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第一章
第十四話 沈みゆく記憶の中で
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そうか、彼女にとっては幸せのひと時だったのかもしれないな。
いや・・・
これは、この先の事を考えるとささやかな幸せだったのか・・。
それもこれもあの事件がきっかけなのだから。
エレナが王位第一継承権の彼女が、辺境の地で生きなければならなかったのは
全てはあの時から・・・。
アシュベルが考えるに、エレナはどうやらこういう事態に落ちいったことに疑問を感じたこともないし
あの事件は知らないようだ。
知らせるべきなのだろうか、先ほど狙われた経緯から考えて彼女に危険は迫っている。
しかし、それを俺が言っていいのか。
ほぼ部外者のこの俺が。
敵が既に動いているなら・・・。
「ヒメ、あの・・ヒメの過去について話しておかなければならない事が。」
アシュベルは、すっくと立ちあがり渾身の決意でエレナを見る。
すやぁ。
寝ているな、これは。
確かに疲れて寝てしまってもおかしくない状況だけど、自分を狙っている者がいるとわかってても
マイペースを貫き通す・・肝が据わっているのか無謀なのか。
エレナをベッドに横に寝かせると布団を掛けてやり、部屋を出る。
部屋の前で警護している者は、自分の息がかかったものだ。
「朝まで見張りを怠るな。」
「はっ!」
その返事を背中で受け止めてアシュベルは立ち去っていく。
事が起きたのは、早朝だった。
「アシュベル様!」
夜も明けきらないうちにエレナの部屋の前で警備をしていた者がアシュベルの部屋を
訪ねて来た。それもかなり動揺しながら。
アシュベルは昨日の騒動でほとんど寝ていなかったが、あくびを噛み殺しながら扉を開く。
「なんだ、騒がしいな、何事だ。」
「エレナ殿の部屋に、あの、あの方がっ」
まさか・・!
「彼女は今どこだ!?」
アシュベルのあまりの剣幕に恐れを抱き、警備の者は答えるのが精いっぱいだった。
「エ・・エレナ殿は訓練場管理官室にいますっ」
その言葉を受けアシュベルは全力で走り出す。
まずい、まずい、まずい。
焦りがアシュベルを支配する。
何故俺は彼女の傍を離れたんだ、何故彼女から目を離してしまったんだ!
バーン!
扉を勢いよく開け放つ。
そこには管理官とあの男、そして対面するように反対側のソファにエレナが座っていた。
・・・取り敢えず、は無事なようだ。
息を整えると、胸に手を当てアシュベルがゆっくり丁寧にお辞儀をする。
さすが貴族の出身というところか、所作がエレナにはとても優美に感じた。
「突然の訪問お許しください、こちらにセーデル宰相がお越しになっていると
聞いてはせ参じてまいりました。」
アシュベルはまだ頭を下げたままだ。
「顔をあげなさい、久しぶりだね、アシュベル君。」
その言葉に顔を上げたアシュベルの表情に、エレナは驚きを隠すのに必死だった。
いつもと全く違う雰囲気、どころか彼の瞳はその奥底に紅蓮の炎のような威圧感を感じる。
そしてそれを隠そうともしないように見受けられる。
アシュベルに声を掛けた男性は、年齢はアシュベルよりも10歳程年上に見えた。
黒い服装に黒いコート。顔は少し青白いように見えるが帯刀しているのと体つきから
剣の訓練は疎かにしてないだろう。
しかし・・エレナは思う。この人の心は闇に支配されている。
アシュベルにセーデルと呼ばれた男が話し出す。
「今日は西の方の視察からの帰りでね、こんな時間になってしまったんだが。」
不敵な笑みをたたえたまま、エレナに目をやる。
「なに、アシュベル君が珍しくご執心な女性がいる、と耳にして興味が湧いたんだよ。」
この人の瞳には光が宿らない。
「御冗談でしょう、あなたほどの地位に居る方がそんなことで。
それに何か誤解をされているようですが、彼女をそこらの女性と同様に考えてもらうと困ります。」
挑戦的までの口調でアシュベルが牽制する。
「ほぉ」
うすら笑いを浮かべて初めて、この男、人としての感情があったのか。
エレナは注意深くセーデルを見ていた。
それにしても・・。
管理官が二人の殺気だった会話の中でおろおろとしている。
気絶してしまうのではないか・・とエレナはそっと心配する。
「失礼ですが、エレナ殿は昨晩の事件で疲れています。もう御用がないのなら
彼女を部屋へ送り届けたいのですが。」
知らないうちにアシュベルがエレナの傍らに立っていた。
「事件・・ああ、矢が射られたとか。物騒な世の中だから気を付けてくれたまえ。」
うっすら笑みを浮かべるセーデル。
確定だな、昨日の事件にはこの男が関わっている。
アシュベルはエレナの手を取って、強引に扉の前へ引っ張って行った。
「ご心配いたみいります、それでは失礼いたします。」
外に出てもアシュベルはエレナの手を握りしめ、ぐいぐいと突き進んでいく。
先ほどの好戦的なアシュベルがまだ抜けていないようだ、握られた手が痛い・・・。
見かねたエレナがぐっとアシュベルを引っ張り返す。
「手、痛いのだけど。」
「あ、ごめんヒメちゃん。」
それでもまだ彼の瞳は怒りに燃えている。
「あの男は・・セーデルは危険なんだ。」
怒りを抑えきれないかすれたアシュベルの声。
もう黙っておけない、彼女に話さなければますます危険を回避できない。
エレナはセーデルが居るだろう方向に目を向けていた。
アシュベルは己の怒りで見えていなかったのだ・・エレナの瞳の奥を。
「ヒメ、あの男は・・」
風が吹き、木々のざわめきが五月蠅いほどに広がっていった。
そこで初めてアシュベルは気づいた。
エレナの黒い瞳にいつもの煌めきはなく冷たい闇が支配していたことを。
「知っている。あの者は父上と母上を殺した」
どのくらいたっただろう。アシュベルがその言葉を理解するのに。
「あの男が部屋の前に来た時・・全てを思い出した。父上と母上を殺し妹からも
引き離された。」
エレナの話し方は淡々としていた。
「初めて・・人に殺意を抱いたわ。こんな感情がわたしのなかにあるなんて・・」
次の瞬間、彼女は両手を広げ思い切りすぅーっと息を吸い込んでで息を吐いた。
「まだまだね、こんなに動揺してしまうなんて。」
エレナの瞳に輝きが戻っていた。
「ヒメちゃん・・無理しなくても」
「いえ、あなたの主としてあの時のことを話したいのだけど、いいかな」
いや・・・
これは、この先の事を考えるとささやかな幸せだったのか・・。
それもこれもあの事件がきっかけなのだから。
エレナが王位第一継承権の彼女が、辺境の地で生きなければならなかったのは
全てはあの時から・・・。
アシュベルが考えるに、エレナはどうやらこういう事態に落ちいったことに疑問を感じたこともないし
あの事件は知らないようだ。
知らせるべきなのだろうか、先ほど狙われた経緯から考えて彼女に危険は迫っている。
しかし、それを俺が言っていいのか。
ほぼ部外者のこの俺が。
敵が既に動いているなら・・・。
「ヒメ、あの・・ヒメの過去について話しておかなければならない事が。」
アシュベルは、すっくと立ちあがり渾身の決意でエレナを見る。
すやぁ。
寝ているな、これは。
確かに疲れて寝てしまってもおかしくない状況だけど、自分を狙っている者がいるとわかってても
マイペースを貫き通す・・肝が据わっているのか無謀なのか。
エレナをベッドに横に寝かせると布団を掛けてやり、部屋を出る。
部屋の前で警護している者は、自分の息がかかったものだ。
「朝まで見張りを怠るな。」
「はっ!」
その返事を背中で受け止めてアシュベルは立ち去っていく。
事が起きたのは、早朝だった。
「アシュベル様!」
夜も明けきらないうちにエレナの部屋の前で警備をしていた者がアシュベルの部屋を
訪ねて来た。それもかなり動揺しながら。
アシュベルは昨日の騒動でほとんど寝ていなかったが、あくびを噛み殺しながら扉を開く。
「なんだ、騒がしいな、何事だ。」
「エレナ殿の部屋に、あの、あの方がっ」
まさか・・!
「彼女は今どこだ!?」
アシュベルのあまりの剣幕に恐れを抱き、警備の者は答えるのが精いっぱいだった。
「エ・・エレナ殿は訓練場管理官室にいますっ」
その言葉を受けアシュベルは全力で走り出す。
まずい、まずい、まずい。
焦りがアシュベルを支配する。
何故俺は彼女の傍を離れたんだ、何故彼女から目を離してしまったんだ!
バーン!
扉を勢いよく開け放つ。
そこには管理官とあの男、そして対面するように反対側のソファにエレナが座っていた。
・・・取り敢えず、は無事なようだ。
息を整えると、胸に手を当てアシュベルがゆっくり丁寧にお辞儀をする。
さすが貴族の出身というところか、所作がエレナにはとても優美に感じた。
「突然の訪問お許しください、こちらにセーデル宰相がお越しになっていると
聞いてはせ参じてまいりました。」
アシュベルはまだ頭を下げたままだ。
「顔をあげなさい、久しぶりだね、アシュベル君。」
その言葉に顔を上げたアシュベルの表情に、エレナは驚きを隠すのに必死だった。
いつもと全く違う雰囲気、どころか彼の瞳はその奥底に紅蓮の炎のような威圧感を感じる。
そしてそれを隠そうともしないように見受けられる。
アシュベルに声を掛けた男性は、年齢はアシュベルよりも10歳程年上に見えた。
黒い服装に黒いコート。顔は少し青白いように見えるが帯刀しているのと体つきから
剣の訓練は疎かにしてないだろう。
しかし・・エレナは思う。この人の心は闇に支配されている。
アシュベルにセーデルと呼ばれた男が話し出す。
「今日は西の方の視察からの帰りでね、こんな時間になってしまったんだが。」
不敵な笑みをたたえたまま、エレナに目をやる。
「なに、アシュベル君が珍しくご執心な女性がいる、と耳にして興味が湧いたんだよ。」
この人の瞳には光が宿らない。
「御冗談でしょう、あなたほどの地位に居る方がそんなことで。
それに何か誤解をされているようですが、彼女をそこらの女性と同様に考えてもらうと困ります。」
挑戦的までの口調でアシュベルが牽制する。
「ほぉ」
うすら笑いを浮かべて初めて、この男、人としての感情があったのか。
エレナは注意深くセーデルを見ていた。
それにしても・・。
管理官が二人の殺気だった会話の中でおろおろとしている。
気絶してしまうのではないか・・とエレナはそっと心配する。
「失礼ですが、エレナ殿は昨晩の事件で疲れています。もう御用がないのなら
彼女を部屋へ送り届けたいのですが。」
知らないうちにアシュベルがエレナの傍らに立っていた。
「事件・・ああ、矢が射られたとか。物騒な世の中だから気を付けてくれたまえ。」
うっすら笑みを浮かべるセーデル。
確定だな、昨日の事件にはこの男が関わっている。
アシュベルはエレナの手を取って、強引に扉の前へ引っ張って行った。
「ご心配いたみいります、それでは失礼いたします。」
外に出てもアシュベルはエレナの手を握りしめ、ぐいぐいと突き進んでいく。
先ほどの好戦的なアシュベルがまだ抜けていないようだ、握られた手が痛い・・・。
見かねたエレナがぐっとアシュベルを引っ張り返す。
「手、痛いのだけど。」
「あ、ごめんヒメちゃん。」
それでもまだ彼の瞳は怒りに燃えている。
「あの男は・・セーデルは危険なんだ。」
怒りを抑えきれないかすれたアシュベルの声。
もう黙っておけない、彼女に話さなければますます危険を回避できない。
エレナはセーデルが居るだろう方向に目を向けていた。
アシュベルは己の怒りで見えていなかったのだ・・エレナの瞳の奥を。
「ヒメ、あの男は・・」
風が吹き、木々のざわめきが五月蠅いほどに広がっていった。
そこで初めてアシュベルは気づいた。
エレナの黒い瞳にいつもの煌めきはなく冷たい闇が支配していたことを。
「知っている。あの者は父上と母上を殺した」
どのくらいたっただろう。アシュベルがその言葉を理解するのに。
「あの男が部屋の前に来た時・・全てを思い出した。父上と母上を殺し妹からも
引き離された。」
エレナの話し方は淡々としていた。
「初めて・・人に殺意を抱いたわ。こんな感情がわたしのなかにあるなんて・・」
次の瞬間、彼女は両手を広げ思い切りすぅーっと息を吸い込んでで息を吐いた。
「まだまだね、こんなに動揺してしまうなんて。」
エレナの瞳に輝きが戻っていた。
「ヒメちゃん・・無理しなくても」
「いえ、あなたの主としてあの時のことを話したいのだけど、いいかな」
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