深淵のエレナ

水澄りりか

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第二章

第二十話 公爵は花のように踊る娘を想う

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「そういえば、」
ふと思い出してオーギュスト公爵が眉根をひそめる。
「マリアンヌ様が結婚されるというお話が親戚中に広がった時、あのセーデルが旅に出たと聞いた、たった一人で。わたしは傷心旅行だと思っていたが半年後彼が帰ってきたとき、その変貌ぶりに驚いたよ。なんというか小者だった青年が大いなる恐怖を身につけて帰ってきたような・・・申し訳ないなんと形容していいのか、尋常ならざる雰囲気が感じられた、今のあの彼の様に」

直感。偶然か必然か、彼は混沌の闇の根源を見つけたのだ、エレナは強くそう思った。
それはアシュベルも同じ考えで、エレナの顔をみて頷く。
彼には恐らくその頃から小さな混沌の闇が現れていたのだろう、混沌の闇はお互いを引き寄せる。

「セーデルが旅した場所はわかりますか、」

エレナがオーギュスト公爵にきく、それがこの少女にとって大切な情報なのだろうと彼も察する。

「トワイス国の衣服を身に着けて帰ってきてたので、そちら方面かと。それ以上は分かりかねます・・・・」

トワイス国はこのグラディス王国の南に位置し、国土もかなり広い、一番の特徴は国の半分が荒野となっている、探すには広すぎる範囲だがこれはかなり重要な手がかりだ。

「オーギュスト公爵、お手間を取らせてしまい申し訳ありませんでした、あなたのお話は貴重な情報です、感謝いたします」

エレナがオーギュスト公爵に対し一礼する。
「ヒメちゃん、少し父上と話がある、外で待っててくれないか」
「ええ、わかったわ」
いつものアシュベル、だが緊張感が彼から伝わってくる。
「どうした、お前からわたしに話とは、口もききたくない相手の筈だろう」
皮肉めいたその言い方にアシュベルが瞳を落とす、そして悲しそうな笑みを浮かべる。

「何を企んでいるんです、あなたがここまで饒舌に語る理由が、俺にはわからない」
このオーギュスト公爵がなんの打算もなくエレナに協力するとは、アシュベルには考えられなかった。
ここにきたのは自分からではあるが、まさかこうもあっさり受け入れられるとは思っていなかった、この人は自分に得になることだけしか頭にない、そういう人間だ。
「ふっ、わたしは昔話をしただけだがな、信用ならないか」
「彼女がこの国の第一王位継承者、だからですか」
「・・・それをわたしが利用する思うのか」
「ええ」
赤い瞳は冷たく鋭く、その相手に向けられる。
「これはまた見くびられたものだな、あの方は王位に興味がない、そうだろう」
公爵は自分に向けられたその厳しい眼差しを真正面から受け、見透かすようにそれを捉える。
「ならばなぜ、お話になられたのですか、あなたが打算なしで動くとは到底思えない、」
「エレナ様は賢い方だ、まず最大限ともいえる譲歩を提示してくださった、それに対しそれ相応の対応をしたいと思うのは、お前にとって不自然か」
「納得できかねますね、」
即答、アシュベルは知っている、彼の本性を。
「わたしは価値あるものには協力を惜しまない、それが全てだ、彼女はお前を導いている、そしてあの方が望もうが望むまいが国の未来を左右するお立場になるのは明白、そういう宿命を背負っていらっしゃる、」
価値あるもの、公爵のいうその意味をアシュベルは計りかねる。
まるで情で動いているとでもいいた気な父の言葉は、彼の生い立ちを全否定するものだからだ。

「では彼女の立場を脅かすような言動は今後一切ないと、誓っていただけますね」
脅しともとれる鋭い眼光で、念を押すようにアシュベルは言う。それはおよそ息子が父親に向ける表情ではない、彼の目の前には敵となり得るただの男、それだけだった。

公爵はそんなアシュベルを見るだけ、アシュベルはそれを是ととらえ立ち去ろうとする。
だが、その足を止め、振り返る。


「あなたはだれかを愛したことがあるのですか」
聞いてから、後悔する、何故自分はこの男にこんな質問をしているのか、そしてすぐさまそれを撤回する。
「いえ、忘れてください」

「お前が私から何を聞き出したのか知らないが、わたしはこのオーギュスト公爵家を取り仕切る立場にあり、それを何よりも優先して遂行してきた、お前の兄たちの母親とは政略結婚で彼女はわたしを遠ざけ子供たちを甘やかした、その結果があれだ、到底公爵家を存続させるに値しない無価値な者へと育ってしまった・・・そんな折、町の祭りのダンスの中心で花のように笑っていた娘に出会った」
ふと公爵の目が窓際の棚にある写真立てに移る。
「わたしはその見たこともない笑顔を好ましく思った、彼女と会うと公爵という重圧から解き放たれ癒されるのを感じることが出来た、そしてお前が生まれた。愛などという曖昧なものをわたしは信じないが、それに近しい感情を抱いたのかもな・・・」
それ以上公爵は口をつぐんだ。
アシュベルの母親を屋敷に迎え入れたのも彼女への誠意のつもりだったが、慣れない生活の果て病気を患いアシュベルが6歳の時に死んでしまった。だがその形見であるアシュベルは期待以上の才覚を表すことになる。
天の救いかはたまた悪魔のいたずらか、妾である女性から公爵家を継ぐに相応しい男児が生まれた。
オーギュスト公爵家にとって、一縷の希み。

「失礼ですがやはり俺はあなたの考えには同意しかねます、お手間を取らせて申し訳ありませんでした」
そういい立ち去っていくアシュベルの背中を見送りながら、思う。

公爵が英才教育を惜しむことなくアシュベルに費やしたのは、亡くなった花のようなあの女性への償の気持ちも強かったのかもしれない ――――――― 馬鹿なことを、わたしはわたしの責務を果たしたまで、だからこそアシュベルはこのように立派な跡取りとして成長した。それだけのこと。

オーギュスト公爵は写真立てを伏せた。
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