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レベル8 騎士

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私は今オーウェル海にいる。トリカブト海岸…人間がこんな変な名前を付けたのだ。なんでも元は王族のプライベートビーチだったそうで、名前を聞いた人間が立ち入らないように名付けたらしい。
私がここを接収したのが数百年前の話だ。今はもうそのふざけた王族はいない。少し捻り上げたら喜んで手放したのを覚えている。根性無しめ。私の城に攻めてくる人間の方がましという物だ。
蒼いマリンブルーの透き通る海を眺めながら…ぼうっとする。ロキも私をのぞき込んだまま無言だ。いつもなら憎まれ口の少しでも叩くんだがな。さては私の美貌にチャームされてしまったのではないだろうか。
自慢ではないが私の美貌はランクエクストラ相当だ。これ以上は美の化身の神以外は存在していない。フフ…美しさは罪だ。そう独り言ちる。忘我の一時。ロキがいれたアイスコーヒーを飲む。フゥ生き返るわね。
ロキもこのように大人しく仕えてくれていれば、私としても言うことが無いのだが如何せん悪戯ごとが多い。…まて、何故私にカメラを向けているロキ。
「そのカメラは何だ?ロキ?」
「いえ、魔王様のぼうっと佇んでいる姿を写真集にして出荷しようと思いまして。取り分は半々でお願いしますね。」
「ちょっと何を言っちゃってるのよ!私が七でロキが三!というか私に断らずに勝手に写真集を出そうとしないでよ。私のプライバシーはないの?」
「勇者どもが攻めてくる時点でプライバシー等無いのではないでしょうか。」
「それは仕方がないプライバシーの侵害。これは故意のプライバシーの侵害よ。駄目です!断固拒否させてもらうわ!ロキ!」
「魔王様、大人気がないです。カオスオーラが出ていますよ。ほらコーヒーが煮立って…」
ん?私が握っているアイスコーヒーが煮立って吹きこぼれてきた。熱ッ熱い!
「ロキ、ごめんなさい。水持ってきて頂戴。火傷してしまったわ。」
「申し訳ありませんでした。こちらをどうぞ。」
ロキは少し神妙な顔になる。怪我をさせたので流石に負い目を感じたようだ。そしてテーブルナフキンをすらりと持ち上げると目の前には氷と包帯があった。
「魔王様、そのままでいらして下さい。治療して差し上げます。」
ロキは氷を私の手に当てると回復法術を唱え始めた。
「ダークネスヒール…時限遡行回復開始。」
随分ともったいぶった回復魔術だ。そこまでしなくても火傷は癒えるのだが、やはりロキは根の部分は真面目ね。
「ありがとう。ロキ。痛みも熱さも大分引いてきたわ。」
「これからは私のハイセンスジョークを聞く時は手を飲み物から御放しになってお聞きください。」
「突然のタイミングでびっくりする話を振ってこない方が先ね。」
「それは出来かねます。私の細やかな楽しみですので。」
「そうだったわね。…まあいいわ。貴女も景色を楽しみなさい。」
「いつ来てもここは名前と正反対で美しいですね。魔王様。人間どもにはもったいないですわ。」
「まあ…とは言っても、いつまでも二人きりなのは寂しいと言えば寂しいわね。魔族の女の子達でも呼びましょうか。」
「私と二人きりでは嫌ですか。」
「そうは言ってないでしょ。まあ二人きりの孤独も私は愛しているわ。」
「それなら結構です。私は二人きり以外は嫌ですね。どうもごみごみしたのは好みません。」
「あんたら悪魔は皆孤独主義すぎるのよ。人間のマスターは平然と呪殺するし、私みたいな魔族に仕えても悪戯三昧で愛想をつかされるし、もうちょっと協調性ってのがないのかしら。」
「そんなものはあの海の彼方に捨てて生まれてきたのです。そういう生き物なのです。仕様がないでしょう。」
「改善はしようと思わないの?貴女ならたくさんの友人が出来るでしょうし、魔族との交流なら拒む気はないわ。」
「貴女だけのロキでは無くなってしまいますよ。本当にいいのですか?どこかに飛んでいくように居なくなってしまうかも?」
「…ずるいわね。ロキ。あんたにどっかに行かれたら確かに寂しいわね。否定しないわ。」
「フフ…百合の花咲き誇る海。思いついたのですがこの海岸の名前を「白百合海岸」にしませんか?」
「えっすごい甘ったるくて嫌なにおいがするからパスします。百合ってあんた…?そういう趣味の悪魔だったの…別に否定はしないけど、突然すぎて心の準備が出来てないわ。」
「冗談です。引っかかりましたわね!」
「てめえ!ロキ!やりやがったわね。」
そういう魔王ラミアを横目に見るロキは笑みが零れ出し満更でもなさそうだった。二人の間にいつか百合の花園が咲き誇るのかもしれない。
トリカブト海岸では潮騒の音だけが響いている。私達は散々喋ったり、手を火傷したりして疲れ果ててしまったのだ。
今はのんびりと休憩中である。そろそろ星が見える時刻になる。長い事この海岸にいたな。十時間はたっぷり居ただろうか、プライベートビーチで他所からの接触がないと時間の感覚がマヒしてしまう。
「そろそろ帰るわよ。ロキ。帰ったらお風呂を準備して頂戴。」
「承知しました。エイジアより連なりしケイオスの輪よ!今ここに形を成せ!次元転移陣!」
眼の前に魔王城直通の転移陣が現れ、そこを潜ると城の大広間だった。この後はお風呂に入り、夕食を取りもう寝るだけだ。なんのことの無い日常が約束されている。
私は風呂に向かった。大浴場とも呼べる浴室に一人で入る。いつもロキがついてくると言っても浴室まではついてこない。
一人だけの空間だ。湯浴みをしながら思考を練る。人間どもをどう統治するか?飴と鞭政策は功を奏している。悪魔的住民税を各地域の貧富の差によって調節して徴税する。そうすると人間の間の階級闘争を誘発することが出来るのだ。そして人類同士の戦争の被害が大きかった地域の土木作業を含めた復旧作業を飴として与える。
敢えて全面的に魔王軍の名前を出しながら…そうすることによって狂信的な女神教徒以外は魔王軍に対して恐怖以外にも暖かな信仰心のようなものを持ち始めた。これにより恐怖心以外の真っ当な信仰を集め、私の神としての格は悪神ではなく祟り神に変わり始めている。必要悪であり、絶対悪ではない。倒すと崩れるバランス。よって挑む者が余程強い信念を持っていない限り逆に人間どもから非難を浴びてしまうだろう。
そう…人間どもを無意識下から私は操っている。別にそうしようと思っていたわけではない。十年前のとある事情から私は人間を直接いびるのをやめて間接的に弄繰り回した結果がこれだっただけだ。
私は勇気あるものに一定の興味を示す事はあるが、大半の勇気無き羽虫、向上心の無い蛆虫には依然として興味など持ちえない。
またイケメンは念のため興味を持つことにしている。なんとなく…そうなんとなく興味を持っているだけだ。人間等に本気になったり私はしない。
私は風呂を上がった。フー何もしていないがゴロゴロした後の風呂は格別だ。何とも言えないまったり感があった。人間の事などを考えなければもっと心地良かっただろう。
さてと残りは夕食を取って寝るだけなのだが…なのだが…
「魔王様。御寛ぎの所恐縮ですが、勇者が現れました。現在中庭で迎撃中です。」
「分かった。大広間で待ち受けよう。どれ程の強者かな…?」
私は風呂から大広間に向かい、魔王専用椅子に座りヘッドセットを着用した。ブローニングの砲火を浴びる騎士の姿がある。真っ当な馬に乗っている騎士だが、馬は即座に射殺され地面に引きずり降ろされている。
騎兵用には短い槍を両手で振り回しながら進む騎士。ブローニングの弾を弾ききれずにどんどん被弾する。全身から血しぶきを上げるものの、女神の加護によって蘇生し、トボトボと歩き続ける。ブローニングの砲火網からは抜けた。取り囲むオーク達を鋭い槍の突きで葬っていく…
私はオーガ三体を投入した。次元転移陣から唸り声を上げるオーガが突撃していく。オーガは剛拳で騎士の持っている武器を殴った。槍がへし折れる。すかさず剣を抜くと華麗な剣捌きでオーガを一つ、二つ、三つとまるで数を数えるように打倒した。
「ほう…なかなか骨のある冒険者じゃないか。いいぞ!通せ。」
私の号令の下に大広間までの扉が開かれた。満身創痍の騎士は回復法術で何とか身に降りかかった傷を消す。
「何故私を倒すためにここに参ったのだ!答えよ。」
「貴女が天だからである。私の騎士道を試すために王は天を目指せと仰ったのだ。」
「何処のバカ殿だ?そんな事を貴様に教えたのは?我は冥府魔道の王、魔王である。」
「だが、人知れず善を為している。故に天である。問答に意味なし。我が君主を穢すな!いざ参る!」
「我が問答を中断するとは痴れ者が!貴様の死骸を君主の前に叩きつけてやるわ!」
鋼鉄の剣を抜刀し走り飛びつかんとする騎士。私は宙に舞いその突撃を避けた。霊力を込めた刃をカオスオーバーロードし、地面に投げつける。五本は纏めて投げつけたが、騎士は全てをいなし防いだ。私は踵に霊力を込めると飛び蹴りを放った。カオスグラウンドブレイク!騎士は胸で私の攻撃を受けて即死した。即座に女神の加護で蘇生する。
「はっ!女神の加護が利く敵が天のはずなかろう。」
「ガはッゴハッ…それでも貴女の天の行いを私は知っている。」
「そんな事を言っているから、バカ殿に突っ込まされるのだ。」
「あの方を否定するな。彼も私にとって天なのだ。」
「ならばその剣で打ち克つが良いぞ!天を掴む時では無いのか?」
「うおおお!行くぞ!我が究極の剣舞見よ!」
騎士の体から青白いマナがにじり出てきた。全てを掛けた剣舞が見れる。奴は私の前まで飛びかかり剣技の連閃をねじ込んできた。
騎士の連撃!袈裟斬り!無銘三連突!斬月!無叡剣!偃月斬!卍斬!破神斬!
全ての技をダーインスレイブでカオスオーバーロードしていなした…つもりだが最後の破神斬で首を撥ねられてしまった。神特攻の曲技。今どきの騎士はこんなものまで自在に使えるのか…驚きつつ私は首無しのままで目の前の騎士をダーインスレイブで串刺しにした。そのままダーインスレイブを霊子爆弾に転嫁。大霊爆。
騎士は四肢を完全に喪失し、ぼろきれの様に転がっていた。女神の加護で蘇生が始まっているがもうとても挑んで来ないだろう。馬と一緒にお帰り願おう。…返す前に一言声をかけてやることにした。
「オイ。人間。私の事を天というならば二度と挑むな。天は曇り果てることが無いから天というのだ。天に挑み落とさんとする愚行、それは神に弓を引く事に異ならない。これは肉の器にとらわれた人間には敵わない事なのだ。」
「そうか…天について誤解していたようだ。我が主君にも貴女の言う天を伝えさせて頂こう。さらば美しき魔王。夜でも光り輝く天よ。この闘い我が子孫に末代まで語り継がせてもらおう。」
そう言うとこちらの転移の導きに応じて騎士は消えていった。
「まったく私を指すならば夜空に浮かぶ月に例えるがいいぞ。まあ面白い人間ではあったから良しとしよう。寝るか。」
「魔王様、お食事を忘れていますよ。」
「ロキ。ありがとう。そういえば忘れていたな。今晩は何かな。」
「さっき倒した馬から採取した肉で作った馬刺しです。」
「ちょっとダイレクトクッキング過ぎないか?そもそも肉を剥がれた馬は蘇生して大丈夫なのか?」
「随分と人間に肩入れをしますね。きっと大丈夫ですよ。それとも騎士の生肉の方が良かったですか。」
「いや、私は人間の臭くてまずい肉は大嫌いなんだ。絶対に出すなよ。馬刺しは一応食べてみることにするわ。」
「人間の刺身は材料がよく飛び込んできますからいつでも作れますよ。」
「だからって作っちゃダメでしょう。うちは必要以上の殺しとか残虐行為をしないで経済的な恐怖をあおるエコノミック魔王城なの!御分かり?ロキ。」
「分かってます。分かってますとも。人間を食べる習慣は私にもありませんから大丈夫ですよ。」
その後、馬刺しを食べてみたが、ブローニングの弾が出てきて食べた歯が欠けてしまった。痛みがジクジク続く。ロキめ!図ったな!愚かで汚い肉の器に拘る人間の皆様は猟で取った獲物からはキチンと弾を抜きましょう。怪我をするからね。魔王ラミア様とのお約束だ。
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