ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」

masuta

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第1章:広がりの章 〜運命の出会い〜

16 実家に対する、焦る思いと、不安

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  大地が、唸りを上げて再び震えた。

 壁一面の大型モニターには、雪が降りしきる関東各地の映像が映し出されている。
 横転するトラック、闇に沈む街並み、そして各所で上がる黒煙。テロップの「M7.0」という文字が、禍々しい赤色で点滅していた。

 窓の外は豪雪によるホワイトアウトで、世界が白く塗りつぶされている。交通網は完全に麻痺し、救急や消防もまた、この雪に阻まれているはずだった。
 だが不思議と、モニター越しのサイレンは途切れることがない。一般車両が極端に少ない雪の道路が、皮肉にも緊急車両の動線を確保していたのだ。
 混乱に陥る中、この部屋だけが異質なほどの静寂に包まれていた。

 香織は隣に座る嘉位の手を、祈るように両手で包み込んでいた。指先が冷え切っている。 
 ふと、室内の照明が一瞬だけ瞬き、すぐに元の明るさを取り戻した。

「……いま、消えかけましたよね?」 「ああ。メイン系統から予備系統に切り替わったんだ」

 嘉位は香織の手を優しく握り返しながら、淡々と言った。
「一帯はすでに停電しているけれど、この家は電気系統を二重化してある。
 地下の蓄電池と自家発電が稼働したから、電気も暖房も落ちることはない。最悪の場合、近隣の人を受け入れるだけの容量もある」

 窓の外を見れば、そこには深海のような暗闇が広がっている。関東全域がブラックアウトしている中で、ここだけが陸の孤島のように光を灯していた。

「あ……」 香織はハッとして、自身のスマートフォンを取り出した。
 画面右上のアンテナ表示は『圏外』。Wi-Fiの扇マークだけが辛うじて繋がっているが、SNSを開いても読み込み中の円がくるくると回るだけで、メッセージは送信エラーになる。

「どうしよう……実家、大丈夫かな。お母さん、朝の電話でタンクの配管が凍ってるって言ってたし、球道も……」

 恐怖が足元から這い上がってくる。 電話も繋がらない。ネットもダメ。
 離れた家族の安否を知る術が、何一つない。 悪い想像ばかりが膨れ上がり、香織の呼吸が浅くなり始めたその時だった。



   ◇



 電子音が鳴り響いた。 嘉位がサイドテーブルから取り出したのは、見たこともない無骨な端末――衛星電話だった。

「はい。……ああ、助かります。ええ、業務提携済みでプロジェクト化もしています。全てつぎ込んでください。金に糸目はつけません。……ありがとうございます」
 短いやり取りの後、嘉位はその受話器をそっと香織に差し出した。

「心配なら、出てごらん」 「え……?」 「大丈夫だから」

 震える手で受け取り、耳に当てる。 『もしもし? 香織?』 ノイズの向こうから聞こえたのは、張り、明るい母の声だった。

「お母さん!? 無事なの!?」 『ええ、助かったわよ。全部、嘉位さんが手配してくれたの。そっちは大丈夫なのね?』 「嘉位が……?」
『詳しくは嘉位さんから聞いてちょうだい。私たちも球道もみんな無事よ。ああ、業者さんにお茶を出さないと。また後でね』
 通話が切れると、香織はその場に泣き崩れそうになった。母の声は元気そのもので、切羽詰まった様子など微塵もなかったからだ。

「嘉位、一体なにを……?」
 嘉位は安堵したように息をつき、涙ぐむ香織の頭を撫でた。

「昼間、君がお母さんと電話していたのが聞こえてね。配管の凍結トラブルがあると言っていただろう? だから、実家から一番近い関連会社に対応を依頼しておいたんだ」 「私の、電話を聞いて……?」 「地震で別のタンクにクラックが入ったらしいけど、派遣したベテラン溶接工がその場ですぐに塞いでくれたそうだ。さすが職人技だね」

 香織は言葉を失った。 自分がパニックになるよりもずっと前、地震が起きるよりも前に、彼はすでに手を打っていたのだ。

「もう山本家とも家族だからね。それに蓬田酒造は大切なパートナーだ。すべてをまるっと、安心して僕に任せて」

「……嘉位」

 香織はたまらず、嘉位の胸に顔を埋めた。 この人はどこまで深く、自分たちを守ろうとしてくれているのだろう。 安堵と感謝、そして愛おしさが胸いっぱいに広がり、涙が止まらなくなった。



   ◇



「もう一つの電話も、そろそろかな」
 嘉位が独り言のように呟いた直後、控えめなノックの音が響いた。

「失礼いたします」

 現れたのは千佳だった。お盆には、握りたてのおにぎりと漬物、温かいお茶が乗っている。 香織は慌てて起き上がろうとしたが、嘉位はそのままでいいと肩を抱き寄せた。

「千佳さん、ありがとう。夜食前のことだったし助かるよ」 「こちらで足りますでしょうか。火を使わずとも用意できるもので申し訳ございません」

「いえ、十分です。……千佳さん、こんな格好ですみません。でも、今はこうしていたくて……」

 嘉位の膝に頭を預けたまま謝る香織に、千佳は慈愛に満ちた微笑みを向けた。
「香織様、よろしいのです。好いた殿方に甘えるのは、乙女の特権でございます」 「……千佳さん」 

「本当に、嘉位様でようございましたね。あのような迅速なご判断、私共も感服いたしました」

 千佳もまた、嘉位の指示がいかに的確だったかを知っているのだ。 嘉位は「立ち話もなんだから」と千佳を隣に座らせた。
 余震は続いているが、この部屋にあるのは温かいおにぎりと、信頼できる人々の体温だけだった。

 千佳が語る昔話に耳を傾け、香織の心は次第に凪いでいった。 ふと気づくと、スマートフォンのアンテナが復活している。
 溜まっていた通知が一気に届き、友人たちからの無事を知らせるメッセージが画面を埋め尽くした。

「よかった……みんな、無事みたい」
 張り詰めていた糸が完全に切れ、急激な睡魔が香織を襲った。 嘉位が優しく背中をさする。

「安心したかい? 明日は鉄道も高速も動かないだろう。安全確認が済むまでは、ここでね」

「はい……一緒にいられれば、それだけで」
「では、一緒に寝ますか。今朝の続きを」

 嘉位のからかいに、香織は「し、ま、せん……」と弱々しく抗議したが、本心は違った。
 今はただ、この人の腕の中で眠りたかった。

「おやすみ」

 口づけが落ちてくる。 香織の意識は、温かく深い闇へと溶けていった。 
 規則正しい寝息を立て始めた香織を見て、嘉位は愛おしげにその髪を撫でる……
 その傍らには、再び何かが起きても即座に対応できるよう、衛星電話とタブレットが静かに光を放っていた。
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