11 / 33
第二章
青常 水曜日
しおりを挟む
4 水曜日
アラームの音に逆らわず目を覚ました時刻は8時、二限の授業に間に合うには充分な時間だ。ちなみに時間割通りだと6時半に起きなくてはならないのだが、一限の授業は初回に出ただけで、残りの回は一度も赴いていない。出席がなく、内容もWEB上にアップロードされているレジュメでほぼ把握できる授業のために、わざわざ二日続けて早起きするまでのメリットがないことを予測して、今の結果に至っている。期末試験もサークルの誰かから過去問を貰えば問題なかろう。
ただ気になるのは、どうやら学生の出席率はなかなか高い授業らしい。初回の授業に人数が増えるのはこの大学の慣例だが、その後も同水準の人数を維持し、充実した授業が行なわれているというのを風の噂で聞いた。レジュメを見ても空欄はなく、特別話を聞いて書き加えるような事柄もなさそうだが、よほど先生の話が面白いのだろうか。確かに初回のときに、何度か学生の笑いを誘うなどユニークな印象を受けたが、眠気を吹き飛ばすほどのインパクトはなかった。だができれば、このまま僕の感覚がズレていることを願いたい。西井という頼みの綱がいない中、先生の人気ではなく授業内容の必然性でそうなっているのなら、僕としてはかなりの失態である。来週にでも一度、確認のために赴いてみようか。いや、やっぱり再来週にしよう。
学校に着き二限の第二外国語の授業を受けた後、いつもは学食に向かう足取りを、売店へと変えた。並ぶ列の前の方に知り合いの姿が見えたが、僕には気付かず行ってしまった。
弁当を買って次の授業の教室で食べていると、サークルの溜まり場にいるらしい西井から「来ないの? 今どこ?」とメッセージがきた。スルーしようかと思ったが、どうせ意味がないと思い「もう教室いる」と返信した。すぐさま来た「了解」という返事を確認し、その後弁当を搔き込んで食べ終わり、ツイッターを見ていた。
十分ほど経ち、西井が教室にやってきた。
「なんで来なかったん?」
「寝坊して二限サボったから、飯食ってから来た」
「ああ、そうなんだ」
真っ赤な嘘を信じ込む西井に、憐れみ半分、申し訳なさ半分の視線を送ったが、察せられることはないだろう。机の中には捨て忘れた弁当のゴミが入っているが、気付かれることはないだろう。そしてこれから僕がしようとしていることを、正面から受け入れてくれることはないだろう。
だが許せ、西井。見えない鎖が散りばめられているこの大学生活で、一〇〇%を謳歌している人間などそういない。誰でも悩みがあると言うが、誰もが同じ悩みを持っているわけではない。みんな自由な意思という抽象的なものに身を預けさせられながら、子供と大人の間にある何かしらの鎖に繋がれ、自立の階段をスムーズに登る者と、躓く者に分別される。今の僕は明らかに後者だし、社会に出ても後者のままだろう。
だけど僕は、少しでも自分が出せる場所にいたいし、少しでも心の通じ合う人間と時間を共にしたい。どうやらなんとなくで入ったフットサルサークルは、時間と金と、生活に対する必要悪だったみたいだ。今はただ、貴重な社会経験を与えてくれてありがとうと言いたい。
三限の授業が終わって早々、西井が立ち上がり「行こうぜ」と言ってきた。それに対する僕の応答は「今日四限出るわ」というものだった。西井は驚いた表情を隠せずにいたが、程なくして「そうなんだ。じゃ、先行ってる」と言って、共に教室を出た。その後西井は学食へ行き、僕は大教室があるエリアへと向かった。もう少し凝った言葉を送った方がよかっただろうか。いや、別にいいだろう。今の彼は僕にとって、高校生以下の存在なのだから。
一応授業にはちゃんと出席した。この授業にも初回以来ほぼ行ってなかったが、久しぶり出席してみると案外面白く、内容も理解できた。高校時代は暗記すら碌にやってこなかった歴史系だったが、最近のクイズ番組ブームに触発されてか、聞いたことのある用語の応酬にはつい耳を傾けていた。
四限が終わり、少しの間、教室に留まった。サークルのグループラインは、練習参加や時間の確認で賑わっている。西井もその賑わいの中にいた。段々と教室から人が去り、先生に質問しに行った人も帰路に就いた頃、僕も教室を出た。
その次の瞬間から、学食を避けながら昨日と同様に真っ直ぐ家に向かった。
だが昨日との一番の違いは、サークルの誰に対しても連絡をしなかったことだ。それはこれからも続くだろう。もう僕にとって、大学生活の充実シミュレーションは必要ない。欲しいのは、歴とした本物の居場所だ。その日限りの爽快感と快活感に貴重な時間とお金をつぎ込むのはやめにする。再来週辺りの今頃には、内井さんと、ついでに近藤と共に、脅威ではなくなった店長を余所目に、若者たちの青春を応援することにしよう。こんなときでも人手不足は、僕に都合の良いように作用している。
18時半頃に地元の武蔵浦和駅まで着いた後、近くにあるバイト先に寄ろうと思ったが、その周辺がやけに混雑していたようなので、また真っ直ぐ家に向かうことにした。昨日と同様、家の中で機嫌が良いということが自分でもわかった。今日に関しては、どちらかというとスッキリしたという方が強い。
その晩、翌朝が6時半起きなのもあったが、なんと22時には床に就いていた。最近特に寝不足でもなかったが、憑き物が落ちたかのように眠気が襲ってきた。ベッドに入ってからすぐにLINE電話がかかってきたが、無視した。どうせ飲み会中のサークルの奴らだろう。連絡を寄こさない僕に、ノリで理由もなく電話したというのが安易に予想できる。切れた後も何度かかかってきたが、当然のように無視した。
いくら眠気が強くてもさすがに妨害の域に達していたので、相手を確認せずにマナーモードにした。アラームがマナーモードを貫通することを信じて。
アラームの音に逆らわず目を覚ました時刻は8時、二限の授業に間に合うには充分な時間だ。ちなみに時間割通りだと6時半に起きなくてはならないのだが、一限の授業は初回に出ただけで、残りの回は一度も赴いていない。出席がなく、内容もWEB上にアップロードされているレジュメでほぼ把握できる授業のために、わざわざ二日続けて早起きするまでのメリットがないことを予測して、今の結果に至っている。期末試験もサークルの誰かから過去問を貰えば問題なかろう。
ただ気になるのは、どうやら学生の出席率はなかなか高い授業らしい。初回の授業に人数が増えるのはこの大学の慣例だが、その後も同水準の人数を維持し、充実した授業が行なわれているというのを風の噂で聞いた。レジュメを見ても空欄はなく、特別話を聞いて書き加えるような事柄もなさそうだが、よほど先生の話が面白いのだろうか。確かに初回のときに、何度か学生の笑いを誘うなどユニークな印象を受けたが、眠気を吹き飛ばすほどのインパクトはなかった。だができれば、このまま僕の感覚がズレていることを願いたい。西井という頼みの綱がいない中、先生の人気ではなく授業内容の必然性でそうなっているのなら、僕としてはかなりの失態である。来週にでも一度、確認のために赴いてみようか。いや、やっぱり再来週にしよう。
学校に着き二限の第二外国語の授業を受けた後、いつもは学食に向かう足取りを、売店へと変えた。並ぶ列の前の方に知り合いの姿が見えたが、僕には気付かず行ってしまった。
弁当を買って次の授業の教室で食べていると、サークルの溜まり場にいるらしい西井から「来ないの? 今どこ?」とメッセージがきた。スルーしようかと思ったが、どうせ意味がないと思い「もう教室いる」と返信した。すぐさま来た「了解」という返事を確認し、その後弁当を搔き込んで食べ終わり、ツイッターを見ていた。
十分ほど経ち、西井が教室にやってきた。
「なんで来なかったん?」
「寝坊して二限サボったから、飯食ってから来た」
「ああ、そうなんだ」
真っ赤な嘘を信じ込む西井に、憐れみ半分、申し訳なさ半分の視線を送ったが、察せられることはないだろう。机の中には捨て忘れた弁当のゴミが入っているが、気付かれることはないだろう。そしてこれから僕がしようとしていることを、正面から受け入れてくれることはないだろう。
だが許せ、西井。見えない鎖が散りばめられているこの大学生活で、一〇〇%を謳歌している人間などそういない。誰でも悩みがあると言うが、誰もが同じ悩みを持っているわけではない。みんな自由な意思という抽象的なものに身を預けさせられながら、子供と大人の間にある何かしらの鎖に繋がれ、自立の階段をスムーズに登る者と、躓く者に分別される。今の僕は明らかに後者だし、社会に出ても後者のままだろう。
だけど僕は、少しでも自分が出せる場所にいたいし、少しでも心の通じ合う人間と時間を共にしたい。どうやらなんとなくで入ったフットサルサークルは、時間と金と、生活に対する必要悪だったみたいだ。今はただ、貴重な社会経験を与えてくれてありがとうと言いたい。
三限の授業が終わって早々、西井が立ち上がり「行こうぜ」と言ってきた。それに対する僕の応答は「今日四限出るわ」というものだった。西井は驚いた表情を隠せずにいたが、程なくして「そうなんだ。じゃ、先行ってる」と言って、共に教室を出た。その後西井は学食へ行き、僕は大教室があるエリアへと向かった。もう少し凝った言葉を送った方がよかっただろうか。いや、別にいいだろう。今の彼は僕にとって、高校生以下の存在なのだから。
一応授業にはちゃんと出席した。この授業にも初回以来ほぼ行ってなかったが、久しぶり出席してみると案外面白く、内容も理解できた。高校時代は暗記すら碌にやってこなかった歴史系だったが、最近のクイズ番組ブームに触発されてか、聞いたことのある用語の応酬にはつい耳を傾けていた。
四限が終わり、少しの間、教室に留まった。サークルのグループラインは、練習参加や時間の確認で賑わっている。西井もその賑わいの中にいた。段々と教室から人が去り、先生に質問しに行った人も帰路に就いた頃、僕も教室を出た。
その次の瞬間から、学食を避けながら昨日と同様に真っ直ぐ家に向かった。
だが昨日との一番の違いは、サークルの誰に対しても連絡をしなかったことだ。それはこれからも続くだろう。もう僕にとって、大学生活の充実シミュレーションは必要ない。欲しいのは、歴とした本物の居場所だ。その日限りの爽快感と快活感に貴重な時間とお金をつぎ込むのはやめにする。再来週辺りの今頃には、内井さんと、ついでに近藤と共に、脅威ではなくなった店長を余所目に、若者たちの青春を応援することにしよう。こんなときでも人手不足は、僕に都合の良いように作用している。
18時半頃に地元の武蔵浦和駅まで着いた後、近くにあるバイト先に寄ろうと思ったが、その周辺がやけに混雑していたようなので、また真っ直ぐ家に向かうことにした。昨日と同様、家の中で機嫌が良いということが自分でもわかった。今日に関しては、どちらかというとスッキリしたという方が強い。
その晩、翌朝が6時半起きなのもあったが、なんと22時には床に就いていた。最近特に寝不足でもなかったが、憑き物が落ちたかのように眠気が襲ってきた。ベッドに入ってからすぐにLINE電話がかかってきたが、無視した。どうせ飲み会中のサークルの奴らだろう。連絡を寄こさない僕に、ノリで理由もなく電話したというのが安易に予想できる。切れた後も何度かかかってきたが、当然のように無視した。
いくら眠気が強くてもさすがに妨害の域に達していたので、相手を確認せずにマナーモードにした。アラームがマナーモードを貫通することを信じて。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
好きな人の好きな人を好きな人
村井なお
青春
高校一年生の僕・前島環には、説明しがたい間柄の同級生がいる。
『カワイイ』より『美人』なその人の名前は、西町英梨。
僕は、同じ文芸部に所属する二年生・奥津くららに憧れている。
くらら先輩は、同じ二年生の幼なじみ・北守怜先輩とお互い思い合っている。
そんな怜先輩に、西町さんは片思いをしている。
つまり僕と西町さんとの関係を正確にいうならこうなるわけだ。
好きな人の好きな人を好きな人。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる