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つまるところ、厄介払い(3)
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三日間、私は日がな一日彫刻をして過ごした。
そして黒檀に似たスクルナグという木材が、大変気に入った。
スクルナグは黒檀と似てはいるが、本物の黒檀と違い彫りやすい。通常、木材は緻密であれば硬く加工が難しいのに、これはすんなり彫れるのだ。黒檀なんて、彫刻刀の方が刃毀れを起こすことすらある難易度の高い素材であるのに。
「うーん。香りも……良い……」
最高。私史上、最高。これはきっと私に限らず、多くの彫刻家にとって理想の彫刻材となりうる存在。
「ふふふ……」
この三日で仕上げた作品をズラリと並べた応接テーブルを前に、私はうっとりとそれらを眺めた。
私は花を彫るのが好きだ。無心で花びらを一枚一枚丁寧に彫っているときに、特に幸せを感じる。
よく彫る植物なら実物がなくても彫れるので、今テーブルの上は沢山の種類の花が咲いた華やかなものになっていた。
マリアナさんからもらったスクルナグは、まだまだある。さて、次は何を彫ろうか。
「……あ」
と、考えた矢先に私は現実に直面した。
「お久しぶりです、聖女様」
「宰相さん……」
そうだった。三日前に「三日後に沙汰を言い渡す」と宣告されて、その三日が経ったのだった。
丁度私がいたからか、宰相さんが応接テーブルを挟んで前のソファに腰を下ろす。
「これは……見事な彫刻ですな」
「……ありがとうございます」
「こんな状況でもなければ、これはこれで価値があるものだったでしょう」
「……っ」
思わず言い返しそうになり、私はそれをぐっと堪えた。
『自分にとっては価値が無い』。言外にあるそれは、元彼が言った台詞と同じ。本当にこの国は私の心を抉ってくる。
「勿論、聖女様だけのせいではありません。城の料理人たちも、客人を満足させることはできませんでした。どの料理もほとんど手付かずだったようで」
「……そうですか」
今、サラッと言った「聖女様だけのせいではありません」って、それつまり私のせいでもあるって言いたいのよね。
人選ミスをしたのはそっちのくせして。そりゃあ、死ぬところだったのを助けられはしましたけど!
「そこでですが、失敗に終わった会食は、手土産で挽回を図ることになりました」
「はぁ……」
別にここの国の外交事情なんて興味ないんですけど。早いところ沙汰とやらを聞きたいんですけど。
「何でも竜族は、珍しいものが好きな種族だとか」
「はぁ……そうらしいですね」
「クエルクス王子もやはりそうだとか」
「はぁ……そうですか」
「ですので聖女様におかれましては、『珍品』としてクエルクス王子への贈り物となっていただくことになりました」
「はぁ……そう……はい!?」
贈り物? 今、贈り物っていった? 普通、贈り物って人は含まれるの!?
――って、あったわ。女を貢ぎ物として差し出すとかいう話、普通に元の世界でもあったわ。妾とかそういう奴……!
「世にも珍しい異世界人なら、まあ三日くらいは城に飾ってもらえるのでは」
いや本当に『珍品』枠での贈り物かーい!
「聖女様におかれましても、こちらよりも待遇が良さそうな国で日々をお過ごしになられたいでしょう」
ここにいても良い待遇は期待できないと。まあ実際、穀潰しになっているよね。その穀潰しを強制的に喚んだのが、どこの国とは言わないけれど。
表面だけはニコニコと、宰相さんが私を見ている。私が「返答」ではなく、「了承」するのを待っている。
今回の私の処遇について、宰相さんに限らずここの国の人間は、竜族への手土産の確保と厄介払いを同時にできる妙案だと思ったことだろう。
ディーカバリアへ行っても、本当に歓迎されるかはわからない。けれど、少なくとも厄介者認定が決定しているこの国に留まるよりはマシかもしれない。
「……わかりました。ディーカバリアへ行きます」
私は自ら選んだという気持ちで、しっかりと宰相さんに頷いてみせた。
そして黒檀に似たスクルナグという木材が、大変気に入った。
スクルナグは黒檀と似てはいるが、本物の黒檀と違い彫りやすい。通常、木材は緻密であれば硬く加工が難しいのに、これはすんなり彫れるのだ。黒檀なんて、彫刻刀の方が刃毀れを起こすことすらある難易度の高い素材であるのに。
「うーん。香りも……良い……」
最高。私史上、最高。これはきっと私に限らず、多くの彫刻家にとって理想の彫刻材となりうる存在。
「ふふふ……」
この三日で仕上げた作品をズラリと並べた応接テーブルを前に、私はうっとりとそれらを眺めた。
私は花を彫るのが好きだ。無心で花びらを一枚一枚丁寧に彫っているときに、特に幸せを感じる。
よく彫る植物なら実物がなくても彫れるので、今テーブルの上は沢山の種類の花が咲いた華やかなものになっていた。
マリアナさんからもらったスクルナグは、まだまだある。さて、次は何を彫ろうか。
「……あ」
と、考えた矢先に私は現実に直面した。
「お久しぶりです、聖女様」
「宰相さん……」
そうだった。三日前に「三日後に沙汰を言い渡す」と宣告されて、その三日が経ったのだった。
丁度私がいたからか、宰相さんが応接テーブルを挟んで前のソファに腰を下ろす。
「これは……見事な彫刻ですな」
「……ありがとうございます」
「こんな状況でもなければ、これはこれで価値があるものだったでしょう」
「……っ」
思わず言い返しそうになり、私はそれをぐっと堪えた。
『自分にとっては価値が無い』。言外にあるそれは、元彼が言った台詞と同じ。本当にこの国は私の心を抉ってくる。
「勿論、聖女様だけのせいではありません。城の料理人たちも、客人を満足させることはできませんでした。どの料理もほとんど手付かずだったようで」
「……そうですか」
今、サラッと言った「聖女様だけのせいではありません」って、それつまり私のせいでもあるって言いたいのよね。
人選ミスをしたのはそっちのくせして。そりゃあ、死ぬところだったのを助けられはしましたけど!
「そこでですが、失敗に終わった会食は、手土産で挽回を図ることになりました」
「はぁ……」
別にここの国の外交事情なんて興味ないんですけど。早いところ沙汰とやらを聞きたいんですけど。
「何でも竜族は、珍しいものが好きな種族だとか」
「はぁ……そうらしいですね」
「クエルクス王子もやはりそうだとか」
「はぁ……そうですか」
「ですので聖女様におかれましては、『珍品』としてクエルクス王子への贈り物となっていただくことになりました」
「はぁ……そう……はい!?」
贈り物? 今、贈り物っていった? 普通、贈り物って人は含まれるの!?
――って、あったわ。女を貢ぎ物として差し出すとかいう話、普通に元の世界でもあったわ。妾とかそういう奴……!
「世にも珍しい異世界人なら、まあ三日くらいは城に飾ってもらえるのでは」
いや本当に『珍品』枠での贈り物かーい!
「聖女様におかれましても、こちらよりも待遇が良さそうな国で日々をお過ごしになられたいでしょう」
ここにいても良い待遇は期待できないと。まあ実際、穀潰しになっているよね。その穀潰しを強制的に喚んだのが、どこの国とは言わないけれど。
表面だけはニコニコと、宰相さんが私を見ている。私が「返答」ではなく、「了承」するのを待っている。
今回の私の処遇について、宰相さんに限らずここの国の人間は、竜族への手土産の確保と厄介払いを同時にできる妙案だと思ったことだろう。
ディーカバリアへ行っても、本当に歓迎されるかはわからない。けれど、少なくとも厄介者認定が決定しているこの国に留まるよりはマシかもしれない。
「……わかりました。ディーカバリアへ行きます」
私は自ら選んだという気持ちで、しっかりと宰相さんに頷いてみせた。
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