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亡国の姫君編

第55話 邂逅

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あれから私はどうなったのだろう。
転移してくる彼を待ち構えていたはずだが覚えていない・・・。

「おきな・・・・嬢ちゃん。しっかりしろー。」

ゴツい手で頬を叩かれる衝撃で私は目が冷めた。
コウさんではない・・・彼はもっと暖かくほのかにいい匂いがするのだ。
ゆっくりと腰に下げてあるカバンに手を伸ばして中のガラス瓶を確認する。
右から2番目・・・特級麻痺薬、これは私のお気に入りである。
彼には通じなくなってしまったが、それを指に付ける。

「うぅ・・・。」

「襲っちゃうぞー。」

ゆっくりと目を覚ますと白い長髪を後ろでまとめ、眼帯を付けたゴツい男がいる。
その風貌から、どうやら私はあの街で盗賊に捕まったらしい。

「ひっ!」

「お、やっと起きたか。」

「ここは・・・。」

「天国!」

見渡してみるとドアと階段だけが無限に入り乱れた空間にいた。
昔に王国で見た絵画にも見えるが、どちらかというと混乱薬の薬効を試した時に見える幻覚に近いようだ。
反対側の手で混乱薬を確認してみると使用した形跡はない・・・どうやら現実で間違いないらしい。

「地獄の間違いじゃ・・・・。」

「ハッハッハ、まぁそう言うなってここは無限に遊べる空間だぜ。」

「無限?どういうことですか?」

「あ?俺がここに来てからかなり経つが、1秒も進んでない。」

「はぁ・・・・。えっ!?」

「ほれ!」

男が煌めく金時計をこちらに見せる。
確かに秒針が微かに振動するものの、明らかに動く気配がない。

「それ、ちゃんと巻いてるんですか?」

「あぁ、そのはずだが・・・。」

「はぁ・・・。まぁ良いです。」

「ほれ。」

「ありがとうございます・・・。」

男に差し伸べられた手をゆっくりと私は取る。
(まぁ、親切そうだけど怪しいし・・仕方ないですよね。)
特級麻痺薬は文字通り触れた瞬間に強力な麻痺を起こさせる薬だ。

手を握った瞬間、私と男は同時に叫んだ。

「は?」
「あ?」

「なんで効かねえ・・・。」
「っていうか、あなたも薬を・・・。」

「嬢ちゃん、一体何者だ?」

「こっちのセリフですよ!」

「あん?俺は英雄グラス=グランツベルン!その人だ!」

「自分で英雄って言っちゃう辺りが・・・。」

「ははっ、まぁそう言うな!年下は好みじゃないんだが・・・どうだ嬢ちゃん、俺と今夜過ごさないかい?」

「はぁ・・・夜が来ないのにですか?」

「ハッハッハ!!違いねえ!!」

先程から私は、代々伝わってきた特級麻痺薬がこの男には全く通じていない事に疑問に思った。
そして疑問はもう一つあった。

「奇遇ですね、私はモニカ=グランツベルン・・・ちょっと待ってください・・・・。」

「あ?おめえまさか・・・・。」

男は背負っていた鎚を手に取ると地面に鎚の頭部を叩きつける。
持ち手の部分に掘られている紋章を見せつけてきた。

「この紋章に見覚えは?」

「見覚えも何も・・・私の家に代々伝わる紋章ですけど・・・。」

男は即座に頭を抱えた。
「かーっ!!どうりでアイツに似てるわけだ!!」

「アイツ?」

「ユリア=グランツベルン、俺の娘だ!」

「ユリア・・・・チエミお婆ちゃんの母親・・・ひいお婆ちゃんがそんな名前だったような・・・。」

「なら、薬が効かなかった事も納得だ・・・・あ?」
男はその場で倒れる。

「流石に代々改良してますよ・・・ってやっとですか、化物ですね・・。」

倒れた男は観念した表情で安心しきったように話す。
「おめえに言われたくねえよ!ってことは、お前さんはひ孫の下・・・・玄孫(やしゃご)ってことか」

「ですね・・・最悪なことに・・・。」

「はぁ・・・。まぁでも、玄孫とはいえ可愛いな。」

少女はゴミを見るような目で男を見下した。
「その・・・最低ですね・・・。」

「違う!嬢ちゃん!嫁さんにも似てるってことでだな・・・。」

「はぁ・・・。改良し尽くした歴代最高傑作の猛毒薬が何処かにあったはず・・・・。」

「ちょちょ!本当に、ごめんって!」

「次、触ったら本当に使いますからね!それに私は決めた人がいるんですから!」

「そうか・・・・ってことは嬢ちゃんは大体100年後から来たってことだな?」

「100年後というか、時計が動いてないからここが止まってるだけなんじゃないですか・・・。」

「たしかに!」

「薬屋なのに馬鹿ですね・・・。」

「馬鹿だけど調合は出来るから100年後も続いてる!」

「確かに・・・そしてその子孫ですか・・・・。」
私はその男の言う言葉に頷くしかなかった。

「で?嬢ちゃんはどうするんだ?」

「どうする?ここから出るに決まってますけど・・・。」

「出れないから、俺が此処にいるんだぜ?やっぱり俺の一族は馬鹿だな!ハッハッハッ!」

私は笑顔でカバンから猛毒薬を取り出す。
「もしかしたら猛毒薬で出れるかもしれませんよ?」

「ちょちょ!ごめんって!」

「はぁ・・・。どうやって此処に・・。」

「戦闘で戦ってたら此処にいた!」

「はぁ・・。」

「100年前だからな、覚えてねえよ!」

「なら何を覚えてるんですか?」

「一ヶ月ぐらいドアやら階段を調べまくった!そして一向に出れなかった。」

「はぁ・・・。馬鹿ですね。」

せめて彼と一緒にこの空間に来れればよかったのにと思う少女であった。

改めて見ると階段やドアだけではない外から持ち込まれたであろう、食器やら家具といった生活感を感じる物が宙に浮いている。
そしてこの空間唯一の広間では机と椅子を並べて、親子のような2人が話し合っていた。

「それで?お前さんが誘ってもそいつはスルーかよ!」

「はい。一生懸命アプローチをしてるんですけど・・・・。」

「かーっ!泣けるねえ!もしそいつにあったら俺がガツンと言ってやるよ!」

「はい。でもこのまま出られないとその人は・・・うぅ・・・。」

少女は未来を想像してしまい、啜り泣いた。

「なら急がないとだな!一族存亡の危機だ!」

男が机に立て掛けてある鎚を手に取り背負った瞬間だった。
ドアが光り大きな音と共に、見慣れた人物たちが落ちてきた。

「うぅ・・・」
「いてて・・・」
「いたいにゃ・・・。」

「コウさん!?どうやって此処に!」

「モニカ・・・無事でよかった!」

「あ?こいつか、お前さんが言っていた男っていうのは・・・。」

「はい・・・。」

「なんともぱっとしねえ奴だな!」

「出会ってそうそう、失礼なやつだな・・。」

「それじゃあ、もうちょっと失礼させてもらうぜ!」

「ちょっと!」

男は大きな鎚を力強く床に叩きつけた。
その衝撃で床の一部が砕けて少年達にぶつかる。

「くっ・・・。」

「いきなり何するんですか・・・って動けないこれは・・・。」
「し、痺れるにゃ・・。」
「動けないよーっ・・・。」

「そこのモニカ嬢ちゃんには劣るがどうだ?俺の調合した薬の効力は?」

何故か視界に麻痺状態が一瞬表示された。
それは男が床を砕いた破片に当たった後だった。

ゆっくりと少年は立ち上がる。
「モニカよりも劣るんだったら大丈夫だな。」

「あ?てめえも動けんのかよ・・・。」

「あぁ、割と頻繁に盛られてるからな・・・対策済みだ。」

「嬢ちゃん、本当かよ・・・。」

「うぅ・・・。」

「こんなに女の子を侍らせてるやつの何処が良いんだ?」

「それは・・・。」

「すでに落ちてた奴か。血筋だな・・・。」

床に伏せている獣人はその人物を見るやいなや驚いていた。
「この手際の良さ・・・。お前まさかにゃ・・・。」

「あん?誰だおめえ?」

「相変わらずだにゃ。変人グラス」

「あ?俺をそんな名前で呼ぶやつは100年ぶりだぞ!」

「あぁ、丁度そのぐらいになるのかにゃ?」

「あんた、まさか・・・ロモの姉御か?」

「そうだにゃ、死んだと思ってたけど・・・久しぶりにゃグラス坊。」

「その名前はやめてくれ姉御・・・。」

「ロモの知り合いか?」

「そうにゃ・・。」

「あ?お前、姉御の事呼び捨てかよ・・・。俺の玄孫の件と言い・・・一発行っとくか?」

「グラス待つにゃ。こいつは命の恩人にゃ」

「何!?そうだったのか?」

「あぁ」
「ついでにパートナーにゃ」
獣人は少年の背後に隠れるように抱きついた。

「おいおい、天下に名を轟かせた、神速の白虎様とあろう御方が・・・随分と丸くなったもんだな!」

「グラス坊、その名を言うんじゃにゃい。」

「ロモ、そうなのか?」

「あぁ、このロモの姉御はな・・・」

次の瞬間、男が勢い良くドアに向かって吹っ飛んだ。
「何もないにゃ。乙女には秘密がいっぱいなんだにゃ。」

「あぁ・・・そういうことにしとくよ・・・って玄孫?」

崩れたドアの残骸からゆっくりと男が現れる。
「あぁ・・・100年ぶりとはいえ痛いな・・・そこのモニカ嬢がな!」

「そうなのか、モニカ?」

指を指された少女は明後日の方向を向きながら棒読みをするように返事をする。
「いや・・・私はあんなガサツな人知りません。変質者なので倒してください。」

「おいおい、ひでーな!」

「そうだ思い出したにゃ、グラス坊の下の名前・・・グランツベルン。」

「あぁ、聞いて驚くなよ!俺は王国貴族グランツベルンの長男、グラス=グランツベルンだ!」

「元、貴族ですけどね。」

「は?まじか・・・嬢ちゃん。一体何があった?」

「確かユリアって人が浪費家で・・・。」

その言葉を聞いた男は跪き、絶叫した。
「ユリアぁぁぁああああああああっ!」

「大丈夫か、この人?」

「私の先祖なので・・・・まぁ、その・・・大丈夫じゃないです。」
「まぁこういう変人にゃ。」

「モニカ・・・・。」

「あんなにかわいい娘が・・・嘘だよな?」

「本当です!贅沢三昧だったらしいです!」

「なぁあああああああああああっ!」

玄孫から驚愕の真実を聞かされ、脳を破壊された男は床に伏せたまま動かなくなった。
目に入れても痛くない程の愛娘が原因で一族が没落してしまった事を皮肉にもその子孫から突きつけられたのである。

「話が見えないが、この人がモニカの先祖で高祖父に当たる人ってことか?」

「はい、なんでも100年間この空間に閉じ込められてるみたいです。」

「100年も・・・そりゃ狂うわけだな・・・。」

「いや、こいつは元から狂ってるにゃ。」

「モニカの先祖か・・・。」

その言葉に少女は涙目で懇願する。
「えっ!?ちょっと!こんな人と一緒にしないでください!本当に私は純粋にコウさんが好きなんです!」

「ゆるさん・・・・許さんぞ!小僧!」

「はぁ、どう見ても八つ当たりだにゃ・・・。」

「そもそも平凡そうなこいつに何がある?」

「天才、金持ち、最強ぐらいかにゃぁ?」

「はぁああああああああ?」

「そうでもないけどな。」

獣人は懐くように少年に頬をこすり付ける。
「屋敷と、巨万の富やら特典を大量に持っててテウリアの英雄・・・まさに私の王子様にゃ!」

「くっ・・・モニカよ!一族再興ためだ」

「はい・・・。」

「服を脱げ!」

「は?」

「そいつと添い遂げろ!」

「やはり、モニカの血筋だな・・・。」

リンやナシェたちは遠くからその様子を見ていた。
「さっきから見てますけどあの人は変人ですね。」
「モニカちゃんってこの人の子孫なんだ・・・」

少女は周りの反応を見て跪き、絶叫した。
「いやぁああああああああっ!」

「モニカ、大丈夫か?」

死んだ魚の目をしながら少女は懇願した。
「コウさん・・・殺してください・・・このまま私を・・・。」

「いや、俺はモニカのこと好きだぞ・・。」

「本当ですか・・・。」

「あぁ」

「グラス坊、お前言い過ぎだにゃ・・・。」

「姉御まで・・・。だが最強だけは譲れねえな・・・。」

「お前にゃ・・。」

男は眼帯に手をかける。
「おい小僧!勝負だ!」

「は?」
「待つにゃ!」

次の瞬間、ロモが男の眼帯に手を当てていた。
「姉御、何のつもりだ?」

「お前こそ何のつもりだにゃ。ただの勝負にそれを使おうとしたにゃね?」

「それは・・・。すいませんでした・・・。」

「分かればいいにゃ。」

「でもどうやって此処に。」

「あぁ、こいつだよ。」
少年はタブレット端末を少女に見せる。

「そういえばそうでしたね。」

「だけどさっきから調子が悪いみたいでな・・・。全然映らないんだよ・・・。」

「それは多分、ここには時間が流れていないからだと思います。」

「そうか・・・ということは時間空間的に隔絶された場所ってことか・・・。」

「あ?てめえがなんでそれを持ってる?」

モニカは怒るように喋る。
「もう黙っててくださいよ!」

「あぁ、すまねえ・・・。」
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