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レベル6 奇跡を呼ぶ男

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私は今魔界農園の経営状況を視察している。使い魔のロキも一緒だ。ジャガイモ、ナス、トマト、白菜、ネギ…等々挙げればきりがない栽培野菜達。ここで栽培される野菜は収穫され、他の魔王城に流通している。ごく一部余ったものは人間のマーケットに超高級品として流通するのだ。味はマナを使った自然栽培なのでとてもおいしい…ピーマンは相変わらず苦手だがね。
マナを使った栽培方法は肥料に加えてマナによる育成を活性化させる方法だ。魔族は皆オドが優れているので、普通に耕したり、水を与えるだけで一緒にオドからマナを放出する。これだけだ。
それなのだが実際に野菜は美味しく瑞々しい食物になる。オーガニック野菜という奴だな。
人間どもは大地が人類同士の戦争で荒廃していた事もあり、現在も自然食品をまともに口にできなかったはずだ。少し記憶があいまいだがまあいいだろう。
まあ自分たちの醜さが招いた所業だ。可哀そう等とは思わない。第一魔王が人間の事を心配する理由がないじゃあないか。宿敵中の宿敵である。ひたすら愚かだとしか思わない。
それでも自然食品を求める輩に魔界農園の悪魔的野菜は大人気である。勇者をスポンサーしておいて自分達は魔族が作った野菜を食べるのだから世話はない。とんだ卑怯者である。真の人類を愛する者なら魔界農園の野菜など食べられない筈である。そもそも毒が盛られているとか考えられないのだろうか?いや一々毒を盛るとコストが増大する上に、他の魔王城から不信感を集めてしまうので一々盛はしないのだが。
「また考え事ですか?魔王様。」
「ああ、なんだかんだ思う事が多くてな。ロキは魔界農園についてどう思う?」
「おいしい野菜を作っているな…ぐらいですかね。」
「私はな、魔界農園で作られた魔界野菜を頬張りながら勇者には人工食品を食べさせている人間が気に入らないのだ。」
「悪魔的な発想に人間も陥っていて良いじゃありませんか?」
「まあそう言われるとそうなのだが、少し引っかかるな。」
「魔王様は随分と勇者に肩入れしますね。」
「何度も闘っている奴らだからな。他の蛆虫共よりは気にするさ。」
「それでは人間どもに魔界野菜の流通を止めますか?それとも貴女が残った野菜を食べますか?ピーマンとか?」
「相変わらず意地の悪い奴だな。ロキ。私はピーマンをほどほどにしか食べないし、私一人じゃ食べられる量にも限界があるだろう。」
「それでは解決方法はありませんね。廃棄するわけにもいきませんしね。」
「それはもったいないな。全ては人間が愚かな終末戦争を繰り返した所為だ。武器は中世レベルなのに社会生活はディストピアそのものではないか。これも言っとくが私の所為では無いからな。」
「まだ人類は生きていた…!って感じですからね。」
「そうそう。しかも私を倒せばマルっと治ると思っているし、この間ここに攻めてきた漁師や農民のように自然栽培や漁獲で自然の食物を取ればいいのにな。」
「そういう物も保存性の関係で全て人工食品にしてしまうようです。オーガニックなスシを食べる事は王族にしかできないとか。」
「そうだったな。あいつらの野菜や魚は人間が取ったにしては中々美味かったんだが。その味をオーガニックで味わえないとは愚かで哀れな人間達だ。」
「食糧事情は魔族と人間で全く異なる…また一つ勉強になりましたね。魔王様。」
「そうだな。少しイラっと来る言い方だが、人間の食事事情について無知だった事には変りあるまい。」
「まだまだ学ぶべきことは多いと思いますよ。私も、魔王様も。」
そう言うとロキは少女の見た目相応の柔らかな笑みを浮かべた。私は少し恥ずかしくなって下を見てしまう。こいつはふとした瞬間に見せる少女相応の仕草が可愛い。やることは一ミリも可愛くないけどな。正にそのバランス、悪魔だ。
「私に惚れちゃいましたか?クスクス…」
「惚れてないわよ。さあ魔王城に帰るわよ。魔界農園に特段問題は無かったしね。」
「そうしましょう。働いているオークさんに魔界スポーツドリンコを差し入れに行ってきますね。」
「そうしてくれ。」
ロキは行ってしまった。私は手持無沙汰だ。最近の戦いを想い出す。勇者らしい勇者はアレスとかいう男だけだったな。他は農民だったり漁師だったりヘンテコな奴ばっかりだった。もう少し体を焦がし煮えたぎるような闘争が欲しかった。
この熱を持て余す事は私にとっては苦行だ。何にも耐えがたい燃え滾る闘争本能。十年前からは外に向けて発散する事は無くなったからこそ、魔王城の侵入者はうっとおしいと感じながらも闘い続ける。体の火照りを鎮めるためにだ。
ふと考え込んでいた。ロキが戻ってきたようだ。
「…魔王様!魔王様…どうなされたのですか?一点を凝視して怖かったですよ。」
「ロキ…何でもない。私に挑んできた勇者たちの事を少し想い出していたんだ。次はどんな英雄と逢う事が出来るのかなとね。」
「挑んでくる英雄でも集めて回りますか?」
「それでは趣が無いだろう。食材も勇者もオーガニックと行きたいものだ。」
「クスクス…旨い事をおっしゃられますね。今のは百点です。」
「いつもは何点だ?」
「マイナス百点ですわ。」
「本当に憎らしい悪魔だな。何度でも伝えるぞ!実家に帰れロキ!」
「私は召喚とともに生まれた身です。帰るべき実家等ございません。」
「あっ…違う。本気じゃないんだ。ロキ、言っていい事と悪いことがあったな。済まなかった。」
「反省していれば結構です。さあ魔王城に帰りましょう。次元転移陣を用意します。」
すこし曇った笑顔を見せたロキは今またにまっと柔らかな笑みを浮かべている。本格的に機嫌を損ねることは避けられたようだ。本当にロキを怒らせるとどうなるかは私も分からない。あったにしても数百年も前の事の様で私には思い出せないのだ。
「エイジアより連なりしケイオスの輪よ!今ここに形を成せ!次元転移陣!」
目の前に形成された次元転移陣に二人そろって入る。…そして一瞬で魔王城に到着した。
いつもの変わりない私の執務室だ。勇者が来ない限りは執務室に引きこもっている。
「ロキ、お茶と太らない魔法のケーキの準備を頼む。」
「分かりましたわ。少々お待ちください。」
心なしか機嫌がいいのか…女心と秋の空とは言うがロキの心変わりはそれ以上だ。
フゥ落ち着いた。気怠さが充満する。私なんてどこにも存在していないかのような宇宙。更に妄想は次元の扉を開いていく。イースからレヴァリイースの信仰を強制徴収している無数の女神達…何かが引っかかる。この先に答えがあるような気がしてならない。
霊信…女神???から。私は背を正して霊信を受け取った。

―魔王ラミアよ!世界の真の支配構造を知り立ち向かう気があるならば貴様に予言をしてやろう。貴様を真に打ち倒す勇者が現れた時、選択の扉が現れん。その時、貴様が闇に帰るか新たなる戦いに身を捧げるか決める時である!霊信終了―

頭痛がする。何だったんだ。今のは体中を歓喜と恐怖の怖気が奔る。確かに女神教の本尊の連中の一角だ。あの中にも跳ね返りという奴がいて私にこう言った情報を教えてくれたのだろうか。一瞬にも思えるし何時間も経ったように思える高位神霊からの霊信に私は呆けていた。敵対者中の敵対者、魔族にあんな情報を送ってくるとはにわかには信じられない。ロキが執務室の扉を開ける。
「魔王様…何かありましたか?こちらお茶と太らない魔法のケーキになります。」
「いや、何でもない。何も起きてはいないんだ。」
「…まあ、いいです。ティータイム中に失礼ですが、警戒中のオークから連絡が入りました。新たなる勇者が現れたようです。現在中庭で戦闘中です。」
「分かった。大広間に行って監視しよう。」
私は大広間に急ぎ向かった。不安な時は闘うに限る。闘いが全ての不安を払ってくれると信じて違えなかった。そんな時が私にも在った気がする。
中庭でブローニングの砲火を一身に浴びる冒険者。左右の手で緩やかに円を描くとフィフティーキャリバーの弾がポトポトと地面に落ちる。瞬間縮地!機銃座に就いているオーク達を神速の裸拳で葬り去る。中庭に更にオーガ三体召喚。オーガ達は三方向から突進を仕掛ける。冒険者はふわりと空中に舞い着地の瞬間にオドからマナへの発頸を行った。気炎流舞!オーガ達は気絶しビクビクと泡を吹いている。
大広間への扉が開いた。奴が来る…。私も気迫を込めなおした。動揺を隠すように。そして冒険者に問いかける。
「貴様は何故、魔王に挑む。答えよ。」
「ただただ拳を極めた故に貴女を挑みましょう。私はこれでも拳で奇跡を呼ぶ男と謳われた事がございます。」
「ならばその拳覇を魅せてみよ!愚かなる人間よ!魔族の頂点魔王に挑む愚をその身をもって知るがいい。」
「それでは…行くぞ!」
男は掛け声とともに縮地し私の鳩尾に強烈な右正拳突きをねじ込んできた。無叡拳!
「ガはッおえっ…ハァハァカオスリアクティブアーマー」
マナをカオスオーラが爆縮させ放出する返し技だ。男の右腕は千切れ飛んでいった。
「グフゥ…やはりただでは済まぬか」
ふわりと男が宙に舞い縮地してくる!ハァ!千烈脚!着地鬼殺断靭拳!
空中のキックの連打と着地時に左拳の秘孔を貫く猛打を浴びた。私に左腕のみでここまでやるとはな!
「行くぞ!カオスオーラ充填臨界点突破!カオスキャリバーオーバーロード!」
充溢するオーラを込めた霊刃を振り被り十mは伸びた霊刃で、奇跡を呼ぶ男を滅多切りにした。
「私では所詮、魔王には届かなかったか…しかしまだ技はある。」
その場で硬直しマナを練り始める奇跡を呼ぶ男!
「死ぬが良いわ!」
私が霊刃を振り下ろした瞬間。奇跡を呼ぶ男は居なくなっていた。
後ろに居るのか?近距離の亜空跳躍を人間の身で…?
背後にいる奇跡を呼ぶ男が必殺技を放つ。夢幻泡影拳!霊刃で切断された右腕を補い、無限にも続くような連撃を叩き込む。背部から弱点という弱点を突ききる攻撃…まさに必殺技だった。しかし魔王はこれで倒れないから魔王なのだ。
「グハッオエッ人間の身で見事!敬意に値するわ。カオスヒール…立て直しはこれで終わり。我が最大の魔術で散れ!カオスグラップ!」
奇跡を呼ぶ男は空中に引き釣り上げられる。
「カオスアルテマメテオレイジ!」
即興で練った呪詛を即座に放つことが出来る。これがカオス属性の強みである柔軟性だ。特定の呪詛を練り上げる強さは無いが、咄嗟の判断でオドが許す限り、出力を上乗せしていくらでも魔術を撃つ事が出来るのだ。
奇跡を呼ぶ男はホーミングする隕石弾に体を砕かれ絶命した。すぐさま近くの聖恩協会に死体がワープを始める。
「中々やる拳聖だったわね。あのくらいの強さならまた相手にしてもいいでしょう。」
「ええ、魔王様の背後に回った時は私もビックリして目を閉じてしまいました。」
「ふっ…私があの程度の人間にやられるわけがないでしょう。即座に治癒してやり返したわ。」
「そうは言っても勇者のパーティーの一員だったら不味かったですね。」
「そうね。そういえば最近はパーティー連れの勇者は見かけないわね。」
「何なんでしょう。勇者性の違いとかでパーティーを解散してしまうんでしょうか?」
「そんな黒歴史のミュージシャンみたいな事になっているわけないでしょう。まあパーティを組んでいると一直線じゃなくて色々と寄り道したり、パーティー内で痴話喧嘩でもするんじゃない。」
「随分生々しい想像ですね。魔王様。」
「これでも職業勇者観察人みたいなところもあるし仕方ないんじゃないかしら。」
「嫌な職業です。魔王様以外務まりませんね。」
「そんな汚物処理班を憐れむような顔で見ないでよ。私も好きでやっているわけじゃないんだから。」
「これからも勇者の襲撃は続きますから、魔王様頑張ってください。応援してますから!」
ロキの笑顔がキラキラしている…男子に掃除を押し付ける笑顔っていう霊信受信。
「その可愛い感じで汚物処理任せたよって言うのやめなさい!」
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