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第一部 剣なんて握ったことの無い俺がでまかせで妹に剣術を指導したら、最強の剣聖が出来てしまいました。

第10話 レイラ 負を求めし剣聖 その4

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 五日後に迫った武術大会を前に、王都ナンバークは普段とはまた違った賑わいを見せていた。もともと商業都市として発展したこのナンバークは王侯貴族よりもどちらかと言えば商人達が幅を効かせる珍しい都市なのだが、このときばかりは大会の参加不参加に関わらず大陸各地より腕自慢の武芸者が集まって、祭りの前の浮かれた空気の中にも少々物々しい雰囲気が漂っていた。

 昨日から始まった大会へのエントリーは、王城正面の広場に設けられた特設の受付で行われる。大会の発起人である白騎士団長レイラは、今日やっと城壁の上から、大会受付のある正面広場を見下ろすことが出来た。しかしそれも王城警備の巡回のついでの僅かな時間ではあるのだが。


「エントリーの締め切りは明後日の正午です。この調子じゃあ、まだまだ来るでしょうね」

 騎士団幹部の紅一点、いつもレイラと行動を共にするアイシアが、同じ様に広場を見下ろして嬉しそうに言った。

 アイシアによると、初日の昨日にはおよそ五十名ほどの出場希望者がエントリーを終えたようである。しかし二日目の今日は初日よりも多くの武芸者達が受付に集まっているように見える。まだ時刻前だというのに、既にもう何人もの出場希望者が受付の前に列を作っているのが眼下に見て取れた。

 そして、今年は列を取り囲む見物人の中に、昨年には見られなかった冒険者の一党が、チラチラと受付の様子を伺う様に集まっている。

「冒険者の姿がちらほら見えるようだが……」

 レイラが少し意外だといった表情で、眼下の広場から隣を歩くアイシアに視線を移した。

「そうですね。今年から運営に冒険者ギルドも参加しましたので、募集でもかけたんじゃないですか?」

「なるほど、そうだったか。だが彼等の誉れはドラゴン退治のはずだろ……。いくらギルドが募集したからと言って、こんな新参の武術大会に彼らが本当にエントリーするとは思えんのだがな」

 そんな疑問に、アイシアは手元の台帳のページを捲る。主にレイラの秘書的役目を担う彼女の手元には騎士団の業務におけるあらゆる情報が集められていた。

「今のところ五名がエントリーしてますね。それだけこの武術大会が世の中に知れ渡ってきたということでしょう。それに賞金も破格ですし」

「なるほど賞金目当てか……それなら冒険者らしい。しかし冒険者の真骨頂は各々の特技を活かしたチーム戦だ。はたして魔物相手の戦い方が人間にも通用するかな」

「私はまだ冒険者と手合わせをしたことは無いので、少し楽しみです」

「そうか。そう言えば、君もエントリーするんだったな」

「はい。自分の剣がどこまで通用するのか見定めたいと思っています」

 そんなアイシアの言葉に、レイラの口元が少し緩んだ。普段から事務作業ばかりを押し付けている彼女が、手合わせを楽しみと言ったことが少し意外で、そしてただひたすらに羨ましかった。

「なるほど、だが、無茶をして怪我だけはするなよ。私も師匠からは怪我だけはするなと、こっぴどく言われていたからな」

 何故かレイラの脳裏にあの懐かしい修行の日々の兄の言葉が蘇る。きっかけは、間違いなく隣を歩くアイシアのさっきの言葉。

 ――あの頃の自分は、剣術の腕が上がる事が、ただただ嬉しくてたまらなかった……。

「師匠とは、行方知れずのお兄様の?」

 アイシアの『お兄様』と言う言葉にレイラは一瞬戸惑った。思い起こせば、自分から誰かに兄の話を持ち出したのは何年ぶりだろうか。

 だが、嫌では無い。

「あぁ。本人は兄弟子だと思えと言っていたけど、私にしてみればずっと師匠だったよ。いつも私の怪我のことばっかり心配して……」

「お優しい、お兄様だったんですね。私はてっきり凄く厳しいお方かと勝手に思っていたのですが。だってレイラ団長がこんなにもお強いんですもの」

「フフッ。あれは単なる猫っ可愛がりだ。でも一方で、無茶ばかりを言う師匠だった」

 あまりにも囚われすぎて、逆に遠ざけていた兄との思い出を、レイラは不思議と今日なら話せる様な気がした。
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