魔王の花嫁 ~夫な魔王が魔界に帰りたいそうなので助力します~

月親

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勇者カシム(2)

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 場所が玉座だろうが何のその、気が付けばいつもと変わらないギルとの遣り取り。
 他愛ない話をして、時にお互いが照れて会話が途切れて。
 ギィ……
 今も丁度そんな会話が途切れた瞬間で、だからこそ私はその静かな音を聞くことができた。そんな、些細な音だった。
 謁見の間の出入口、両開き扉の片側がゆっくりと開かれる。

「……え?」

 そこから現れた人物に、私は自分の目を疑った。

「カシム」

 私がそうするより先に、ギルがその名を口にする。

「サラ。お前の結界は効いているが、俺から離れるなよ」

 ギルが小声で言って、それから彼は私を立ち上がらせた。続いて彼自身も立ち上がる。

(カシム?)

 扉が開いたときと同様、酷くゆっくりとした動きでカシムがこちらに向かってくる。一見覇気の無いそのゆらゆらとした足取りが、私には不気味に感じられた。

「やっぱりカシムは来たか。面倒だな」

 ギルがボソッと独りごちる。

「魔王城全体に魔法陣の効力が掛かってるから、干渉する空間移動は使えない。他の魔法も匙加減が苦手だし……仕方ない、時間が来るまで物理で――」
「待ってギル、あの剣……」

 私は、カシムの対処方法を考え始めたギルの服の袖をくいっと引いた。
 カシムとの距離が徐々に縮まり、そこで私はようやくその存在に気付けた。
 初日に私を殺そうとした長剣とも、精霊の村で突き立てられた短剣とも違う、磨かれた鏡面のような刃をした大剣。
 森で見たあの曰く付きの剣が抜かれたなら、きっとそんな姿をしている。そう思うような剣を、カシムは手にしていた。

「まさか、竜殺しの剣ドラゴンスレイヤー?」

 ギルが呟く。恐れていた言葉を。
 一歩、また一歩カシムが近付いてくる。その度に、剣先から毒々しい紫の液体がポタリポタリと床に落ちた。
 カシムが着た服にも、同じような色をした汚れが見受けられた。加えて、蔦や葉の切れ端のようなものも付着していた。

(もしかしてそれ……食人蔦を……?)

 カシムのなりから想定した事態に、足元がぐらつく。
 そう考えれば、カシムの服の汚れが返り血にしか見えなくなる。本当に食人蔦を斬ってきたというのなら、その表現は正しいだろう。魔物であっても、それは命を奪われた者の血なのだから。

「どういうことだ? あいつのサラとの契約は解けていない。次の嫁は娶れないはずだ」
「考えるのは後! ここは逃げるところ!」

 私はハッと我に返って、ギルの手を取った。そのまま玉座の後ろにある扉に向かって走り出す。
 ギルはきっと誰より強い。けれど、相手がギルにとって即死な効果を持つ武器を持っている場合は別だ。特定の攻撃でラスボスも一撃というゲームも、稀ではあっても実在するのだから。
 勇者を前にした魔王にあるまじき行動と言われても、知ったことじゃない。私にとってギルは、『魔王』の前に『好きな人』だ。
 私はギルとともに、全力でこの場から逃げ出した。
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