魔王の花嫁 ~夫な魔王が魔界に帰りたいそうなので助力します~

月親

文字の大きさ
13 / 105

夫婦以上、恋人未満(4) -ギル視点-

しおりを挟む
 風呂から上がった俺は、革張りのソファーに腰掛け、シナレフィーから貸してもらった本を広げた。
 『恋するあなたへ ~初めてのデート編~』。シナレフィーが言うには、唇へのキスはこの『デート』という段階を踏んでからが原則だとか。しかも『デート』を成功判定で終わらせた場合のみ可だとか。

『おい、魔王。魔王ってばよ』
「何だよ、魔王城。俺は今から、失敗できない重要なミッションにおける指南書をだな――」
『さっきお前の嫁が、お前のこと「格好いい」って言ってたぞ』
「何だって!」

 立ち上がった拍子に手から滑り落ちた本を、どうにか床に着く直前でキャッチする。
 危ない。これの持ち主は、本の汚れや折れに厳しいのだ。

「一人でこっそりそんなこと言ってるなんて、サラは照れ屋なんだな。うへへ」

 サラの部屋へと繋がる扉を見る。壁を透過する能力は持っていないが、可愛く俺に思いを馳せている嫁の幻が見えた気がした。

『今、「格好いい」とは真逆の顔になってるぞ』
「いいんだよ! 彼女といる時はキリッとするから」
『ボロが出るのも時間の問題だな』
「そんなことはない。俺的には、格好良くサラを助け出したし、最初のキスも決まったと思っている」
『見栄を張るのは止めておけって。そういう垣根が無い方が、良い夫婦ってもんだ』
「ぐ……」

 正論を繰り出してきた魔王城に二の句が継げず、黙ってソファに座り直す。

『まあ、オレが見た感じじゃ、お前が素を出しても嫁の好感度は寧ろ上がると思うぞ』
「よしわかった。明日からはそれで」

 そういうことなら取り繕う必要なんてない。
 俺は先程まで見ていた本を、もう一度広げた。
 パラパラ
 本の頁を捲る。
 捲って、悩み、唸る。

「安全性を考えるなら、慣れたうちの城下町でするのがいいんだろうけど……あそこじゃ本に載ってるようなデートは難しいよなぁ……」

 魔物は基本物々交換の生活のため、通貨が流通していない。だから商店は少なく、しかも客が被らないようそれぞれが離れて建っている。ウィンドウショッピングとやらをするには、向いていない街の構造だ。
 ちなみに先人シナレフィーは、本を漁りに頻繁に人間の街へ行っていたため、その辺の人間より余程人間の街に詳しかったとか(ミア談)。

『根本的なことを聞くとさ、魔王。仕事を手伝ってくれと頼んだ矢先から、デートに誘うってどうよ?』
「え?」

 街以外のデート例を探し始めていた俺は、魔王城の問いに手を止めた。

『「え?」じゃないって。お妃さんに仕事手伝ってくれって言って、彼女がわかりましたって答えた。そこで二人で街へ行こうって話を出したら、良くて『視察の同行』。悪けりゃ、仕事に不真面目な男認定だ』
「! 良くても悪くてもデートじゃない!」

 突き付けられた事実に、思わず本を閉じてその背表紙に額を打ち当てる。
 『キスの時間』は良い感じにこなせたから、デートも楽勝と思いきや……甘かった。

「――待てよ。街の視察だと思われるなら、いっそそれを利用してしまえばどうだ。視察が終われば、そこから城まで帰る道中は仕事じゃない、よってデートになる。名案だ!」
『視察って名目なら、出掛けるのは夕方からにしておけよ。昼間までは閑散としてる場所が多いから』
「わかった。本当に気が利くよな、魔王城は」
『オレも早いところ魔界の本体に帰りたいからな。その方向に舵を切ったお前のことは、評価してんだよ』

 照れたような魔王城の声(テレパシー)がして、それを最後に魔王城の気配は遠ざかった。
 サラがくれた情報で、魔界への帰還計画は大幅に進展した。やっぱり彼女は、出会うべくして出会った俺の嫁だったに違いない。

(何かこう……つい触りたくなるし、というか気付いたら触ってたし)

 撫でた髪のくすぐったさ。キスした頬の、柔らかさ。

「うん。俺はサラが好きだな」

 俺はここからでは聞こえないだろう言葉を、彼女の部屋に向かって言った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

処理中です...