ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」

masuta

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第1章:広がりの章 〜運命の出会い〜

3 え?ふたり・・・。

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  重厚な玄関の扉が閉まると、外の世界の凍てつく寒さは一瞬で遮断された。 
 代わりに流れ込んできたのは、老舗の高級香木のような落ち着いた香りと、春の陽だまりを思わせる柔らかな暖気。
 嘉位は、球道を見送った際に冷えた額の汗を拭いながら、ようやく我が家に戻ったという実感を噛み締めていた。



   ◇



「千佳さん。お風呂、入れますか?」 香織の控えめな問いに、山本家の影の支配者とも言える執事・千佳は、完璧な所作で頭を下げた。 

「はい、もちろんでございます。楓様も先ほど済まされました。香織様、そして嘉位様……露天風呂の混浴も、既に準備万端整っておりますが?」

「……っ! 」 香織の心臓が、跳ねるように音を立てた。
 白雪のような肌が一瞬にして林檎のように染まり、視線は彷徨った末に足元へ落ちる。 

 嘉位もまた、不意を突かれて声を裏返した。 「……ち、違うんだ、千佳さん。そういう意味じゃなくて……先に香織に、と思って……」

「お二人ご一緒には、入られないのですか?」 千佳の追撃は止まらない。

 嘉位は即座に「入らないよ! 」と断言したが、その隣で香織が、潤んだ瞳で上目遣いに彼を見つめた。 

「嘉位さんは……入らないのですか?」 その問いが、純粋な疑問なのか、それとも微かな誘いなのか。

 嘉位の喉が小さく鳴った。


「お風呂、いくつもあるから大丈夫だよ。千佳さん、変な誤解を招くようなことはやめてくれ」 「では、私めを含めて三人での入浴というのは如何でしょうか?」 「……もっと誤解するだろう!」 

 嘉位の苛立ちを他所に、千佳は楽しげに目を細めた。 

「失礼いたしました。では、わたくしがお背中をお流し致しますわ」 「千佳さん、酔ってるだろう。
 もういいから、香織を案内してくれ」

 言葉のいたずらゲームは、終わりを告げた。千佳は、すこしつまらなそうに、目を細めていた。
 他のお使い人は笑ってはいけないと思いながらも、クスクスとこらえることができない。




   ◇



 混乱する香織を連れて千佳が浴室へと消えた後、嘉位は一人、自室へと戻った。 
 だが、扉を開けた瞬間に足が止まる。 部屋を間違えたのか、そのような事はない、しかし、中は異世界と言えばよいのだろうか、記憶に残る当たり前の景色が一変していたのである。まったく気が付くことは無かった。いつだろう、時間的計測をするのは無駄だと割り切った。既に、結論はいわずとも、この目でとらえている光景が、全てであるから。

「……これは、母さんだな」 
 部屋の主役であるはずのベッドが、かつての二倍はある巨大なものに据え変わっていた。これではまるで、誰かと共に眠ることを前提としているではないか。


 嘉位は苦笑を漏らしながらも、汗を拭い、軽く着替えを済ませて浴室へと向かった。 

 一年以上、多忙ゆえに放置していた肉体。湯船に浸かりながら四肢を伸ばすと、鋼のように固まった筋肉が悲鳴を上げるのが分かった。 

(……鍛え直さないとな。守るべきものが増えたんだ) 

 窓外に浮かぶ月を見上げながら、嘉位は静かに拳を握った。
 深呼吸をし、各国の経済状況、政治状況を見定めながら、静かに、瞑想にはいるのであった。



   ◇



 一方、香織は規格外の広さを誇る脱衣所と、大理石が敷き詰められた浴室に、言葉を失っていた。 
 湯船に身を沈めると、体の芯から強張りが解けていく。
 これからは、このスケールの違いに慣れていかなければならない。

 山本財閥の嫁として、そして嘉位を支える者として。香織は、湯煙の中で自らに新しい覚悟を刻んだ。



   ◇



 二時間後。 千佳が用意した上質な部屋着に身を包んだ二人は、広間へと集まった。 
 そこには既に、風呂上がりの楓がくつろいでいたが、両親の姿はない。 

「お父様たちは……?」 
「だめですわ、香織お姉さま。完全に出来上がってしまって、今夜はもう起きる気配もございません。
 わたくしたちだけで頂きましょう」 
 楓が、これまでとは打って変わった柔和な、それでいて凛とした態度で香織を誘った。

「楓さん……なんだか、雰囲気が変わりました?」
「……驚かせてしまいましたわね」 楓は自嘲気味に微笑み、視線を落とした。 

「最初は、お兄様を奪われるのが寂しくて……でも、お兄様から厳しいお叱りを受けたのです。それに、実を言えば……」



 楓が語ったのは、父親から命じられた「お芝居」の真実だった。

 香織を排除するための嫌がらせ。
 芸能プロダクションという餌に釣られ、悪女を演じていた日々。 

「香織お姉さま、本当にごめんなさい。最低なことをいたしましたわ」

「……気にしていないと言えば嘘になります。でも、いいんです」 香織は楓の目を見つめ、優しく微笑んだ。 

「これから、本当の姉妹のように仲良くしていきましょう」 その言葉に、嘉位は満足げに頷き、黙々と箸を進めた。

 空腹は、最高のスパイスだった。



   ◇



 夕食を終え、いよいよ夜が深まる。 
 千佳の案内で、二人は嘉位の部屋の前へと辿り着いた。 

「では、わたくしはここまで。嘉位様、香織様。ごゆるりと……」 千佳が深々と頭を下げて去ると、廊下には重厚な沈黙が降りた。

 意を決して嘉位が扉を開ける。 

 ――香織の瞳に飛び込んできたのは、部屋を占拠する巨大なベッドだった。
「……っ! 嘉位、これは、あの……」 
「僕も驚いたんだ。夕方までは普通のベッドだったのに。……とりあえず、腰かけようか」

 テレビで見たホテルのスイートルームを超越している。
 隅々まで整理されていた。疑問に思うのは写真や飾り物、野球のトロフィー等は一切置かれていない点である。

 キョロキョロと部屋を見渡す。豪華なお部屋はどこか殺風景である。静まり返る部屋。空調の音だけが、耳に静かに聞こえている。
 幾ら見渡しても、最後の視線を向けてしまうのは、大きすぎるベット、ここで、二人で、その、・・・顔が火照っているのが自分でもわかる。

 顔を見る事させできず、足元を見ていた。床暖房の暖かさを感じる事はできず、何をどのようにこの状況を表現して良いのかさえ、わからず、硬直してしまう。

 パニック状態の香織は、ベッドの端に浅く腰を下ろすと、震える声で言った。
  「え、えーと。……今日はお日柄も良く……」 


「……ぷっ、あははは!」 嘉位が耐えきれずに吹き出すと、香織も自分の支離滅裂な挨拶におかしくなり、緊張の糸がふっと解けた。

 二人は並んで座り、中学時代の思い出を語り合った。何気ない日常の話。
 だが、それが今の二人には何よりの贅沢に感じられた。 
 「……そろそろ、寝ようか」
 「はい……」


 男の人と同じベッドで眠る。
 初めての経験に、香織の心臓はドラムを叩くように高鳴った。 


 横たわり、嘉位の手がそっと香織の手に重なる。 
「……今日は、濃い一日だったね。産まれて一番のお正月だったよ。ありがとう、嘉位」
「僕の方こそ。……香織」

 嘉位が愛おしさを抑えきれず、そっと彼女を抱き寄せようと腕を伸ばし、大きな膨らみに――その瞬間。 
 香織の体が本能的に跳ねた。 

「ばーん!」
  乾いた音が静寂を切り裂いた。二度目の、そして運命の平手打ち。


「あ……ご、ごめんなさい! 嘉位、私、心の準備が……!」
「……ふふ、あはは。そうだね、徐々に、だね」 嘉位は頬を押さえながら、愉快そうに笑った。 

「心の準備ができれば……いいのかな?」
「……し、知りません! おやすみなさい!」

 香織は布団に潜り込み、耳まで赤くして背を向けた。 
 暗闇の中、トク、トクと響く互いの鼓動。 平手打ちから始まる、新年。

 たくましさ、同年代の男子のあどけなさ、両極端を持つ彼。

 今日の情報量の多さが整理しきれていないまま、恥ずかしい鼓動が、聞こえてしまうのではと思いながらも、ゆっくりと瞼を閉じた。


 現実なのか、夢なのか、後に世界を救うことになる彼を取り巻く絆の伝説は、まだ先の話である。 
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