85 / 105
エリス(3) -カシム視点-
しおりを挟む
(エリスは無事なのか!?)
イスカの西に広がる森を直走る。村の上空に魔王が現れたようだが、それどころではない。
「くそっ、もっと早く動けっ」
怪我でままならない足を叱咤しながら、上手く呼吸ができない胸を手で押さえながら、懸命に走る。――竜殺しの剣が鎮座した、あの忌々しい場所へと向かって。
『カシムがちゃんとした勇者になっていたら、あんな目に遭わずに済んだのに。可哀想だね、エリスは』
笑いながらそう言った、ジラフの顔を思い出す。
自分以外の『特別』である俺がこうして無様に走ることで、今頃あいつは多少は溜飲を下げているのかもしれない。
(やけに静かだ。魔界への帰還が近いのか?)
魔王がイスカに現れたのは、転移のオーブを狙ってのことだろう。
魔王との力の差は歴然だった。誰が向かおうと奴を止めるのは不可能だ。
(もう、それでいいのかもしれない)
イスカの村が立ち行かなくなると思い行動した結果が、これだ。エリスを害する村のために、どうして尽くす必要がある。このままエリスを連れでどこか遠くへ行けばいい。
(初めから、そうしていれば良かった)
召喚した異世界人を殺し損ねたあの日、噂を聞きつけたエリスは明らかにホッとした表情を見せていた。異世界人が死ななければ自分の身が危ないことを知りながらも、だ。
十年前の火事のときも、そうだった。火に呑まれた家の二階にいた彼女は、助けに来た俺に対し、先に隣の家の子供を助けるよう頼んできた。
構わずエリスを助けようとした俺を見て、自ら火の海に入ろうとした彼女に心臓が止まりかけたことは、今でも鮮明に覚えている。十二だった俺よりさらに七も年下でありながら、彼女は大人びていた。
何とか子供を助け出し、エリスも助け出せたものの、怪我が元で彼女の片足は歩くことができなくなっていた。それなのにエリスは子供が助かったことに心から喜び、俺に礼を言った。そんな彼女に憂えることなく生きて欲しいと願うなら、やはり犠牲の上に成り立つ未来ではいけないのだ。
「――エリス!!」
開けた場所に出ると同時にエリスの姿を見つけ、俺は彼女へと駆け寄った。
石碑を取り囲む石畳の上、石碑に縛られたエリスがこちらを振り返る。彼女は申し訳なさげに、眉尻を下げた。
「そんな顔、お前がする必要なんてない」
エリスの傍で跪き、俺はその頬をそっと撫でた。顔に掛かった浅葱色の髪の一房を、耳に掛けてやる。それから俺は、エリスの状態を改めて確認した。
両手は自由なものの、胸の下から腰に掛けて幾重にも縄が巻き付けられている。ご丁寧にも縄は数本に分けられているようだった。すべての縄を順に切っていくしかない。
俺は佩いていた紐飾りの付いた短剣を抜いた。
「それ……私があげたものだね」
こんな状況だというのに、エリスが紐飾りを見て嬉しそうに笑う。
ギリッ……ギ……
魔物素材で作られた頑丈な縄に、短剣で切れ目を入れていく。手元が狂わないよう、慎重に慎重を重ねて。
ブツッ
やがて一本目の縄が外れた。
イスカの西に広がる森を直走る。村の上空に魔王が現れたようだが、それどころではない。
「くそっ、もっと早く動けっ」
怪我でままならない足を叱咤しながら、上手く呼吸ができない胸を手で押さえながら、懸命に走る。――竜殺しの剣が鎮座した、あの忌々しい場所へと向かって。
『カシムがちゃんとした勇者になっていたら、あんな目に遭わずに済んだのに。可哀想だね、エリスは』
笑いながらそう言った、ジラフの顔を思い出す。
自分以外の『特別』である俺がこうして無様に走ることで、今頃あいつは多少は溜飲を下げているのかもしれない。
(やけに静かだ。魔界への帰還が近いのか?)
魔王がイスカに現れたのは、転移のオーブを狙ってのことだろう。
魔王との力の差は歴然だった。誰が向かおうと奴を止めるのは不可能だ。
(もう、それでいいのかもしれない)
イスカの村が立ち行かなくなると思い行動した結果が、これだ。エリスを害する村のために、どうして尽くす必要がある。このままエリスを連れでどこか遠くへ行けばいい。
(初めから、そうしていれば良かった)
召喚した異世界人を殺し損ねたあの日、噂を聞きつけたエリスは明らかにホッとした表情を見せていた。異世界人が死ななければ自分の身が危ないことを知りながらも、だ。
十年前の火事のときも、そうだった。火に呑まれた家の二階にいた彼女は、助けに来た俺に対し、先に隣の家の子供を助けるよう頼んできた。
構わずエリスを助けようとした俺を見て、自ら火の海に入ろうとした彼女に心臓が止まりかけたことは、今でも鮮明に覚えている。十二だった俺よりさらに七も年下でありながら、彼女は大人びていた。
何とか子供を助け出し、エリスも助け出せたものの、怪我が元で彼女の片足は歩くことができなくなっていた。それなのにエリスは子供が助かったことに心から喜び、俺に礼を言った。そんな彼女に憂えることなく生きて欲しいと願うなら、やはり犠牲の上に成り立つ未来ではいけないのだ。
「――エリス!!」
開けた場所に出ると同時にエリスの姿を見つけ、俺は彼女へと駆け寄った。
石碑を取り囲む石畳の上、石碑に縛られたエリスがこちらを振り返る。彼女は申し訳なさげに、眉尻を下げた。
「そんな顔、お前がする必要なんてない」
エリスの傍で跪き、俺はその頬をそっと撫でた。顔に掛かった浅葱色の髪の一房を、耳に掛けてやる。それから俺は、エリスの状態を改めて確認した。
両手は自由なものの、胸の下から腰に掛けて幾重にも縄が巻き付けられている。ご丁寧にも縄は数本に分けられているようだった。すべての縄を順に切っていくしかない。
俺は佩いていた紐飾りの付いた短剣を抜いた。
「それ……私があげたものだね」
こんな状況だというのに、エリスが紐飾りを見て嬉しそうに笑う。
ギリッ……ギ……
魔物素材で作られた頑丈な縄に、短剣で切れ目を入れていく。手元が狂わないよう、慎重に慎重を重ねて。
ブツッ
やがて一本目の縄が外れた。
0
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。
甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。
だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。
それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。
後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース…
身体から始まる恋愛模様◎
※タイトル一部変更しました。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる