魔王の花嫁 ~夫な魔王が魔界に帰りたいそうなので助力します~

月親

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エリス(3) -カシム視点-

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(エリスは無事なのか!?)

 イスカの西に広がる森をひた走る。村の上空に魔王が現れたようだが、それどころではない。

「くそっ、もっと早く動けっ」

 怪我でままならない足をしつしながら、上手く呼吸ができない胸を手で押さえながら、懸命に走る。――竜殺しの剣ドラゴンスレイヤーが鎮座した、あの忌々しい場所へと向かって。
 『カシムがちゃんとした勇者になっていたら、あんな目に遭わずに済んだのに。可哀想だね、エリスは』
 笑いながらそう言った、ジラフの顔を思い出す。
 自分以外の『特別』である俺がこうして無様に走ることで、今頃あいつは多少は溜飲を下げているのかもしれない。

(やけに静かだ。魔界への帰還が近いのか?)

 魔王がイスカに現れたのは、転移のオーブを狙ってのことだろう。
 魔王との力の差は歴然だった。誰が向かおうと奴を止めるのは不可能だ。

(もう、それでいいのかもしれない)

 イスカの村が立ち行かなくなると思い行動した結果が、これだ。エリスを害する村のために、どうして尽くす必要がある。このままエリスを連れでどこか遠くへ行けばいい。

(初めから、そうしていれば良かった)

 召喚した異世界人を殺し損ねたあの日、噂を聞きつけたエリスは明らかにホッとした表情を見せていた。異世界人が死ななければ自分の身が危ないことを知りながらも、だ。
 十年前の火事のときも、そうだった。火に呑まれた家の二階にいた彼女は、助けに来た俺に対し、先に隣の家の子供を助けるよう頼んできた。
 構わずエリスを助けようとした俺を見て、自ら火の海に入ろうとした彼女に心臓が止まりかけたことは、今でも鮮明に覚えている。十二だった俺よりさらに七も年下でありながら、彼女は大人びていた。
 何とか子供を助け出し、エリスも助け出せたものの、怪我が元で彼女の片足は歩くことができなくなっていた。それなのにエリスは子供が助かったことに心から喜び、俺に礼を言った。そんな彼女に憂えることなく生きて欲しいと願うなら、やはり犠牲の上に成り立つ未来ではいけないのだ。

「――エリス!!」

 開けた場所に出ると同時にエリスの姿を見つけ、俺は彼女へと駆け寄った。
 石碑を取り囲む石畳の上、石碑に縛られたエリスがこちらを振り返る。彼女は申し訳なさげに、眉尻を下げた。

「そんな顔、お前がする必要なんてない」

 エリスの傍で跪き、俺はその頬をそっと撫でた。顔に掛かった浅葱色の髪の一房を、耳に掛けてやる。それから俺は、エリスの状態を改めて確認した。
 両手は自由なものの、胸の下から腰に掛けて幾重にも縄が巻き付けられている。ご丁寧にも縄は数本に分けられているようだった。すべての縄を順に切っていくしかない。
 俺はいていた紐飾りの付いた短剣を抜いた。

「それ……私があげたものだね」

 こんな状況だというのに、エリスが紐飾りを見て嬉しそうに笑う。
 ギリッ……ギ……
 魔物素材で作られた頑丈な縄に、短剣で切れ目を入れていく。手元が狂わないよう、慎重に慎重を重ねて。
 ブツッ
 やがて一本目の縄が外れた。
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