17 / 474
第1章:広がりの章 〜運命の出会い〜
17 未来への一歩
しおりを挟む
嘉位の眠りは浅かった。 災害時特有の緊張感が、彼に二時間ごとの覚醒を強いている。
暗闇の中、スマートフォンの蒼白い光だけが鋭く輝いていた。画面には余震の震源地を示す地図が表示されている。
幸い、この数時間は大きな揺れはない。
隣を見れば、香織が子供のように無防備な顔で眠っている。
頬にかかる髪を払ってやりたいが、起こしては気の毒だ。嘉位は音を立てないよう息を潜め、再び目を閉じる。
そんな微睡みと覚醒を三度ほど繰り返した頃、カーテンの隙間から乳白色の朝が忍び込んできた。
完全に目が覚めた嘉位は、スマートフォンに届いた通知を確認した。 母からのメッセージが入っている。
『要するに、香織ちゃんはこの家で暮らし続けることになったのね』
全てお見通しか、と嘉位は苦笑する。 続いて蓬田家の母からも連絡があった。
『昨日のお礼と、今後の連絡方法について。本日14時頃、そちらへ伺います』とのことだ。
嘉位は短く、礼儀正しい返信を打ち込んだ。
ふと、千佳からのメッセージに目が留まる。 『ベッドヘッドの左側、隠し扉の中にございます』
何のことだ? 嘉位は身体を起こし、指定された場所を探った。一見するとただの装飾に見える羽目板が、指先で押すと音もなく開いた。
中身を見て、嘉位は一瞬動きを止めた。そして、千佳の、あるいは母の周到すぎる配慮に溜息をつく。 ――大人は、何もかもお見通しというわけか。
隣で寝息を立てる香織を見る。
地震の混乱の中、パジャマだけで避難してきた彼女は、その下に何も身につけていない。
無防備な寝顔と、災害という極限状態が作り出す危うい空気が、嘉位の理性を静かに揺さぶっていた。
――その時だった。 あの嫌な不協和音が、静寂を切り裂いた。
『緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください』
無機質なアナウンスが響く。香織が弾かれたように飛び起きた。 「きゃっ……!」 「大丈夫だ!」
嘉位は反射的に香織を引き寄せ、背後から抱きしめるようにして覆いかぶさった。
ガタガタと窓ガラスが鳴り、建物が軋む。 揺れは長く感じられたが、昨日ほど暴力的ではなかった。
「……収まったみたいだ」 「はぁ、はぁ……びっくり、しました……」
嘉位の腕の中で、香織の心臓が早鐘を打っているのが伝わってくる。
テレビをつけると、震源は茨城県。震度は5弱と表示されていた。
「大丈夫。ここは安全だから」
「はい……嘉位がいてくれて、よかった」
香織は嘉位の腕に自分の手を重ね、ほっと息を吐いた。だが、その安心も束の間、彼女はふと壁のカレンダーに目をやり、表情を曇らせた。
「今日……1月6日ですよね」 「ああ。明日から新学期だ」
その言葉が、現実に引き戻すスイッチだった。 学校が始まれば、寮に戻らなければならない。
この部屋で、こうして二人きりで朝を迎える時間は、これで最後になるかもしれない。
嘉位の腕の温もりが、急に切ないものに変わる。
「……涙が出てきちゃった」
「まだ怖かった? ごめん、もっと強く抱きしめようか」
「違います……」
香織は振り返り、嘉位の胸に顔を埋めた。 「今の幸せは今日だけのものなんだって思ったら……寂しくて」
見上げると、嘉位が優しく見つめ返していた。その瞳の奥に、自分と同じ熱が宿っているのを香織は感じ取った。 言葉はいらなかった。
香織は吸い寄せられるように、嘉位の唇に自分のそれを重ねた。
「香織……」 「嘉位……」
二人はベッドへと沈んでいった。
***
窓の外では、雪解けの水音が微かに響いていた。
――新しい年を迎え、二人は本当の意味で大人になった。
嘉位は、隣で微睡む香織の肩をシーツ越しに抱き寄せた。 事前の準備をしてくれた千佳に――いや、おそらくこの部屋を用意した母に――心の中で感謝しつつ、愛おしさが胸に溢れるのを感じていた。
香織は嘉位を見つめ返し、安心しきったようにその胸に頬を寄せた。
「……大好き」 寝言のような呟きを残し、香織は深い眠りに落ちていく。
嘉位もまた、彼女の髪の香りに包まれながら、心地よい疲労感と共に瞼を閉じた。
二人の間には、誰も踏み込めない強固な絆が結ばれた。
それが、これから訪れる想像を絶する困難に立ち向かうための、最初で最後の武器になることを、彼らはまだ知らない。
暗闇の中、スマートフォンの蒼白い光だけが鋭く輝いていた。画面には余震の震源地を示す地図が表示されている。
幸い、この数時間は大きな揺れはない。
隣を見れば、香織が子供のように無防備な顔で眠っている。
頬にかかる髪を払ってやりたいが、起こしては気の毒だ。嘉位は音を立てないよう息を潜め、再び目を閉じる。
そんな微睡みと覚醒を三度ほど繰り返した頃、カーテンの隙間から乳白色の朝が忍び込んできた。
完全に目が覚めた嘉位は、スマートフォンに届いた通知を確認した。 母からのメッセージが入っている。
『要するに、香織ちゃんはこの家で暮らし続けることになったのね』
全てお見通しか、と嘉位は苦笑する。 続いて蓬田家の母からも連絡があった。
『昨日のお礼と、今後の連絡方法について。本日14時頃、そちらへ伺います』とのことだ。
嘉位は短く、礼儀正しい返信を打ち込んだ。
ふと、千佳からのメッセージに目が留まる。 『ベッドヘッドの左側、隠し扉の中にございます』
何のことだ? 嘉位は身体を起こし、指定された場所を探った。一見するとただの装飾に見える羽目板が、指先で押すと音もなく開いた。
中身を見て、嘉位は一瞬動きを止めた。そして、千佳の、あるいは母の周到すぎる配慮に溜息をつく。 ――大人は、何もかもお見通しというわけか。
隣で寝息を立てる香織を見る。
地震の混乱の中、パジャマだけで避難してきた彼女は、その下に何も身につけていない。
無防備な寝顔と、災害という極限状態が作り出す危うい空気が、嘉位の理性を静かに揺さぶっていた。
――その時だった。 あの嫌な不協和音が、静寂を切り裂いた。
『緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください』
無機質なアナウンスが響く。香織が弾かれたように飛び起きた。 「きゃっ……!」 「大丈夫だ!」
嘉位は反射的に香織を引き寄せ、背後から抱きしめるようにして覆いかぶさった。
ガタガタと窓ガラスが鳴り、建物が軋む。 揺れは長く感じられたが、昨日ほど暴力的ではなかった。
「……収まったみたいだ」 「はぁ、はぁ……びっくり、しました……」
嘉位の腕の中で、香織の心臓が早鐘を打っているのが伝わってくる。
テレビをつけると、震源は茨城県。震度は5弱と表示されていた。
「大丈夫。ここは安全だから」
「はい……嘉位がいてくれて、よかった」
香織は嘉位の腕に自分の手を重ね、ほっと息を吐いた。だが、その安心も束の間、彼女はふと壁のカレンダーに目をやり、表情を曇らせた。
「今日……1月6日ですよね」 「ああ。明日から新学期だ」
その言葉が、現実に引き戻すスイッチだった。 学校が始まれば、寮に戻らなければならない。
この部屋で、こうして二人きりで朝を迎える時間は、これで最後になるかもしれない。
嘉位の腕の温もりが、急に切ないものに変わる。
「……涙が出てきちゃった」
「まだ怖かった? ごめん、もっと強く抱きしめようか」
「違います……」
香織は振り返り、嘉位の胸に顔を埋めた。 「今の幸せは今日だけのものなんだって思ったら……寂しくて」
見上げると、嘉位が優しく見つめ返していた。その瞳の奥に、自分と同じ熱が宿っているのを香織は感じ取った。 言葉はいらなかった。
香織は吸い寄せられるように、嘉位の唇に自分のそれを重ねた。
「香織……」 「嘉位……」
二人はベッドへと沈んでいった。
***
窓の外では、雪解けの水音が微かに響いていた。
――新しい年を迎え、二人は本当の意味で大人になった。
嘉位は、隣で微睡む香織の肩をシーツ越しに抱き寄せた。 事前の準備をしてくれた千佳に――いや、おそらくこの部屋を用意した母に――心の中で感謝しつつ、愛おしさが胸に溢れるのを感じていた。
香織は嘉位を見つめ返し、安心しきったようにその胸に頬を寄せた。
「……大好き」 寝言のような呟きを残し、香織は深い眠りに落ちていく。
嘉位もまた、彼女の髪の香りに包まれながら、心地よい疲労感と共に瞼を閉じた。
二人の間には、誰も踏み込めない強固な絆が結ばれた。
それが、これから訪れる想像を絶する困難に立ち向かうための、最初で最後の武器になることを、彼らはまだ知らない。
41
あなたにおすすめの小説
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ズボラ上司の甘い罠
松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。
仕事はできる人なのに、あまりにももったいない!
かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。
やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか?
上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。
私の守護霊さん
Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。
彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。
これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる