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レベル3 ニルンガードの兵士

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私は今テーバイ山という山を登っている。魔王たるとも体形維持のためには運動も必要なのよ。ハァハァ歩く度に息が苦しくなり生まれてきた事を後悔しそうになる。何で私は山を登っているのだろうより先に何で私は生きているのだろうが来てしまう。私は鬱病の患者か?いや違う誇り高い魔王ラミアとはこの私だ。
頑張れ私!明日が待っているわ。私…気が狂いそうになる。山歩きは拷問だと思う。テーバイ山は三千mの標高がある。今日の朝五時から登り始めた。やばいタンマ苦しい。心臓が止まりそうになる…いや止まったってカオス心臓マッサージで即座に復帰するのだけどな…
ロキを横目で見る。無理やり連れて来た。…浮いている。こいつ、こいつこいつ!私が頑張って歩いているのにロキはプカプカ空中に浮かんでいる。これは反則じゃなかろうか?登山の醍醐味をなにも理解していない。自分を追い詰めた先の狂気に身をゆだねるのが登山という物だ。それを飛んで誤魔化すものがあるか!
私の怒りは怒髪天を突いたがロキは素知らぬ顔だ。のんびりプカプカ付き合いで~す。という感じで飛んでいる。
「オイ!ロキッあんた飛ばないでちゃんと歩きなさいよ!何で私だけ登山しているのよ。」
「魔王様。私はダイエットの必要性がない完璧で瀟洒な悪魔なので…つい?」
「あったま来たわ!ちゃんと歩きなさいよ!あんたもテーバイ山に苦しめられろ!ずるいずるいわロキ!」
「魔王様はなぜ太る可能性がある肉体なのでしょうね。最高位の魔族なのに不思議でなりません。まるで人間の様…」
「言っていい事と悪いことがあるわ。だーれが人間見たいですって!あんな汚らわしくて醜い蛆蠅のたかる肉の器と一緒にするんじゃないわよ。私は誇り高き魔王なのよ。受肉して少し太る恐れがあるだけだわ。」
「それなら結構ですね。魔王様。そんなに怒らずに道を進んでいきましょう。もうすぐ山頂が見えます。」
「もうそんなところまで来ていたのか。自分を疲労の限界の淵にまで追い込んでいて気付かなかったわ。疲れた。死ぬ。殺される…大自然に殺される。」
「大丈夫です。魔族はこのような事で簡単には死にませんよ。いくら受肉しているとはいえ疲労が激しすぎですね。やはり加齢が原因でしょうか。もう数百年も経ちますものね。」
「うるさい!魔王に時の観念を持ち込むな!私はね。人間で言う所の永遠の十八歳位の見た目なのよ。保つのなんて造作ないわ。絶え間ない努力は要求されるけどね。」
歩く…歩くそれでも歩く…ああ山頂に辿り着いた。生きていてよかったわ。私は生きる価値があるのよ。違いない。センキューエビルゴッド!
ロキはじろりと魔王を呆れたように眺めた…これでしばらくは大人しくなりますね。今日朝起きた瞬間に山登りに行くと言い始めた時から嫌な予感はしていました。魔王城の守りを放棄してダイエット目的の登山とはいい気なものです。しばらく夕飯は食べても太らないシリーズで固めましょうかね。あれは味が落ちるのですが、アホな魔王様は案外気付かないでしょう。
ロキから侮蔑の目線を感じるけど私は闘ったぞ。やり切ったのよ!テーバイ山クライミング!登山時間十五時間。朝日は見えないけど良しとしましょう。夕日もすっかり沈んでしまったわ。あー終わった。今日一日はもうなんも無しバタンキュー。
「魔王様ですか?」
「何よ。ラミアだけど。」
「勇者が現れました。至急魔王城までお戻りください。」
「ゲッ本当に?私今までずっと山登りしてたんだけど…仕方がないわね。今からワープで戻るわよ。オーク部隊ブローニングで前線基地構築よろしく。」
「分かりました。出来るだけ早くお戻りになるようよろしくお願いします。」
「分かったわよ。仕方ないわね。ロキ、転移陣スタンバイ。」
「承知。エイジアより連なりしケイオスの輪よ!今ここに形を成せ!次元転移陣!」
目の前に亜空間へのワープゲートが広がった。これで魔王城まで一直線で帰れる優れものだ。ロキが存在していたことに感謝した。次元転移陣は私が組むとワープ対象場所に多少の誤差があるのだが、ロキの物は正確無比だ。私には悪戯好きで奇妙な愛想しかふりまかない彼女ではあるが、仕事は確実だ。その腕を買っていると言っても過言ではない。後まあ何処にでもついてきてくれるしね。
次元跳躍開始!私はすぐさま大広間の魔王の座に着座した。ヘッドフォンで状況を確認する。視覚は霊視で補う。
楯と剣を持った冒険者の様だった…ん…どっかの町の防衛隊の恰好をしているわね。あんなのでここまで来れるのかしら。そう思いながら私は大福に手を伸ばしていた。パクッモグモグゴクン!しまったまた太るじゃないの!やってしまったあ…
ズーンと暗い気分になった私の横でロキが囁く。
「そんな事だろうと思って食べても太らないシリーズに変えておきましたから…安心ですね。魔王様。」
「や…やるじゃなあい!見直したわ。ロキ。」
「それよりも冒険者を今は見ましょう。」
「そうね。どれどれどうなった…?」
冒険者は懸命に楯で防御しながら進むもののブローニングの重い咆哮の前に体をハチの巣にされてしまっている。
「これは勝負あったかもね。あんまり進んでないし。」
「そうとは限りません。彼の目は死んでいません。どんな目的かは知りませんが、貴女を倒す意思に満ち溢れています。魔王様御覚悟を。」
「そういう勇者を何人も返り討ちにしてきたわね。」
「今回もそうとは限りません。ダイスがどちらに転がるのかは分からないのです。」
「…もっと追い詰めますか。ブローニング部隊!ヘッドショットオンリーで攻めなさい。」
「うわあ…えげつないですね。分かりました。」
とオーク達から返信が返ってくる。
冒険者は楯の上から頭を何度も撃ち抜かれて卒倒した。女神の加護の受容機関たる脳髄を完全に破壊されてはこれまでだろう…まさか…そんな事はないだろうと思っていた事が起きた。
強烈な回復呪詛が彼を取り巻く。彼はつぶやく神の言語で…
「俺はニルンガードの兵士。昔、頭にマシンガンを受けてしまってな…」
「なんなのよ。あんなことが出来る人間がいるっての…?」
「制約による自己強化を限界までかけ続けているようですね。貴女の登山と同じようなものです。魔王様。」
辺りを静寂が包む。彼を前にオーク部隊は道を開けるしかなかった。ブローニングが看板になったのではなかったが、彼の凄みの前に押されてしまったのである。
大広間に侵入する冒険者…魔王ラミアと相対する。
「何よ。人間の分際で魔王に挑もうというのか?何故貴様は挑む!理由を述べろ!」
「現役最後に世界を救ってみたくなったのさ。」
「そうか。貴様のその志は良し。只の一撃でその歪んだ幼稚な妄想を叩き潰してやる!」
ラミアはそう言うと冒険者の前に躍り出た。神速の一撃!爪斬!カオススマッシュ!
胸を貫かれる冒険者…血反吐を吐くがその顔は笑っている。
「良く笑っていられるな。女神の加護も無く、蘇生も出来ぬように葬ってくれるわ!」
「この…時を待っていた。龍脈レベル九発動!龍の吐息!ゴッドブレスウォーム!」
竜の息吹が零距離でラミアを襲う。蒼炎に包まれるラミア、しかし爪先にこもるマナは増大していた。
「見事!見事なり我が宿敵勇者よ!しかし貴様はカオスマナの爆発により死ぬのだ!消えうせよ!」
ラミアは冒険者を蹴り飛ばし、中空に掲げた。両手からカオスマナを充溢させて切り結ぶ。
カオスクロススラッシュ!
冒険者は中庭まで吹き飛ばされ絶命した。女神の加護も上手く効いていないようだが、自ら蘇生魔法を掛けて立ち上がった。オートリザレクション…そこまでして何に駆り立てられる?私に親族でも殺されたか…?ニルンガードに直接手を下した覚えなど無い。何故このような強者が一介の兵士に収まっていられるのだ?
ラミアの頭の中を疑念の稲光が駆け巡り続けている。この間の勇者と言いこいつと言い喰い応えがある供物ではないか…まあ良いだろう。
冒険者は態勢を整え最後の突貫を始める。楯すら捨てた捨て身の突貫。竜のオーラが全身からあふれ出る。ドラグーンセイバー!
「利かぬな!そのような技など!カオスブリゲイド!グラビトンウォール!」
ダブルスペルによる圧殺によって、冒険者は膝をつく。
「あと一歩届かぬとは流石よな。そなたの美貌という魔に取り入られた俺にはもったいない業だ。後一度!発頸!ドラゴンオーラ!」
飛び上がり弾けるように飛び込んでくる冒険者。眼前に冒険者が迫る…鉄の剣がまるで光り輝く名剣に感じられる!冒険者の攻撃!龍気魔人斬!
捌ききれない…まともに肩口に喰らった…一部心臓に達したか…臣下はこの光景に皆魅入っている…ドラゴンオーラが全身を焼く。私はな…それでも倒れない。魔王だからな!
「喰らえ!ダーインスレイブ抜刀!反撃!魔神斬!」
霊気の刃…霊刃による渾身の袈裟斬りが冒険者の心臓を穿った。吹き出る血飛沫。中空を舞う冒険者。地面に叩きつけられるが彼はよろよろと剣を杖にして立ち上がる。
「ぐはっやはり届かぬか…そなたの剣に倒れられるとはなんという褒美だろう。」
そう言うと冒険者は倒れた。私に全身全霊の剣を受けさせた上に返し技で昇天した…
「ロキ!こいつは何で転送されない?」
「生命力をマナに転嫁して闘っていたのです。こういう場合は蘇れませんね。誰かの力添えでもない限り…」
「フッ私は今機嫌がいい。我がオドからほんの少しだけ生命力を分けてやる。」
冒険者は息を吹き返す。ひどく寒そうだが命に別状はないようだ。
「何故だ。何故私に命を与えた。私はそなたを討つ者だぞ…」
「魔王を討つ冒険者は今死んだ。これから先はニルンガードで息子や孫を育てるが良い。そいつらが勇者になったらまた私が喰らってくれようぞ。」
「フッ貴女に魅入られたから婚約などしておらんよ。だがなんだか懐かしい気持ちになった。…後進の育成に当たるとしよう。それではさらばだ。」
冒険者は歩いて魔王城を出て行った。なんて言う事ない…激しめの私のファンだったわけだ。うんうんよろしいではないか。美貌や伝説にも磨きがかかるという物だ。肉の器なのが玉に瑕だ。
「やっぱり魔王様はお優しいですね。」
「勘違いするな。ロキ。生かして返すことも私の恐怖の伝説を広めるのに役に立つ。それだけの事だよ。べ…別に助けようと思ったわけではないし。」
「そして素直さが足りませんね。やれやれ。」
「良し。今日はテーバイ山で取ってきたキングテングタケでスープを作るんだ。ロキ!」
「ダイエットは良いんですか?」
「そんなもの始めたつもりはないし、キングテングタケは野菜だろう。きっと痩せる。」
「分かりました。仰せの通りに。魔王様。」
そのあと私はキングテングタケの猛毒により三日間苦しみに苦しみ抜いた。確かに痩せた。絶対ロキの陰謀だ…そんな気がする。あいつだけ口に着けなかったし。…魔王城は運営困難の為、しばらく閉城になったとさ。
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