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俺の名前は大場ユウ。十八歳の大学生だ。

女にモテたいと思っているが、今生の縁はない。チーン。

密かに来世にかけている。来世には俺は優雅な生まれになって美少女メイドに囲まれて生活するのだ。ムフフフフ…

そんな事を考えながら大学の近くの歩道を歩いていたのだが…プップーと言う音と共に何かが迫ってくる気配があった。

これはトラックだ。猛スピードでトラックが突っ込んでくる。これを避けることは出来ないだろう。俺は両手をクロスして咄嗟に自分を庇った。

キキードンッ!トラックはブレーキを掛けたのだろうが間に合わずに俺は死んだ。今は自分の体から抜け出して自分を見つめている。俺の人生が終わった。何て短くて切ない人生だったのだろうか。

今は魂が抜けてしまい見知らぬ花畑から下界の状況を眺めている。丁度俺の死体は病院に運び込まれたところだった。もう助からないだろうに…そして電話で呼ばれたであろう…両親が駆けつけてくれた。

泣き崩れる母親とそれを支える父親…ごめんなさい。親不孝な息子で…先に天界に行って待っています。

俺は花畑でぼうっとしていた。不意に吸ったことの無いはずのタバコが吸いたくなったが…無いよなあ。そんなもの。

「いいえ。ユウ。ありますよ。タバコ。どうぞ。銘柄は良くわかりませんけどね。」

「ああ…これはどうも…可愛い…貴女は誰ですか?天使?」

タバコに火を着けながら聞いた。初めて吸うタバコは苦くて渋い味だった。良くこんなものをみんな吸いたがるな。

「私は女神アイリス。貴方に選択を与えるために参りました。大場ユウ…貴方には二つの選択肢があります。このまま天国に向かうか、イスワルドというエキセントリックな新世界に転生するかの二択です。貴方はどちらを選びますか。」

俺は少し考え込むと当然と言った感じで答えた。

「天国に行かせてください。もうこの世に思い残した物は無いと言うと嘘になりますけど、どうしても生きている意味もありません。俺はもう死んだんだ。天国に行けると言うなら行きたいです。」

女神は少し黙ると同じ問いかけをしてきた。
「大場ユウ…貴方には二つの選択肢があります。このまま天国に向かうか、イスワルドというエキセントリックな新世界に転生するかの二択です。貴方はどちらを選びますか。」

えっ…さっき言ったよな。天国に行きたいですってどう言うことだ?天国にはいかせてくれないのかな?
「えーっと。女神様。ドーユーアンダスタン?俺は天国に行きたいんですが…」

俺の推測は絶望的なものへと変わっていった。
「大場ユウ…貴方には二つの選択肢があります。このまま天国に向かうか、イスワルドというエキセントリックな新世界に転生するかの二択です。貴方はどちらを選びますか。」

この問答を何回こなしたと貴方は思うだろうか?俺は頑張ったよ…百五十三回目…で折れた。

「分かりました。エキセントリックな新世界に向かいます。何か究極のスキルとかアイテムとかを与えてもらえるんですよね。」

「そうですか。御決断ありがとうございます。ユウよ。勿論転生時に特典を与えます。それは転生してからのお楽しみですね。それでは転生の儀式に参りましょう。」

女神は一呼吸置くと呪文を唱え始めた。
「ユウよ。異世界からの転生者たるギフテッドよ。そなたに仮初めの肉体を与えん。全ては人の世の抑止のために。魔を打ち砕き正義をなすのだ。それこそ転生者の勤めである。さあユウよ。イスワルドに羽ばたけ!そなたは自由だ!もう一度の人生を何かに掛けてみるのだ!」

女神の呪文の詠唱が終わると俺は光の渦に包まれていった。

「なんじゃこりゃ。何が起こっているの?女神様。怖い。何かめっちゃ怖いんだけど!」

「安心しなさい。ユウよ。貴方をイスワルドの安全な場所に転生させるのです。」

「そんな!勝手な。まだ心の準備とか色々必要なんですよ。勘弁してくださいよ!」

光の渦を抜けると目の前に光景が広がってきた。どうやら夜の森の用だった。女神の気配はもう感じないようだ。何故だか目の前が暗い…それに良い匂いがする甘くて優しい香りだ。

ムニムニ…?なんだこの感触は…柔らかくて暖かい。気持ち良くて安心する。良い匂いがする布団でも掛けといてくれたのだろうか。

っと…突然俺は物凄い力で締め上げられた。く…苦しい。目の前が開けた。長い金髪に碧眼の美少女がそこには居た。

「あんたねぇ…マスターだから多目に見てあげようと思ったけど…人に密着して匂いを嗅ぐわ…胸を揉んでくるわ…なに考えてんのよ!この変態!変態!」

「ぐええ…すみませんでした。不可抗力なんです!君は誰?」

「まず貴方の右腕を見てみなさい。」

「はい。剣を握っています。何か高そうな剣だな。」

「その剣は伝説の聖剣エクスカリバー。聞いたことはあるでしょう。あのアーサー王が使っていたものと同じ剣よ。そして私の名はエクス。エクスカリバーに宿る精霊よ。」

「えっ嘘だろ。あのエクスカリバー…しかも鞘が着いている。それに君はエクスカリバーの精霊って事はこれからずーっと一緒って事なのかな。」

ムフムフムフ…こんな美少女と四六時中一緒。これは天国や~。地上に天国が現れたのと一緒や~。

「こぉら!変な事考えない。私はあんたの嫁でも彼女でも何でもないのよ。ただエクスカリバーに精霊として取りついているだけ。闘い以外の時は暇潰しに外に出てやるけど、あんまり酷いとずっと中に籠っているからね。」

「了解!了解。それじゃあ一緒に旅に出よう。っていってもここが何処かも分からないんだけれどね。」

「何処かの森って感じね。エクスカリバーを何時でも抜ける様に構えておきなさい。敵襲があるかもしれないわ。」

「了解。エクス。さあどっからでも掛かってこいや!こっちには天下のエクスカリバーがあるんじゃ!」

「へぇ。そうかい。兄ちゃん。死にたくなかったら身に付けてるもんを全部おいていくんだな。」
えっこんな森に盗賊がいるのか…どうやって闘えば良いんだろう。ちょっと俺はパニクってしまった。

「マスター。敵を呼び込んでしまったようね。どうやらただの盗賊。私が導く動きに合わせてエクスカリバーを振りなさい。そうすれば敵は倒れるわ。」

「分かった。動きは任せるぞ。エクス!」

エクスはエクスカリバーの中に戻った。
盗賊との距離は五メートル。体がエクスに引き摺られる。盗賊は目前。エクスカリバーを大上段に構えさせられると思い切り袈裟斬りを放たされた。

盗賊は持っていたナイフで防ごうとするものの、ナイフごとエクスカリバーに両断された。大量に血を吹き出す盗賊。これは間違いなく死んでいるだろう。

人を殺してしまった。初めての殺人だった。その事実に恐怖し体がガタガタと震える。
その様子を見かねたエクスがエクスカリバーから出てきて話しかけてきた。

「大丈夫?マスター。怪我は無いんでしょ。何をそんなにブルブル震えているの?何処か痛むの?」

「エクス。俺は人を殺した事は初めてなんだ。今になって怖くなってきた。本当に人を殺したんだなって実感に押し潰されそうなんだ。」

「イスワルドで生きていくには大なり小なり殺人は避けられないわ。殺人をしたくないという考え方は尊敬できるけどね。」

本当の事を言うと人を殺したくらいでピーピー喚かないで欲しいわね。まあそれほど平和な世界からやって来たって事なんでしょうけれど。ここまで人殺しに抵抗のあるマスターは初めてだわ。

「分かったよ。きっと慣れていくよな。こういうのは最初の一人が一番怖いって言うし…次からは怖くなくなるだろう。」

「折り合いはついた?マスター。仕方ない。私が話し相手になってあげるわ。もう転生したっていう事実は受け入れられた?」

そうだ。俺は転生したんだ。イスワルドに殺人くらいじゃ罪にも何も問われないような野蛮な大地に転生したんだ。この先どうなるんだろう。確かにエクスって言う…俺の嫁が出来た事は嬉しいんだけど…文明人としては余りに未開なイスワルドに恐怖を覚えるよ。

「受け入れられた。俺はずっとエクスとイチャイチャしていたいだけだ。この世界で正直生活していきたくないよ。」

「何馬鹿な事いってんのよ。そんなまんまじゃ私も愛想を尽かすわよ。強くイスワルドで生きていきなさい。まずは街を探すわよ。私が顕現しているのにも貴方の魔力エネルギーが必要なんだから…街に行って休息を取らないとダメね。」

「ええ。エクスが消えちゃうの?それは嫌だなあ。早く街に行こう。この盗賊には墓も用意できないけど…許してくれ!」

俺達は謎の森を歩いて出口に向かった。一時間程歩いて森を抜けることが出来た。腕時計をしていたので時間の感覚は鈍らない。

原っぱに出る。辺りを見回すと街の明かりが見えてきた。そこに向かって歩いていく。到着した。

看板が立っている…ブリジストの街…か
衛兵に呼び止められた。

「君、何の目的でこの街に近づいたんだ。」

顕現していたエクスが答える。
「衛兵さん。私は彼と共に旅の途中でしてこの街に寄ったんですよ。決して怪しい者ではございません。」

「そうか…へへ…君が言うのなら間違いないだろう。通りなさい。」

俺達は許可を受けて中に入れることになった。

「エクス。凄いな。よくあの衛兵を言いくるめられたね。」

「せっかくの美人ですもの。活用できる時に活用しないとね。あんたに任せたら絶対揉め事になりそうだったし。気にしないで。利用できるものは何でも利用するのも生き延びる術よ。」

「利用なんて…そんなつもりは。」

「あくまで私はエクスカリバーに宿る精霊よ。人間の姿を取れるからって人間扱いしないで。所詮は物に過ぎないの。」

「そんな事言うなよ。エクス。俺にとって君は初めて出来た嫁なんだ。人間扱いするし、存分に触れ合わせて貰うよ。」

ゾクリとする私…ユウはやっぱり何処か異常だ。エクスカリバーの精霊の私にここまで夢中になるなんて…前世でも危ない性癖だったのだろうか。まあ操りやすいならそれに越したことはないか。

「さあ宿屋に向かおうか。エクス。」

「お金持っているの?マスター?」

「いいや。全然。無一文だね。どうしようか?」

「酒場に向かって依頼を受けるとか…私は現実世界の記憶しかないけれど…うっすらイスワルドの作法は分かっているわ。」

「それゲームの知識とかじゃないよね。確かにロールプレイングゲームだと酒場で依頼を受けてこなしたりするけどさ。この世界でもそうなのかな?」

「ゲーム?何それやったこと無いわ。まあ私の勘が信じられないんだったら…あんたに任せるけど。」

まあ聖剣の精霊がゲームを知っているはず無いか。ある知識も現実世界の中世の知識だろう。そして何故かイスワルドの知識も…女神様…回りくどい事しないで俺に直接知識を与えてくださいよ。話がこんがらがる。

「よし。俺の嫁…エクスを信じよう。まずは酒場に向かおう。そこで依頼と情報収集だ。」

俺達は街の奥へと歩いていった。入り口付近には民家ばかりで商店はない。奥には酒場があるはずという当勘だった。

明かりが着いている建物がある。それに酒臭い。ここが酒場だろう。

「おお…ここが酒場かな?初めて入るから緊張する。」

「一々下らない事で緊張しない方が良いわよ。イスワルドじゃそれではやっていけないわ。」

「そうだね。エクス。酒場の主人に話しかけてみるよ。おーい。ご主人。この街って何処にあるんですか?」

俺のすっとんきょうな質問に目をパチクリする酒場の主人。ここが何処の街かなんて聞かれることは初めてなんだろう。しかし落ち着いた顔になると語り出す主人。

「お兄さん。ここはオーディン大陸最南東の街…ブリジストだ。他に聞きたいことは?酒を飲みに来た訳じゃないんだろう。」

俺は意を決して話すことにした。何か知らない人とやり取りするの緊張するけど、イスワルドじゃ当たり前の事なんだ。よーしやってやるぞ!

「あーあー。ご主人。俺達は仕事を探しているんだ。何か良い仕事は無いかな?」

「この街での仕事か…あるぜ。鉱山に住み着いたコボルト退治だ。そこそこの金になる。もしかしてお兄さん無一文かい?」

フフフ…私は思わず吹き出してしまった。やっぱりマスターは無一文のろくでなしに見えるらしい。そうよねと全力で同意したいのを堪えた。それじゃあ流石に可愛そうだ。マスターの味方は一人は居ないとね。

「確かに無一文です…それがどうかしましたか?」

俺はプルプル震えながら答えた。恥ずかしいし頭に来てる…色々な感情が俺の中を飛び交っていった。仕方ないんだ。無一文なのは事実なんだから。

「それなら泊まる場所にも困っているだろう。そっちのお嬢さんと二人で特別に酒場の二階に泊めてやってもいいぜ。勿論コボルト退治の報酬から天引きさせて貰うがな。」

なんだそう言うことか…俺はてっきり無一文ならとっとと出ていけと脅されるのかと思っていた。話の分かるご主人で助かった。

エクスが口を開く。
「御言葉にあまえさせてもらいますわ。ご主人…どうもありがとうございます。」

「お嬢さんからも頼まれちゃあ断れないな。何であんた見たいな別嬪さんがこの冴えないお兄さんに連れられてるのか…まったく世の中は不思議で溢れているぜ。さあ今日は上の部屋で休むと良い。」

「ありがとう。ご主人。それじゃあエクス…二階の部屋で休もうか。」

俺達は酒場の二階の部屋に上がっていった。
粗末なベットが一つだけある。俺はそこに横たわった。エクスはどうするのだろう?

「エクス…寝ないのか?寝るとしたら…」

「それ以上言うな!変態!この変態!私も横になるけれど絶対に触らないで!分かったかしら?」

「…正直約束はできないよ。君は可愛いしな。ウヘヘ。」

「フン!触ってきたらぶっ飛ばすからね。もう言ったから寝るわ。お休みなさい。」

エクスはそう言うと俺の横に横たわった。
俺はエクスを抱き締めたい欲求を押さえながら悶々として眠りについた。
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