魔王の花嫁 ~夫な魔王が魔界に帰りたいそうなので助力します~

月親

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人工精霊(2)

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「いいね、お妃様。魔王の結界が消えたなら、久々に僕自身が相手をしてあげてもいいかな。魔王妃とか面白いし」
「……っ」

 少年が指を自身の唇に滑らせる。その仕草に、触れられたわけでもないのに背筋がゾクリとなる。

(確かに言ったのは強がり。でも)

 実際、私は希望を捨ててない。逃げ出せる可能性は、あると思っている。
 少年は私を侮っているのか、私の手足は自由。この部屋にある、人が通れそうな大きさの窓も開いている。

(森に入れば……)

 窓から見える森は、疎らにだが一般的なものより青みがかっている木が混ざっている。そんな色をした木を、私は知っていた。
 この森を進めば青緑の木が増え、青一色になり、その先にきっと精霊の村がある。
 ギルと一緒だったときは飛んで行ったとはいえ、森に変化の兆候が現れてからの村まではあっと言う間だった。彼が景色が楽しめる速度で飛んでいたことから、一般道路を走る車くらいの速度と考えて……徒歩で行けない距離ではないと思う。
 この森といい、今いる建物といい、おそらくここは王都ではない。私の世話をしているらしい女性たちは、王家なのだからきっと王都出身。土地勘の無い場所、それも森の中までなんて、私を追っては来ないだろう。

(精霊の村まで行けたら、比較的安全なはず)

 あそこは普通の人は入れないので、追っ手が来るとしたらカシム一人。そのカシムも男なので、少なくとも今は私に触れない。
 それに、最初に魔界から魔王を呼んだのは精霊だという話だった。案外、魔界に渡る方法もあるかもしれない。それだけでも行ってみる価値がある。

「精霊の村に逃げたらどうだろう、なんて考えてる? お妃様」
「!?」

 まるでこちらの考えを見透かしたかのようなタイミングで言われ、私は反射的に窓から目を外した。不自然な方向を見たまま動けない私の視界の端に、薄ら笑いを浮かべた少年が映る。

「良い考えだね。賢い、賢い」

 少年が足を組み、私の方へ上体を寄せてくる。内緒話でもするかのように。

「でも残念だったね。君が寝ている間に、あそこの結界は穴だらけ。ついでに精霊は大騒ぎ。だってそうでもしないとあの魔王、単体ですぐにでも帰ってきそうな感じだったし。僕は彼に恨みも用も無いから、来られても面倒なんだよ。だから来られなくしておいたんだ」

 少年が片手をひらひらさせながら、足を組み替える。

「去り際に魔王城が自動修復機能を付けてったみたいだけど、結構派手にやったから元通りになるまでには百年くらいは掛かりそうかも。生きて会えそうにないね、お妃様」
「……」

 ケラケラと少年が笑う。

「ジラフ」

 その最中、少年の笑い声に混ざって、静かな、しかしよく通る声が私の耳に届いた。
 扉が閉まったと思われる音の直後、見覚えのある人物がこちらへと歩いてくる。

(カシム……!)

 竜殺しの剣ドラゴンスレイヤーを背負った天敵とも言える彼の登場に、私は思わず身構えた。
 そんな私をカシムが見てくる。しかし彼は私を一瞥しただけで、すぐに少年――ジラフという名前らしい――へと目を移した。

「狙ったように現れたね、カシム。やっぱりお妃様に気付け薬を盛ったのは君だったのかな。可哀想なことをするよね。意識が無いまま犯された方が、まだ幸せだったんじゃない?」

 ジラフが今度は足をぶらぶらさせ、それからカシムに肩を竦めてみせる。

「これ以上、お前の好きにさせるつもりはない」

 ジラフの前で腕を組み仁王立ちになったカシムは、吐き捨てるように言った。

「心外だなあ。僕に好きにしていいっていったのは、イスカの方だよ」
「王家からの経済支援は別として、お前自身への服従はイスカの長の独断だ。長以外の者は俺に付くと、話を付けてきた」
「カシムに付くだって? 何それ、皆で村を放棄するの? 王都は受け入れないよ、現実的じゃないね」
「そうじゃない。今度は俺がお前を利用する。ジラフ、お前のその知識と技術、俺たちのために使え」
「はぁ?」

 ジラフが素っ頓狂な声を上げる。
 目を丸くしたのもポーズではないようで、彼は理解できないという顔をカシムに向けた。

「ふっ、あははははっ」

 次いで、ジラフが腰掛けていたベッドをバシバシと叩く。可笑しくて堪らないといった風に。

「一体何を言い出すのやら。特別な存在であるこの僕が、その他大勢のためにそんな何のメリットも無いことをするわけが無いでしょ」

 ベッドを叩いていた手を、彼は今度はカシムを追い払うように動かした。
 相手を完全に馬鹿にしたその行為にも、カシムは眉一つ動かさない。第一声のときから変わらない、冷めた目でジラフを見ていた。
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