魔王の花嫁 ~夫な魔王が魔界に帰りたいそうなので助力します~

月親

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とんだ『花嫁』(2)

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 ざぁっと血の気が引く。
 隙を見て逃げようなんて、悠長に構えている暇など無かったのだと、後悔の念に駆られる。
 今からでも何かしら足掻くべきだ。そう考える頭とは裏腹に、私は呆然としてカシムを見つめることしか出来なかった。
 カタカタと奥歯が鳴る。
 その音が聞こえているはずなのに、絶望に凍りついた私が見えているはずなのに、カシムの無表情は崩れない。
 どうしてこうなった。どうしてこうなった。
 勇者は人を守るものじゃなかったのか。こういうピンチの時に助けてくれる存在じゃなかったのか。
 カシムの剣が振り上げられる。
 襲ってくるのが勇者だというのなら――

「助けて! 魔王様!」

 私は完全に自棄になって叫んだ。
 刹那、

「ぐはっ」

 やや離れた場所で、男の呻き声が上がった。

「え?」

 そして私の目の前には、カシムとは違う男が立っていた。

(誰!?)

 決して小柄ではないカシムを超える長身だ。短い銀髪は髪質が硬いのか、少しツンツンとしている。
 彼の視線の先を追ってみれば、カシムが倒れていてぎょっとした。
 何がどうなったのか。数メートル先で、カシムは仰向けで地面に転がっていた。先程の呻き声は、どうやらカシムのものだったらしい。
 倒れていたのも束の間、直ぐにカシムが上体を起こす。そして彼は銀髪の男を認めて、苦痛に歪んでいた表情をさらに歪ませた。

「貴様――魔王ギルガディス!」
「ご本人!?」

 あるいはカシム以上の衝撃を受け、私は思わず叫んだ。
 魔王が私を見る――かと思いきや、何故か彼は跪いた。
 近くなった銀髪が、私の目の前で揺れる。
 その真下、彼の指先が私の足首の鎖を摘んでいるのが見えた。
 直後、
 バキン
 バキン
 大きな音を立て、鎖は壊れた。それもやすく。魔王恐るべし。

「わわっ」

 ぼーっと見ていたところ、彼の立ち上がりざまに横抱きにされ、私は咄嗟にその肩にしがみついた。
 途端、彼が飛翔する。

「ええっ!?」

 ジャンプではない、フライだ。
 地面がみるみる遠ざかる。
 カシムが、森が、離れて行く。
 やがて最初に召喚されただろう村が見えるほどまで上昇した高さで、魔王は空中停止した。

「俺はギルガディス。ギルと呼んでくれ。お前は?」
「は、はい。花木沙羅です。沙羅が、名前」

 当然だがかなりの近距離から話し掛けられ、私はややつかえながらも何とか答えた。
 そろりと彼を見上げれば、人間とは違う少し尖った耳が見えた。

(う、わ……)

 そのまま視線を横に移動したところで、海底のような深い青色の瞳と目が合う。綺麗なのは瞳だけでなく、顔全体の造形もかなり美しい。見惚れるレベルに格好いい。

「サラか。覚えた」
「あ……」

 この世界に来て初めて呼ばれた名前に、ドキリと胸が鳴る。
 しかもニッと笑ったギルガディスの表情といったら、これがまたいい感じで。

(ちょっ、本当に勇者より魔王を推したいですけど!)

 ここが自宅のベッドの上なら、大いにじたばたしていたところだ。今はギルガディスの腕の中(空中)であるので、我慢しておくが。

「そのまましっかり俺に掴まっていろ。城へ戻る」
「は、はい」

 極めつけにいい声で、「俺に掴まっていろ」とか乙女心をくすぐる台詞まで言ってくる。
 まるで本当に最初から助けに来てくれたかのよう。そんな錯覚を起こさせるほど、ギルガディスは私を安心させた。
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