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第一部 剣なんて握ったことの無い俺がでまかせで妹に剣術を指導したら、最強の剣聖が出来てしまいました。
第53話 決戦 ドーマ対エデン その7
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アイシアは確信する。
――やはりこの声は、団長の兄上の声だったのか……
貴賓席の最前列で国王と共に試合を見守るレイラの表情は、謎の男の声が会場に響き渡ってからというもの、明らかに浮かない顔へと変わっていた。
時折キョロキョロと観客席へ視線を移してはその表情を曇らせるレイラ。彼女はおそらく兄の姿を探しているに違いない。その姿はまるで、母親とはぐれてしまった迷子の子供の様である。
「どうして……」
男が会場に響く声でドーマを弟子にすると言った時、レイラの口から淋しげな声が漏れ出た。
そんなレイラの健気な姿がアイシアにはとても痛々しく感じられてならない。この会場で一番カイルの声を面白く思ってい無かったのはこのアイシアなのだ。
だが。
それもカイルがレイラの前に一目顔を出せばすむ話なのである。そうすれば彼女もここまで思い詰めることは無かっただろう。
――いっそ居場所を突き止めてレイラの前に引っ張って来てやろうかしら。
そして、アイシアもレイラと同じく声の出どころを探すのだが……。これほど大きな声だと言うのに、その声は会場中に反響して、何処から聞こえているのか方向すら見当がつかない。
アイシアはもちろん分かっている。おそらくレイラの兄カイルが声の出どころを探らせない為に、その声に何かを仕掛けているに違いないのだ。
「まったく、あのクソ兄貴が……。いっぺん引っ叩いてやらないと私の気がすまないわ……」
アイシアは思わずそう言いかけて、その口を無理やりに閉じた……。
しかしその時。そのクソ兄貴の声を数倍も上回る様な超大声が、会場全体に響き渡る。
「ちょっと~。好き勝手な事ペラペラと喋らないでくれませ~ん。そのダークエルフの女はもう既に私の弟子なんですけど~。」
言葉尻は丁寧でも、怒りを隠す気などさらさら無いその大声は、もちろんそれはエイドリアンの声である。
ドーマを使ってカイル達に魔法の強さを見せつけてやろうと、新しい身体強化魔法まで授けたというのに、結局ドーマはエデンに手玉にとられただけ。その上カイルに勝手なことをされた挙げ句、弟子に勧誘されるなど……。そんな事、エイドリアンのプライドが許すはずが無い。
今、彼女は猛烈に腹を立てているのである。
大声の後ろでは、「ちょ、ちょっと待ってよエイリン。いつの間にお酒なんか飲んでたの……」そんな、困り果てた少年の声まで聞こえてくる始末。
さて。
エイドリアンの声に驚かされたのは、もちろん会場に集まった観衆達もそうなのだが、それ以上に驚いたのはやはりカイルであった。
あくまでも上から目線の話し方。そして丁寧な言葉遣いでは隠せないこのやから感。この感じ……カイルにはどこかで聞き覚えがあった。
そして、最後の少年の声でピンときた。
「お、お前。その声は?まさかお前この前、俺の頭に水をぶっかけた酔っぱらいの姉ちゃんか?」
「はて。私はあなたなんぞに会った覚えはありませんよ。」
そんな言葉が嘘だということは百も承知のカイル。都合の悪い事はしらばっくれる。この女がそんな性格だということは、このふざけた返事を聞いてすぐに分かった。
「嘘つけ。隣にはあの上品なお坊ちゃんもいるじゃねぇかよ。まさか、お前がこのダークエルフの師匠だったとはな。」
カイルは矢継ぎ早にそう言い返すが、エイドリアンも負けてはいない。そして会話はいつの間にか……ああ言えばこう言うの不毛な口喧嘩へと発展していくのである。
「だったじゃありません。今、私が弟子と認めたのです。もちろん異存はありませんよねドーマ。」
「おい。弟子を取るのにそんな一方的なやり方があるかよ。まったく、人に取られそうになったから慌てて自分の物にするってか?弟子は物じゃねぇんだぞ。」
「うるさいわね。だいたい私は魔法を馬鹿にする貴方の考え方が気に食わないの。あと、私の知っている誰かさんに似たその話し方も全て、耳障りで仕方無いのよ。」
「はぁ?なら俺もお前みたいなやつ知ってるぜ。口で負けると直ぐに物を投げるんだ。」
「いい大人がそんなみっともないことするはずないでしょう。あなたこそ、その直ぐに口で勝とうとする癖直した方がいいんじゃないの?」
人は初対面でここまですぐに大喧嘩が出来るものなのであろうか……。
いや、今はそんな疑問はおいておくべきだろう。
あまりにも馬鹿馬鹿しい兄妹喧嘩にも似た様相を呈してきた二人の会話。それは会場を巻き込んで、もう収拾がつかなくなる所まで来ていた。
決勝戦の舞台上では、呆れるように成り行きを見守るエデンの姿と、どうすることも出来ずにただひたすら呆然とするドーマの姿が対象的。ある意味、蚊帳の外に置かれてしまったこの二人……。
しかし。
突然、この二人の耳に予想もしなかった師匠達の大声が飛び込んで来る。
それは、示し合わせたかのように二人ほぼ同時であった。
「ああ、もう我慢ならねぇ。エデンさん。ちょっとそのドーマって女を捻ってくれねぇか?本気を出しちゃっていいからさ。」
「ほんと憎たらしい。いいですかドーマさん。今からあなたに施された封印を解きます。それで眼の前のエデンとか言うガキをさっさと負かしなさい。」
さて、それを聞いたスタジアムいっぱいに集まった観衆は、皆が一様にこう思ったことだろう。もちろん当事者のエデンとドーマだって……。
「もう、お前達がやれよ……。」
――やはりこの声は、団長の兄上の声だったのか……
貴賓席の最前列で国王と共に試合を見守るレイラの表情は、謎の男の声が会場に響き渡ってからというもの、明らかに浮かない顔へと変わっていた。
時折キョロキョロと観客席へ視線を移してはその表情を曇らせるレイラ。彼女はおそらく兄の姿を探しているに違いない。その姿はまるで、母親とはぐれてしまった迷子の子供の様である。
「どうして……」
男が会場に響く声でドーマを弟子にすると言った時、レイラの口から淋しげな声が漏れ出た。
そんなレイラの健気な姿がアイシアにはとても痛々しく感じられてならない。この会場で一番カイルの声を面白く思ってい無かったのはこのアイシアなのだ。
だが。
それもカイルがレイラの前に一目顔を出せばすむ話なのである。そうすれば彼女もここまで思い詰めることは無かっただろう。
――いっそ居場所を突き止めてレイラの前に引っ張って来てやろうかしら。
そして、アイシアもレイラと同じく声の出どころを探すのだが……。これほど大きな声だと言うのに、その声は会場中に反響して、何処から聞こえているのか方向すら見当がつかない。
アイシアはもちろん分かっている。おそらくレイラの兄カイルが声の出どころを探らせない為に、その声に何かを仕掛けているに違いないのだ。
「まったく、あのクソ兄貴が……。いっぺん引っ叩いてやらないと私の気がすまないわ……」
アイシアは思わずそう言いかけて、その口を無理やりに閉じた……。
しかしその時。そのクソ兄貴の声を数倍も上回る様な超大声が、会場全体に響き渡る。
「ちょっと~。好き勝手な事ペラペラと喋らないでくれませ~ん。そのダークエルフの女はもう既に私の弟子なんですけど~。」
言葉尻は丁寧でも、怒りを隠す気などさらさら無いその大声は、もちろんそれはエイドリアンの声である。
ドーマを使ってカイル達に魔法の強さを見せつけてやろうと、新しい身体強化魔法まで授けたというのに、結局ドーマはエデンに手玉にとられただけ。その上カイルに勝手なことをされた挙げ句、弟子に勧誘されるなど……。そんな事、エイドリアンのプライドが許すはずが無い。
今、彼女は猛烈に腹を立てているのである。
大声の後ろでは、「ちょ、ちょっと待ってよエイリン。いつの間にお酒なんか飲んでたの……」そんな、困り果てた少年の声まで聞こえてくる始末。
さて。
エイドリアンの声に驚かされたのは、もちろん会場に集まった観衆達もそうなのだが、それ以上に驚いたのはやはりカイルであった。
あくまでも上から目線の話し方。そして丁寧な言葉遣いでは隠せないこのやから感。この感じ……カイルにはどこかで聞き覚えがあった。
そして、最後の少年の声でピンときた。
「お、お前。その声は?まさかお前この前、俺の頭に水をぶっかけた酔っぱらいの姉ちゃんか?」
「はて。私はあなたなんぞに会った覚えはありませんよ。」
そんな言葉が嘘だということは百も承知のカイル。都合の悪い事はしらばっくれる。この女がそんな性格だということは、このふざけた返事を聞いてすぐに分かった。
「嘘つけ。隣にはあの上品なお坊ちゃんもいるじゃねぇかよ。まさか、お前がこのダークエルフの師匠だったとはな。」
カイルは矢継ぎ早にそう言い返すが、エイドリアンも負けてはいない。そして会話はいつの間にか……ああ言えばこう言うの不毛な口喧嘩へと発展していくのである。
「だったじゃありません。今、私が弟子と認めたのです。もちろん異存はありませんよねドーマ。」
「おい。弟子を取るのにそんな一方的なやり方があるかよ。まったく、人に取られそうになったから慌てて自分の物にするってか?弟子は物じゃねぇんだぞ。」
「うるさいわね。だいたい私は魔法を馬鹿にする貴方の考え方が気に食わないの。あと、私の知っている誰かさんに似たその話し方も全て、耳障りで仕方無いのよ。」
「はぁ?なら俺もお前みたいなやつ知ってるぜ。口で負けると直ぐに物を投げるんだ。」
「いい大人がそんなみっともないことするはずないでしょう。あなたこそ、その直ぐに口で勝とうとする癖直した方がいいんじゃないの?」
人は初対面でここまですぐに大喧嘩が出来るものなのであろうか……。
いや、今はそんな疑問はおいておくべきだろう。
あまりにも馬鹿馬鹿しい兄妹喧嘩にも似た様相を呈してきた二人の会話。それは会場を巻き込んで、もう収拾がつかなくなる所まで来ていた。
決勝戦の舞台上では、呆れるように成り行きを見守るエデンの姿と、どうすることも出来ずにただひたすら呆然とするドーマの姿が対象的。ある意味、蚊帳の外に置かれてしまったこの二人……。
しかし。
突然、この二人の耳に予想もしなかった師匠達の大声が飛び込んで来る。
それは、示し合わせたかのように二人ほぼ同時であった。
「ああ、もう我慢ならねぇ。エデンさん。ちょっとそのドーマって女を捻ってくれねぇか?本気を出しちゃっていいからさ。」
「ほんと憎たらしい。いいですかドーマさん。今からあなたに施された封印を解きます。それで眼の前のエデンとか言うガキをさっさと負かしなさい。」
さて、それを聞いたスタジアムいっぱいに集まった観衆は、皆が一様にこう思ったことだろう。もちろん当事者のエデンとドーマだって……。
「もう、お前達がやれよ……。」
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