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第一章 あの頃、きみは
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自分でなんとかしろと言われたからには、なんとかしなければいけない。
せめて、仕事に支障が出ない程度には。
鼻歌を歌いながら面談から戻ってきた梨菜を、私は正面からじっと睨み付けた。
「ねえ、梨菜。その……前から言いたかったんだけど」
「ふーん? わたしはなーんも聞きたいことねーし」
すっぱりと外されたけど、ここで諦めたらいつも通りだ。
ぎゅっと拳を握りしめ、再び声に力を入れた。
「……梨菜は、なんでそんなに私のこと邪険にするの」
「はあ?」
すっとんきょうな声で、梨菜がこちらを見返してくる。
細く整えた眉毛が、不思議な形に歪んだ。
「べっつに、邪険にしてる訳じゃねーけど」
「でも、入社したときから、ずっとそんな風じゃない。最低限の仕事の話さえまともにしてくれないし」
「課長がいるんだから、いーじゃん。課長に聞けば」
「それはそうだけど、でも……」
でも、と言いながら、必死で言葉を探してしまう。
こんなところで納得したい訳じゃないのに、すぐにぱっと言い返せなくて。
つたーん、と梨菜がエンターキーを押した音が響く。
「あのさぁ、あんた、何が言いたいワケ? 何か言いたいことがあるならはっきり言いなよ」
「だから……私たち、高校の同級生なんだし、営業事務では二人きりの同僚なんだから、こんな風にいがみ合わないで……せめて、仕事だけはちゃんと」
ちゃんとしたい、と言い切る前に、梨菜が椅子を引く大きな音が、私の言葉を遮った。
「――二人きりの同僚? はー、いいこと言うね、あんたはさ。高校の同級生だって!」
声を荒げた梨菜の様子に、オフィス中の視線がこちらに集中している。
私は身を縮めてそれをやり過ごそうとしたけれど、立ち上がっている梨菜の視線は、まっすぐにこちらを向いていた。
逃げられない。
梨菜の怒声を浴びて、心臓がきゅんと縮みそうになる。
「よく言うわ! わたしがいじめられてる時も、これっぽっちも助けようなんてしてくれなかった癖にね!」
「いじめ……られてた?」
そんなこと、あるだろうか。
高校時代のことを思い出そうと、私は必死に頭を回す。
あの頃、私は優等生で、受験以外に何も興味がなかった。
お昼や休憩時間を一緒に過ごす友人はニ、三人いたけれど、基本的にクラス替えもなかったから、それ以外のクラスの様子には無頓着だった。
いつものメンバー以外、誰がどんな様子だったかも、正直あまり覚えていない。
……ううん、今ではもう、あの頃のいつものメンバーとだって、連絡も取ってない。
高校で会って、3年で別れたクラスメイトなんて、しょせんその程度のお付き合いでしかなかったんだ。
上から、はあ、と大きなため息が響く。
「……あっきれた。わたしのことなんて、なーんも興味なかったんだね。それで仲良くしようなんて、言うんだ」
「そんな……だけど、別にあなたのこと嫌いな訳でもないし」
「嫌いじゃない!? へー、ここまで言われて、よくそんなこと言えるね!」
おずおずと見上げれば、梨菜が、目を吊り上げて私を見下ろしていた。
「わたしね、あんたのそういうとこほんと嫌い! 仲良くしたいなら、相手のことちゃんと見て、ちゃんと付き合いなよ。なにがあっても、たとえ空が落っこちてきても、一緒にいれるくらいに好きになりなよ!」
踵を返した梨菜が、乱暴に扉を開けてオフィスを出ていく。
その後姿を黙って見送りつつ、私は頭の中だけで返事した。
……だって私、別に、あなたと仲良くしたいなんて言ってないじゃない。
ただ、仕事をまともにできればそれでいいだけだもの。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
その後の、オフィスの空気は最悪だった。
しばらくしてから梨菜は頭を冷やして戻ってきたけれど、私とは一言も口をきかなかった。
オフィス中からちらちらと視線を感じ、緊張して肩ががちがちになってしまった。
それでも、明日は土曜日でお休みだって自分に言い聞かせ、最後までなんとか仕事をやり遂げる。
「お疲れ様でした」
声をかけて、先に席を立つ私の方を、梨菜は見向きもしなかった。
唇を尖らせて、ディスプレイを不機嫌な目で睨み付けていた。
せめて、仕事に支障が出ない程度には。
鼻歌を歌いながら面談から戻ってきた梨菜を、私は正面からじっと睨み付けた。
「ねえ、梨菜。その……前から言いたかったんだけど」
「ふーん? わたしはなーんも聞きたいことねーし」
すっぱりと外されたけど、ここで諦めたらいつも通りだ。
ぎゅっと拳を握りしめ、再び声に力を入れた。
「……梨菜は、なんでそんなに私のこと邪険にするの」
「はあ?」
すっとんきょうな声で、梨菜がこちらを見返してくる。
細く整えた眉毛が、不思議な形に歪んだ。
「べっつに、邪険にしてる訳じゃねーけど」
「でも、入社したときから、ずっとそんな風じゃない。最低限の仕事の話さえまともにしてくれないし」
「課長がいるんだから、いーじゃん。課長に聞けば」
「それはそうだけど、でも……」
でも、と言いながら、必死で言葉を探してしまう。
こんなところで納得したい訳じゃないのに、すぐにぱっと言い返せなくて。
つたーん、と梨菜がエンターキーを押した音が響く。
「あのさぁ、あんた、何が言いたいワケ? 何か言いたいことがあるならはっきり言いなよ」
「だから……私たち、高校の同級生なんだし、営業事務では二人きりの同僚なんだから、こんな風にいがみ合わないで……せめて、仕事だけはちゃんと」
ちゃんとしたい、と言い切る前に、梨菜が椅子を引く大きな音が、私の言葉を遮った。
「――二人きりの同僚? はー、いいこと言うね、あんたはさ。高校の同級生だって!」
声を荒げた梨菜の様子に、オフィス中の視線がこちらに集中している。
私は身を縮めてそれをやり過ごそうとしたけれど、立ち上がっている梨菜の視線は、まっすぐにこちらを向いていた。
逃げられない。
梨菜の怒声を浴びて、心臓がきゅんと縮みそうになる。
「よく言うわ! わたしがいじめられてる時も、これっぽっちも助けようなんてしてくれなかった癖にね!」
「いじめ……られてた?」
そんなこと、あるだろうか。
高校時代のことを思い出そうと、私は必死に頭を回す。
あの頃、私は優等生で、受験以外に何も興味がなかった。
お昼や休憩時間を一緒に過ごす友人はニ、三人いたけれど、基本的にクラス替えもなかったから、それ以外のクラスの様子には無頓着だった。
いつものメンバー以外、誰がどんな様子だったかも、正直あまり覚えていない。
……ううん、今ではもう、あの頃のいつものメンバーとだって、連絡も取ってない。
高校で会って、3年で別れたクラスメイトなんて、しょせんその程度のお付き合いでしかなかったんだ。
上から、はあ、と大きなため息が響く。
「……あっきれた。わたしのことなんて、なーんも興味なかったんだね。それで仲良くしようなんて、言うんだ」
「そんな……だけど、別にあなたのこと嫌いな訳でもないし」
「嫌いじゃない!? へー、ここまで言われて、よくそんなこと言えるね!」
おずおずと見上げれば、梨菜が、目を吊り上げて私を見下ろしていた。
「わたしね、あんたのそういうとこほんと嫌い! 仲良くしたいなら、相手のことちゃんと見て、ちゃんと付き合いなよ。なにがあっても、たとえ空が落っこちてきても、一緒にいれるくらいに好きになりなよ!」
踵を返した梨菜が、乱暴に扉を開けてオフィスを出ていく。
その後姿を黙って見送りつつ、私は頭の中だけで返事した。
……だって私、別に、あなたと仲良くしたいなんて言ってないじゃない。
ただ、仕事をまともにできればそれでいいだけだもの。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
その後の、オフィスの空気は最悪だった。
しばらくしてから梨菜は頭を冷やして戻ってきたけれど、私とは一言も口をきかなかった。
オフィス中からちらちらと視線を感じ、緊張して肩ががちがちになってしまった。
それでも、明日は土曜日でお休みだって自分に言い聞かせ、最後までなんとか仕事をやり遂げる。
「お疲れ様でした」
声をかけて、先に席を立つ私の方を、梨菜は見向きもしなかった。
唇を尖らせて、ディスプレイを不機嫌な目で睨み付けていた。
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