【大師匠は大嘘つき】〜俺はデタラメの剣術を教えたはずなのに、今や妹は剣聖と呼ばれています〜

鳥羽フシミ

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武術大会編

第56話 敗北を知りたい妹 〜兄の気配〜 その1

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この日の第3試合は、カイルと行動を共にするエデン=カスピと、冒険者ギルドから参加した大太刀《おおだち》使いのとの試合である。

この試合もまた、2メートルを優に越える巨体の戦士と、女性とも見間違えるほどの華奢な体型の少年との注目の一戦。それは。まさに大人と子供の対決。その体格差を、エデンが如何にして埋めてゆくのかに観衆の注目が集まる一戦である。

だが、一度蓋を開けてしまえば、力任せに大太刀を振るうだけの大男を、エデン少年が終始翻弄し続ける形で試合は進む。そして若き異国の見目も華やかなエデン少年の優勢に会場が大いに湧いた幕開けでもあった。

しかし

この試合は、既に当初の大衆の予想を裏切って長期戦の様相を呈していた。

言わばこの試合は、いくら大太刀を振るえど的に当てられず、その虚しい傷跡だけを地面に刻んでゆくだけの大男と、いくら攻撃を叩き込んでも決定打を与えられない非力な少年との、いわゆる泥仕合なのである。

「くそっ。このままじゃぁ埒が明かないじゃないか……」

もう何度この大男に打撃を入れたか分からない。渾身の一撃にすら、蚊が止まった様な表情しか見せない大男にエデンは苛立っていた。

長期戦になればなるほどエデンは不利になっていく。

これ以上はもう体力が保たないことはエデンにもよく分かっていた。一つ所にとどまって太刀を振るう大男に対して、エデンはと言うと右へ左へとステップを終始繰り返しているのだ。消費する体力が違いすぎる。しかも試合の寸前、エデンはあのバカ師匠のせいで無駄に往復小一時間の全力疾走に付き合わされているのである。



「あの技さえ使えれば……」

この時、エデンがそう思ったのも無理はない。ここで自分が負けてしまっては、何の為に砂漠を越えてこの国にやって来たのか分からないのだ。

そして……幸いになことに今この場所には、あのいい加減なバカ師匠はいないのである。

「禁止していた自分だって使ったんだ。弟子の僕だって使って駄目なわけがない」

ふと、脳裏にそんな言葉が浮かんだ瞬間。エデンがいたずらっぽく笑った。

「結局のところバレなければ良いのだ」


大男もまた、そんなエデンに余裕の笑みを返していた。彼もまた、長期戦になればなるほど試合が自分に有利に運ぶことを知っているのである。

しかし、知らぬが仏とはまさにこの事。エデンは心を決めると、あえて大男から少しの距離をとる。

「なんだ?坊やは遊び疲れて休憩か?」

大男が煽る様に言った。

だが、そんな言葉は今のエデンの耳には入らない。一瞬の精神統一。そして体内を巡るエネルギーの循環。

それを、あの師匠は『気』と呼んだ。

大男は、エデンに休憩を与えまいと、再びその距離を詰める。これは既に体力勝負の持久戦。このまま今までのように太刀を振るってさえいれば彼に勝利が舞い込んで来るのは確実。

のはずだった……。

だがその時。不意に伸びたエデンの棒の尖端が、大男の胸を小さく突いた。

コツッ

それは耳をそばだてなければ気が付かないほどの、何気ない小さ音。

そんな小さな打撃など、この大男にダメージ一つ与えられない事ぐらいこの会場にいる誰もが分かっている。

大男は、そんなエデンに対して、今にも斬りかからんとその太刀を振りかぶって、隙を狙う様子。


しかし。

「……」

騒がしかった会場が、何かに気が付いた様に次第に静まり返って行く。

動かない……。

ピクリとも……。

不思議なことに、コロシアムの中央で大刀を振り上げたままの大男が、ピクリともせずにずっと固まったまま、一歩も動かないのだ。

おそらくこの会場にいる全ての人間がまだ気がついてはいない。

技の名前を『点穴《てんけつ》』と言う。

エデンは、一時的に相手の体の自由を奪うツボを、気の力を込めて突いたのである。

いくら大男とは言え、慣れない者がこの技を喰らえば、丸一日は身動きが取れないはずである。

つまり勝負はあったのだ。


沈黙する会場に、エデンの声が響き渡る。

「おい。審判。俺の勝ちだ……」




さて。

少年の思いがけない勝利に会場は未だ興奮冷めやらぬと言った様子ではあったが、決着に思いのほか時間を費やしてしまったことと、それ以上に、大男が馬鹿力で舞台を破壊しすぎた。

結果として会場のメインステージには大きな垂れ幕が下がり、この日予定されていた最後の試合。第4試合の正式な中止が会場全体へと伝えられることとなった。

火山灰で出来たコンクリートによって建造されたコロシアムは、野外でこそ賑やかな歓声に満ち溢れているが、一歩その建物の内部へと足を踏み入れれば、外の喧騒が嘘のように静かな空間が広がっている。

第3試合を見終えたレイラは、薄暗い通路を抜けて出場者控室の木戸をノックした。

内側から扉を開けたアイシアの表情は思いのほか明るい。

「あれ?お早いですね。会場の方はもう宜しいのですか?」

「今日の4試合目は中止になったよ。思いのほか会場の損傷が激しくてね。明日へと持ち越しになったよ」

本日、消化されるはずの4試合が終わるにはまだ少し早い時刻である。この控室でも僅かに会場の歓声は聞こえるが、試合中止の知らせまでは伝わってこない。つまり普段からレイラの秘書的仕事をしているアイシアが、それを気にしたのも無理はない。

「落ち込んではいないのか?」

この控室でレイラはアイシアを励ますつもりだった。しかし予想外に吹っ切れたアイシアの様子に、レイラは当初用意していた言葉を持て余しながら口にする。

「いえ、あそこまで見事に負ければ逆に気持ちが良いです。今はちょうど勝ち筋を探しておりました。最後に冷静さを失わなければどう闘えていたのかと……」

「なるほど。それは良いな。常に考え続ける事がさらなる強さへとつながるから」

「はい。肝に銘じておきます……」

アイシアは、憧れの団長が自分の控室を訪れてくれただけで敗北の傷が癒えて行くようだった。しかし心残りが無いわけではない。

「ところで、あの少年はどうでしたか?」

先日再戦を誓ったあの大道芸人の少年の事である。

「エデン少年なら、なかなかの試合だったよ。相手は君が闘ってみたいと言っていた冒険者の大太刀《おおだち》使いだったな。会場を散々湧かせてから勝ちを収めたが……最後は少し不思議な勝ち方だったよ」

「そうですか……」

少しだけ後悔が滲んだアイシアの表情。それを見てとったレイラは「まだ機会はあるだろう?」と、笑って見せる。

あの少年は準決勝に駒を進めているのだ。アイシアにその気があればその時に見ればいい――
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