した別々の点。
 それが友人、知人、元同級生、現同級生、同僚、恋人、あるいは、一度だけ会った人、電話越しにいた人、噂で聞く友人の恋人、そして、大切な人の憧れの人という線で繋がりながら、やがて偶然の産物の手伝いにより、円となる。
 彼らの円が偶然に導かれたように、彼女らの咲かせる四季の花々に込められた自然な希望もまた、いつかきっと太陽の眼差まなざしを浴びて、光り輝く刹那せつなが訪れるはずだ。
「てか思ったんだけど、また撮ればいいんじゃない?」
「あ、確かに! 相変わらずえてる~」
 撮影ボタンを押す彼女の指は、誰かが言った通り、既に昨日流した涙など忘れていた。
「見て! 結構いい感じじゃない? てか、こっちの方がいいよ!」
「うーん、別に昨日と変わらないように見えるけど。ん? ねえこの二人、昨日も写ってなかった? 手繋ぎながら歩いてる、大きめのコート着てる女の子と、横で寒そうにしてる男の人」
「うっそー! そんなわけないじゃん! ボカロの聴きすぎだよー」
 いつしか円は、人々を取り囲み、世界に溶け込んでいく。他人というたくさんの人間の中に、自分という一人の人間が、そこに居ることに気付く。
 まるで、悪戯いたずら好きな紙ヒコーキが、街中を飛び回るように。

 これからが新たな日常たちの、本当の始まりなのだ。
 やがて知る、七色の行き先に辿り着くまで。
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