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修行編
第33話 敗北を知りたい妹 〜破門〜 その5
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だが、アイシアにとってその説明では不十分だ。
レイラは先ほどアイシアと少年が対峙した一瞬でその技を見切ったはずである。それを何故、もう一確かめる必要があるのだろうか。
思わずアイシアはその首を傾げた。
しかし――
レイラの思いはアイシアが考える以上に切実であった。
もし本当に少年が使う剣技があの『千年九剣』であったなら。そしてもしあの少年が『千年九剣』第三層以上の技を修得していたなら――レイラにはそれを単なる言葉ではなく、どうしてもその目で確かめなければならない理由があったのだ。
さて。
あの少年もレイラの目の前で使って見せた『千年九剣』第三層。
その第三層が、それまでの第一層や第二層と大きく異なる点は、その手に剣を持つか否かであった。かく言うレイラもあの巨岩に初めて対峙する際にようやく兄のカイルから本物の剣を手渡されている。
一般的な剣術の初歩が体力づくりと徹底的な剣の素振り(いわゆる筋力の増強と型の修得)なのに対して、千年九剣は対象を極限まで観察することと自分の身体を正確にコントロールすることから始まるのだ。
『千年九剣』を修得する際の理念の一つに『剣を振るう己を知らず、まず剣を振るわざる己を知る』と言う言葉がある。そして、それを体現するのがこの第一層と第二層の修行なのである。
しかし三層からは違う。ひとたび剣を手にした『千年九剣』は確実に目の前の相手を仕留める為に振るわれるのである。
「その手に剣を握るなら、例えそれがただの修練だったとしても常に剣を振るう意味と結果を自ら自問自答せよ。その剣一振り一振りに必ず意味を持たせるんだ。」
巨岩を兄の目の前で砕き、レイラが第三層の修行を修めた時――兄カイルはそう言ってレイラに一つの誓いを立てさせる。
「だがこれだけは誓ってほしい。相手がどれほど悪人であっても、その剣で絶対に人の命は奪うな」
いつもにも増して真剣な表情の兄を目の前にして――
その時、確かにレイラは「はい」と返事をした。
いつの時代に造られたかも分からない闘技場《コロシアム》前の噴水を遠くの街灯が微かに照らす。池の中央にある古めかしい大理石の彫刻の上からは、日が暮れた今も豊かな水が溢れていた。
その噴水の縁に腰掛けたままレイラはとうとう黙り込んでしまった。
一方でアイシアは、自分の意見を遮ったまま口を閉ざしてしまったレイラに対して返す言葉がどうしても見つからない。せっかく、レイラが待ちに待っていた兄の情報だと言うのに。彼女はあの大道芸の少年に何を観たのであろうか――。それが分からなければ、アイシアはこの俯いたままの剣聖に、慰めやいたわりの言葉の一つすらかけることが出来ないままだ。
いつの間にか剣聖と同じ様に視線を地面に落としていたアイジアが、「これではだめだ」と、その首を持ち上げる。
ふと横を見ると、さっきまで俯いていたはずのレイラが顔を上げていた。
「ねぇアイシア、先日教えたあのオハジキの修行はどうだった?」
レイラはアイシアと目が合うなり言った。
つい直前までの落ち込んだ姿とは正反対の少し明るく乾いたレイラの口調に、アイシアは一瞬戸惑う。
正直、なぜ今あのオハジキなのかは分からない。しかし、必死に気持ちを入れ替えようとしているレイラの姿を見て、アイシアはこの少女が自分に何かを伝えようとしている事を理解した。
そしてアイシアはその何かを受け止めるべく、戸惑いながらもレイラの言葉の先にある『思い』を探していくのである。
「えっと――オハジキですよね……。正直言って全然駄目でした。とりあえず一掴みから始めたんですけどどうしても目で追って数えてしまうんですよね。」
「私も始めはそうだった。でも、そのうちひと目見ただけで床の木目や傷ごと頭の中に描く事が出来るようになるから。」
「床の木目や傷までですか? さすがにそこまでは難しい気がしますが……本当にそこまで出来るのでしょうか?」
「出来るさ。だってそれが『絶対空間認識』だよ。『千年九剣《せんねんきゅうけん》』の第一層、それを学ぶ者がまず一番最初に修得しなければならない技なんだから」
「セ……センネン――キュウですか? 私は初めて聞く言葉ですが……それを学べば私も団長の様に?」
「違うって。センネンキュウじゃなくて『千年九剣《せんねんきゅうけん》』だよ。私が使う剣技の名前さ――。実はね……この剣技は簡単に人に教えては駄目なんだ。だけど、最初の2層までは許されている。オハジキはその最初の一歩さ。」
「つまり――私はその最初の一手目を教えて頂けたと言うことですか?」
「うん、アイシアだからね私も良いと思った。でもさ――アイシアには悪いんだけど、この『千年九剣』の第三層より先はその存在すら絶対に他言することは出来ないんだ。例えば弟子だけにしか教えない門外不出なんかよりも厳しい、いわゆる『一子相伝』の剣技なんだよ――。そう……この『千年九剣』は――」
一子相伝なんだ――――
言葉が消え入る様に噴水の音に飲み込まれていく。
一子相伝……レイラが最後まで言い切れなかった言葉――
それはたった一人の弟子にだけ技を伝えて行く、剣技を伝承していく中で最も秘匿性の高い伝承方法である。
だがその言葉で、ようやくアイシアにもこの若き剣聖の苦悩を理解することが出来た。つまりは、今語ったレイラの言葉に含まれる矛盾。それは、レイラの目の前に自分だけが扱えるはずだった一子相伝の剣技を、同じ様に扱う人物がもう一人現れたと言う事実であった。
だが、理由さえ分かればアイシアもこの悩める剣聖に慰めやいたわりの言葉の一つもかけてやる事が出来る。
「なるほど、それで団長は気を落とされていたんですか――」
ふと口から出たそんな言葉。しかしそこから先――再び俯いて言葉を閉ざそうとするレイラにどう言葉をかければ良いのだろうか。
思索を巡らすアイシアの耳にその時、小さく呟くようなレイラの声が聞こえた。
「私は……。たぶん兄に破門されてしまったんだ――」
◆◇◆◇◆
予告
次の話からまた、お兄ちゃんと妹の話が始まります。先の剣聖の回想に出てきた、兄と妹が村を出て行くシーンです。
レイラは先ほどアイシアと少年が対峙した一瞬でその技を見切ったはずである。それを何故、もう一確かめる必要があるのだろうか。
思わずアイシアはその首を傾げた。
しかし――
レイラの思いはアイシアが考える以上に切実であった。
もし本当に少年が使う剣技があの『千年九剣』であったなら。そしてもしあの少年が『千年九剣』第三層以上の技を修得していたなら――レイラにはそれを単なる言葉ではなく、どうしてもその目で確かめなければならない理由があったのだ。
さて。
あの少年もレイラの目の前で使って見せた『千年九剣』第三層。
その第三層が、それまでの第一層や第二層と大きく異なる点は、その手に剣を持つか否かであった。かく言うレイラもあの巨岩に初めて対峙する際にようやく兄のカイルから本物の剣を手渡されている。
一般的な剣術の初歩が体力づくりと徹底的な剣の素振り(いわゆる筋力の増強と型の修得)なのに対して、千年九剣は対象を極限まで観察することと自分の身体を正確にコントロールすることから始まるのだ。
『千年九剣』を修得する際の理念の一つに『剣を振るう己を知らず、まず剣を振るわざる己を知る』と言う言葉がある。そして、それを体現するのがこの第一層と第二層の修行なのである。
しかし三層からは違う。ひとたび剣を手にした『千年九剣』は確実に目の前の相手を仕留める為に振るわれるのである。
「その手に剣を握るなら、例えそれがただの修練だったとしても常に剣を振るう意味と結果を自ら自問自答せよ。その剣一振り一振りに必ず意味を持たせるんだ。」
巨岩を兄の目の前で砕き、レイラが第三層の修行を修めた時――兄カイルはそう言ってレイラに一つの誓いを立てさせる。
「だがこれだけは誓ってほしい。相手がどれほど悪人であっても、その剣で絶対に人の命は奪うな」
いつもにも増して真剣な表情の兄を目の前にして――
その時、確かにレイラは「はい」と返事をした。
いつの時代に造られたかも分からない闘技場《コロシアム》前の噴水を遠くの街灯が微かに照らす。池の中央にある古めかしい大理石の彫刻の上からは、日が暮れた今も豊かな水が溢れていた。
その噴水の縁に腰掛けたままレイラはとうとう黙り込んでしまった。
一方でアイシアは、自分の意見を遮ったまま口を閉ざしてしまったレイラに対して返す言葉がどうしても見つからない。せっかく、レイラが待ちに待っていた兄の情報だと言うのに。彼女はあの大道芸の少年に何を観たのであろうか――。それが分からなければ、アイシアはこの俯いたままの剣聖に、慰めやいたわりの言葉の一つすらかけることが出来ないままだ。
いつの間にか剣聖と同じ様に視線を地面に落としていたアイジアが、「これではだめだ」と、その首を持ち上げる。
ふと横を見ると、さっきまで俯いていたはずのレイラが顔を上げていた。
「ねぇアイシア、先日教えたあのオハジキの修行はどうだった?」
レイラはアイシアと目が合うなり言った。
つい直前までの落ち込んだ姿とは正反対の少し明るく乾いたレイラの口調に、アイシアは一瞬戸惑う。
正直、なぜ今あのオハジキなのかは分からない。しかし、必死に気持ちを入れ替えようとしているレイラの姿を見て、アイシアはこの少女が自分に何かを伝えようとしている事を理解した。
そしてアイシアはその何かを受け止めるべく、戸惑いながらもレイラの言葉の先にある『思い』を探していくのである。
「えっと――オハジキですよね……。正直言って全然駄目でした。とりあえず一掴みから始めたんですけどどうしても目で追って数えてしまうんですよね。」
「私も始めはそうだった。でも、そのうちひと目見ただけで床の木目や傷ごと頭の中に描く事が出来るようになるから。」
「床の木目や傷までですか? さすがにそこまでは難しい気がしますが……本当にそこまで出来るのでしょうか?」
「出来るさ。だってそれが『絶対空間認識』だよ。『千年九剣《せんねんきゅうけん》』の第一層、それを学ぶ者がまず一番最初に修得しなければならない技なんだから」
「セ……センネン――キュウですか? 私は初めて聞く言葉ですが……それを学べば私も団長の様に?」
「違うって。センネンキュウじゃなくて『千年九剣《せんねんきゅうけん》』だよ。私が使う剣技の名前さ――。実はね……この剣技は簡単に人に教えては駄目なんだ。だけど、最初の2層までは許されている。オハジキはその最初の一歩さ。」
「つまり――私はその最初の一手目を教えて頂けたと言うことですか?」
「うん、アイシアだからね私も良いと思った。でもさ――アイシアには悪いんだけど、この『千年九剣』の第三層より先はその存在すら絶対に他言することは出来ないんだ。例えば弟子だけにしか教えない門外不出なんかよりも厳しい、いわゆる『一子相伝』の剣技なんだよ――。そう……この『千年九剣』は――」
一子相伝なんだ――――
言葉が消え入る様に噴水の音に飲み込まれていく。
一子相伝……レイラが最後まで言い切れなかった言葉――
それはたった一人の弟子にだけ技を伝えて行く、剣技を伝承していく中で最も秘匿性の高い伝承方法である。
だがその言葉で、ようやくアイシアにもこの若き剣聖の苦悩を理解することが出来た。つまりは、今語ったレイラの言葉に含まれる矛盾。それは、レイラの目の前に自分だけが扱えるはずだった一子相伝の剣技を、同じ様に扱う人物がもう一人現れたと言う事実であった。
だが、理由さえ分かればアイシアもこの悩める剣聖に慰めやいたわりの言葉の一つもかけてやる事が出来る。
「なるほど、それで団長は気を落とされていたんですか――」
ふと口から出たそんな言葉。しかしそこから先――再び俯いて言葉を閉ざそうとするレイラにどう言葉をかければ良いのだろうか。
思索を巡らすアイシアの耳にその時、小さく呟くようなレイラの声が聞こえた。
「私は……。たぶん兄に破門されてしまったんだ――」
◆◇◆◇◆
予告
次の話からまた、お兄ちゃんと妹の話が始まります。先の剣聖の回想に出てきた、兄と妹が村を出て行くシーンです。
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