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レベル7 マスカレイドナイト

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私は今魔王城外周の草刈りをしている。余りにも屈辱的で惨めで恥ずかしい。これが魔王のやる事だろうか。
ロキの口車に乗ったことがすべての始まりだった。
―六時間前―
「とある事をして頂けば晩御飯の品が一品増えるかもしれません。」
そう言うとロキは怪しげなルーレットを取り出し高速で回転させ始める。
「えっ何だこのルーレットは?また怪しい事を私にさせるつもりなんじゃないだろうな。」
「滅相もございません。このダーツを投げれば分かりますよ。魔王様。」
「怪しい…私はこの勝負降りるぞ。」
「えっ降りたら魔界動物園の象の糞掃除一年になりますが宜しいでしょうか?」
「オイ!どう考えたら私が魔界動物園の象の糞掃除一年をオーケーすると思うんだ?ロキ本当にお前は悪魔の中の悪魔だな。」
「お褒めに頂き光栄でございます。魔王様。」
「今のは真剣な嫌みのつもりだが、確かに魔界的には誉め言葉になってしまうな。分かったとっとと投げるとしよう。」
私は回転しているルーレットにダーツを投擲した。命中。ブヨンという謎の電子音が鳴り響きダーツは停止した。…草刈りとスッポン丸ごとスープ…こいつ!ロキ!
「おめでとうございます。魔王様。魔王城の周りの草刈りと引き換えにスッポン丸ごとスープを今晩召し上がってください。」
「草刈りも嫌だし、スッポン丸ごとスープも嫌いなのだが、契約破棄だ。」
「いえこれ見てください。魔王様直筆のギアススクロールです…」
なになに…このルーレットにおける的中内容を実施することを魔王による勅命で認める。
「そんなの無効だな。私が出した命令を私が止めておけないわけがあるまい。」
ぴらり…もう三枚の用紙をロキは取り出した。まさか…まさかな。
「他の魔王様からも許可を頂いてギアススクロールに連名して頂きました。こんな下らない用事で他の魔王様を尋ねに行きますか。」
「そう言う訳にはいかないだろう。分かった。草刈りをすればいいんだろう。ロキお前も手伝うんだよな?」
「嫌ですわ。魔王様、分かっているくせに。私はもちろん手伝いませんが道具は貸し出します。この草刈り機をお使いください。」
そういうとロキはどこかの空間から丸鋸の草刈り機を出してきた。終わった。魔王としての威厳とかゆっくり過ごせるティータイム的なものとかもろもろ終わった。
…私は今草刈りをしている。急ぎ目でどんどん刈っているので、全体の四分の三は終わった。ようやく終りが見えてきた。
夕飯のスッポンスープも苦手中の苦手料理でどうしようか迷っている。それも丸々一匹甲羅付きのスッポンスープなんて食べたくない。
はッ…いかんいかん刃物を扱っているときに変な事を考えると事故の恐れがある。慎重には慎重を期して取り組まなければ…草刈りをしているうちに正直少し楽しくなってきたのは内緒だ。
何事もそうだと思うが最初はだるくてうっとうしいと思っても取り組むほどに楽しくなっていくものだ。
ヴィージャジャジャヴィージャジャジャ…
周囲には私の草刈り音だけが木霊していた。…ようやく全部終わった。魔王城Cの草刈り全てが終わった。六時間の作業時間の割には綺麗に刈れたはずだ。ロキにトラックで刈り取った草を回収させるとしよう。
ロキへの霊信回線を開いた。
「ロキ、ラミアだが、草刈りは全部終わったぞ。草の回収を頼んでもいいか?」
「いえ、魔王様。草を回収して一箇所にまとめるまでが草刈りですので。トラックを用意しますのでご自分で回収してください。」
そうよね。そうよね。そんな事だとは思ったわよ。今日は何度もやってくれるじゃない。ロキ。
私はロキに用意されたトラックで草を集めて回った。今日は雨の日でも無く、湿気がこもっていなくて良かったと思う。そうすると草の重みが増すのだ。まあ私の腕力自体は屈強な男と同等にあり、そこにマナを乗せて作業が出来るのだが、ずぶ濡れの草を運ぶのは精神的なダメージを負う。
それから更に二時間後、私は全ての草をトラックに乗せ終える事が出来た。終わった。ようやく…ロキに霊信回線を繋いだ。
「ロキ!まだ何かやることあるかしら。もう何でも来いって感じよ。」
「草刈りお疲れさまでした。魔王様、残念ながら勇者が侵入してきています。」
「良し。すぐに倒すわよ。勇者はどこにいるの?」
「まだ中庭にいるみたいですね。ブローニングをうまくかわしながら進んでいるみたいです。」
私はトラックで魔王城の中庭まで向かった。良し…草は落ちてないわね。トラックを正門で停車すると服の皴を伸ばして、中庭に向かう。
そこには仮面を被った冒険者がいた。何故パピヨンマスクの全身タイツ男が…?
その冒険者はブローニングの砲撃を煙幕によって見事に回避しているようで…いやたまに被弾している。回復法術で回復しているから無傷に見えるのか。
ロキに霊信!
「私が直接倒すからブローニングの砲火やめさせるんだ。」
「了解しましたわ。」
ロキに命ずるとすぐにブローニングの砲火は収まった。こちらから変質者に声をかける。
「オイ!そこのパピヨンマスク!何故変態が魔王城を目指す!」
「美の頂点を極めた魔王様を倒すことによって、私は更に美しく強く羽化するのです。私の名前はマスカレイドナイト。仮面の下には燃え盛る強さを秘めています。」
「何で私の魔王城には変な奴ばっかり攻めてくるのかね?美の頂点とかいつもだったら気にしているけど今は全然そういう気分じゃないから。消えろ!変質者!」
カオスグラップ!変質者を魔王は釣り上げた。
「ああ…私の生命が今にも散ろうとしています。女神様、これも試練なのですか?」
「女神もお前の様な変質者は願い下げよ!」
カオスダンシングソード!何振りもの霊刃が変質者の周りに現れ切り刻んでいく。順々に切り刻んでいたが、最後には一斉刺突!霊爆を引き起こした。地面に叩きつけられる変質者。
「ああ甘美なる痛みよ!我が内なる体に宿り給え!」
「まだ死なないのかこの変質者は!行くぞ!カオス…」
「遅いですね!」
魔王の詠唱の途中で突然立ち上がる変質者…縮地、魔王の心臓をエストックで撃ち抜いた。この間一秒にも満たない。
「ガハッただの変質者じゃないってわけね。」
「貴女は気品を備えており力強く美しい魔王様だ。しかしスピードが足りませんね。」
そういうとまた距離を取り、技を練り始める変質者。心臓からの出血はマナの逆流によりすぐに止まった。私の体に致命傷を一つつけたぐらいではこの首は落とせない。魔王城自体が私の神殿であり、私はその中で邪神の領域に至っている。
「今度はこっちの番よ!」
亜空跳躍!眼前に変質者!一瞬でマナを両手に宿し腹に叩き込む!カオスフィンガーソード!魔王の腕の先から黒く濁ったオーラが迸り、変質者の体を両断した。
「ガハガハッ私はまた貴女の美と強さに挑みたいものですが、敵わない願いなのでしょうか。さらば魔王様。」
そう言うとマスカレイドナイトの仮面がずり落ちた。この顔には見覚えがある。
「お前五十年前に定年退職したセバスチャンじゃないか。何故こんな事をしている?貴様も私に歯向かい殺されたいのか?女神の加護なんぞ悪魔にはないぞ。」
「引退して久しかったのですが、久しぶりに魔王様と遊びたくなったのです。でも私の体はここまでのようですね。ああ私は死ぬのか。」
チラチラとロキと私に交互に視線を送るセバスチャン…やはりロキの先代だけある。こいつ回復をねだっていやがるわ。
「馬鹿者、魔族を死なせる奴があるか。カオスヒール、カオスリザレクション!」
「ありがとうございます。弓を引いた私にここまでの温情を掛けてくださるとは…」
「悪戯好きの狂った身内には慣れているからな。今度からは普通に遊びに来なさい。セバスチャン。」
「ありがとうございます。それではさらばです。ラミア御嬢様。」
「久しぶりにその名前で呼ばれるとくすぐったくなる。皆魔族は悪戯好きで困るな。ロキ。」
「流石私の先輩悪魔です。セバスチャンさんが老後落ち着いてられるとは思いませんでしたが、まさか攻め込んでくるとは思いませんでした。」
「まったくだ。全然耄碌してないしな。体を真っ二つにされても喋るし、最初は女神教の狂信者の振りをしているしびっくりしたよ。」
セバスチャンは朧月夜を背景に飛び去って行った。私は食堂に移動しながらロキと会話を続けている。
「私もあの逞しい悪戯精神を見習いたいものです。」
「お前も私と遊んで胴体から真っ二つにされたいのか。」
「それは流石に遠慮したいですね。真剣勝負とは…セバスチャンさんも相当暇を持て余していたのでしょう。私が着任する前の先代の悪魔納得の悪戯です。」
「そうね。つい百年程前まではお前と一緒に悪戯ばかり仕掛けてきて困ったものだったわ。それが今では立派な隠居老人だから分からないものよ。襲撃してきたけどな。」
「フフ…懐かしいものですね。さあ魔王様、本日はがんばった証にスッポン丸ごとスープをお持ちしました。是非お早目に召し上がってください。…御残しは許しませんよ。」
「分かったよ。分かりましたよ。頂きます。…案外行けるけどやっぱり見た目が駄目ね。」
「魔王様と同じですね。」
「ロキ、一度でいいから私の見た目をきちんと褒めなさい。美しさは十分なはずよ。」
「魔王様の見た目を今例えるのは困難です。月とスッポンになってしまいますから。」
「うまいこと言うけど、私が月という事よね。」
「勿論そうです、案外行けるとは…性格に少し難があるという事だけですよ。容姿は数百年間変わらず美しいです。受肉しているので衰える可能性もありますけどね。」
「そうやってきちんと褒めてくれればいいのよ。そうすれば穏やかに生活できるわ。あんたと一緒だと悪戯が多すぎて、作っている口調だったり、性格が崩れてしまうのよ。」
「素に戻れる事は良い事ですわ。」
「あんたが言うとリアリティがあるわね。まあ私もあんたぐらいかもね。眼の前で素に戻れる相手って言うのは。セバスチャンもいなくなってしまったし。」
「まあ皆何かしらの仮面を被って生活しているという事です。私も貴女の前ぐらいでしか仮面は脱ぎませんわ。魔王様。」
「そう…もう少し仮面を被って気を使ってもいいのよ。いや…でもそれだと私とあんたの関係が崩れるかもしれない。微妙なところね。」
「必ずしも素になったり、仮面を被るのがいいという訳ではありませんわね。」
「ケースバイケースよ。人間はどうだか知らないけど悪魔社会ではうまく折り合いをつけなければ駄目ね。やっぱりあんたは仮面を被りなさい。本性が凄すぎるから。」
こうして魔王城の夜は更けていく。本性を現し過ぎても行けないし、まるで隠すのも信用が置けない。これは人間社会だけではなく悪魔社会でも一緒の様だ。
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