魔王の花嫁 ~夫な魔王が魔界に帰りたいそうなので助力します~

月親

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勇者カシム(3)

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 魔王城の廊下を行く。
 ギルの魔法で私の足は速くなり、追い掛けてくるカシムとの距離は保たれたままだ。

「これ以上も速くできるが、そうすると多分サラが曲がり角を曲がれない」
「細やかな気遣い、ありがとう!」

 ギルが言うように、今の私の走る速度は人間のそれではない。それにカシムはピッタリ付いてきている。

(覚醒した勇者は竜のような腕力で剣を抜くという話だったけど、脚力の方も増し増しですか!)

 通常なら見落としそうな脇道に入っても、カシムは迷わず追ってくる。
 何度か試して思い出した。そうだった、勇者もミニマップが見えているんだった。そりゃあ敵のマークを追ってくるよね、参った。

「異世界人のお前が大人しく消えていれば!」

 これまで無言で私を追ってきていたカシムが、突然叫んだ。

「お前が消えてさえいれば、エリスは――妹は死なずに済んだのに!!」
「え……」

 まったく想定していなかったその訴えに、つい動揺して走る速度が落ちる。

(しまった)

 慌てて足を動かすも、立て直す間にカシムとの距離が縮まってしまう。

「そうか。他に身内がいたなら、次の嫁を娶れなくともそいつが条件の対象になる」

 ギルが「誤算だった」と続ける。私にはその声が、どこか遠くから聞こえたように感じた。
 確かにあの森でカシムが口にしたのは、『一族の犠牲』。『妻』とは言わなかった。

(でも……でも、実の妹だなんて)

 「勇者の一族も被害者」、そんな簡単な言葉では片付けられない。カシムが私を恨むのは当然だろう。
 私を恨んで、ギルを恨んで。
 そして彼は、自分をも恨んでいる。身も心も壊しても、省みないほどに。

「ギル」

 一言、彼の名だけ呼び、私は繋いだ手を離した。
 長い直線廊下の途中で足を止める。それから私はギルとカシムとの間に立つよう、一歩前に出た。
 衰えない勢いのままに、カシムが脇目も振らずこちらを目指してくる。
 彼の走った後を点々と、液体が廊下を濡らしている。
 先程見た紫色ではなく、彼の赤い血が。

「殺す……お前たちを殺してやる!!」

 カシムが竜殺しの剣を構える。
 手は放したのに、ギルは私の後方から離れようとはしなかった。私がこの場にいるからというのもあるが、私に考えがあることも彼にはお見通しなのだろう。
 ダダダッ
 床を鳴らしながら、カシムが駆けてくる。
 そしてあと一歩の距離まできて――

「させるかぁあああ!」

 メリメリグガシャァアッ
 彼は、私は踏み抜いた床とともに階下に落下した。
 ズズーーーン

「――あ、闇の精霊のときの」

 暫し呆気に取られていたギルが、ポンッと手を打つ。呆気に取られていた理由が、声優さんでもなければ言う機会が無さそうな台詞を言ったせいではないことを祈る。
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