たとえ空がくずれおちても

狼子 由

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第六章 悪夢はきえない

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 私、知らずにひどいことを言ったのかもしれない。
 本当はうちだって――まともな父親なんて、いないようなものなのに。

「美玖は、片親だと友だちになれないって言いたいの? 私のこともずっとそんな風に思ってたの?」
「待ってよ、遥花の家は違うじゃん。それに、そんなことじゃなくて……わたしが言いたいのは、その……」
「落ち着きなさいってば、遥花。美玖が言いたいのはね、父親がいないっていうこと自体じゃなくて、どうしてそんな話がクラス中に回ってるかってことなんだから」
「なんでって……そんなの、誰かが広めたからでしょ!」
「そうよ。家庭の事情も家族の話も、ぶちまけて広めるような下衆な人たちとは関わらない方がいいって言ってるの」

 鞠絵の容赦ない言葉に、背筋がひやりとした。
 坂詰さんたちと――梨菜と一緒に切り捨てられる不安が、胸の奥にぽつんと灯っている。

「あのね、遥花。本当はここまで言うつもりなかったのだけど……私たちが朝、教室に入ったときには、もっとひどいことになっていたのよ」
「えっ」
「ま、鞠絵……! それは言わないことにしようって言ったじゃん!」
「だって、この子、言わなきゃ自分がどんな状況なのか分からないわよ」
「でも……」

 眉をひそめる鞠絵の横で、あわあわと手を振る美玖。
 二人に交互に視線を送ると、意を決した顔で美玖が口を開いた。

「じゃあ、わたしから聞くよ。ねえ、土曜日、遥花は誰かと『デート』したって本当?」
「デート!? そんなのじゃないよ。土曜日は、私と梨菜と三人で……」
「私たちにまで言い訳しなくていいわ。遥花がそんなつもりじゃなかったことは分かってる。だけどね、相手が誰かを書かれてなかっただけで、あなたたちがいつ、どこで待ち合わせて、どこへ行ったのかまでが黒板に書かれていたのよ」
「そんな」
「お昼に待ち合わせて、映画に行って、それから喫茶店……で、間違いないのよね」
「やだ、気持ち悪い……」

 坂詰さんたちのやり方に対する怒りと、そこまでやるんだという薄気味の悪さが一緒になって、何を言えばいいか分からない。
 だって、梨菜や楠原くすはらくんが自分で言ったのじゃなければ、誰かが私たちの後をつけてたってことだ。
 あんなに晴れた気持ちのいい土曜日に、こんな嫌がらせをするためだけに。

「あのね、それとか、新関さんのおうちの事情とかも全部ね、黒板に書いてあったんだよ。遥花が来る前に、わたしと鞠絵で消したけどさ」
「みんな、あなたたちの机よりもそっちを見て驚いていたの。いやらしいやり方だけど……これ以上関わるなら、次はあなたのこともぜんぶ書かれるでしょうね。『デート』のお相手まで、こまごまと」
「そんなのって……!」

 何か反論したかったけれど、だからってどうすればいいか分からない。
 鞠絵は、ほとんど食べていないおうどんを放って、はしを置いた。

「もう、あの子に関わるのはやめた方がいいわ。今なら坂詰さんたちも、あなたのことは見逃してくれるかも」

 鞠絵の言葉に、首を振るだけの勇気は、もうなかった。
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