魔王の花嫁 ~夫な魔王が魔界に帰りたいそうなので助力します~

月親

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勇者カシム(4)

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(勇者は落下してもへっちゃらの法則は、適用される……よね?)

 私は恐る恐る、出来たてほやほやの大穴を覗き込んだ。
 剣を持ったまま倒れているカシムは、ピクリとも動かない。

「死んでない……よね?」

 不安に駆られ、私は先程離したギルの手をまた握った。

「死んでいたら強制送還されるから、死んでないな」
「そういえば、そうでした」
「ダメージもそう無さそうだし、びっくりして気絶でもしたかな」

 びっくりするしない問題、再び。
 ギルの返事に、ホッと胸を撫で下ろす。いくら自分を殺すつもりで襲ってきた相手でも、こちらまで殺人者にはなりたくない。

「ん?」

 やはり動かないカシムの様子を見守っていた私は、ふと違和感を覚えた。

「え? え?」

 大穴を覗く私の視界に、映るべきものが映っていない。私の――足が無くなっていた。

「なんっ、何で!?」

 私は地面に立っている。その感覚がある。有るのに、無い。
 呼吸が浅くなる。ふくらはぎが消え、今は大腿が半透明となって消えようとしていた。

「!? 探索蝶!」

 叫んだギルに、私はただ反射的に彼の視線を追った。
 そこにあった光景は、天井にびっしりと止まった、おびただしい数の赤い蝶。
 『失せ物探し用に飼育された魔物です。情報が伝達されたなら色が赤く変わるので、妨害は間に合ったようですね』
 それなら、妨害が間に合わなかったら?
 大腿が完全に消え、次に腰が半透明となって行く。
 ドクン
 心臓が一度、大きく跳ねた。
 探索蝶の作用が全身に回ったなら、私はきっと蝶の主の元に連れて行かれる。
 そのとき、もし私が何かを、誰かを手にしていたなら……?
 震える自分の手を見る。その手の先を見る。
 ギルを見る。

「サラ! 俺の手を絶対に離すな!」

 青ざめた彼の顔が目に入った。

(そっか。それが『答』なんだ)

 範囲は胸へと広がり、もう時間が無いことを示している。
 不意に、ポゥッとギルの身体が淡い光に包まれた。魔法陣が放っていたものとよく似ている。
 時間なんだ、私も、彼も。

「ギル……ギルガディス」

 ずっと呼んでいなかった、彼の正式名称を呼ぶ。
 何だかそれが幸せな響きで、


「――――『ハナキ』」


 私は、笑って彼の手を離せたと思う。
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