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思い出を消さないで(4)
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「ほら、もう触っても大丈夫」
軽くぺちぺちとレフィーの額を叩けば、正気に戻った彼は呼吸を再開した。そして恨みがましい目で、私を見てきた。
「貴女という人はっ……怖い目に遭ったというのに」
「それがどこも痛くなかったし、今も痛くないのよね。寝て起きただけ、みたいな?」
上体を起こし、素知らぬ顔でレフィーのフードを取れば、ようやく彼が浮かせていた手をベッドの上に下ろす。そこをすかさず私は、彼の手袋も剥ぎ取った。
「どこか焦げたわけでもないし。レフィーに大切にされている証拠ね」
レフィーの胸元にあるトグルに手を伸ばす。何か言いたげにしていた彼にはやはり知らん顔で、私は最後の仕上げとばかりにマントも脱がせた。
レフィーが、ベッドの上に放られた手袋とマントに目を落とす。
「……焦げていなくとも、怪我はさせてしまいました。風の魔法で強引に私から剥がしましたから」
言われてみれば、何となく左半身がチクチクするようなジンジンするような気が、しないでもない。でも本当に「言われてみれば」な程度だ。レフィーが最大限に注意を払ってくれたことが、よくわかる。
第一、無理矢理剥がしたのは私が感電していたからだろう。感電した人間は筋肉が収縮するのが原因で、簡単には引き剥がせないと聞いたことがある。電源であるレフィーは自分の手が使えないわけだから、力技で離れさせるのは仕方がない。彼の取った方法は正しい。
でも、正しいか正しくないかじゃないのだろう。
さっきまで私の手を弱々しく握っていたレフィーの手は、酷く震えていた。私が彼と同じ立場なら、やっぱり怖くて後悔もしたと思う。
「また勝手をしてしまったのは私だもの。私の方こそ、レフィーに怖い思いをさせてしまってごめんなさい」
だから謝るなら私もだ。
私は俯き加減のレフィー以上に、彼に頭を下げた。
途端、弾かれたように彼が顔を上げた気配がした。
「いいえ、あの人間を殺すことでミアの心が傷付くなら、私こそ、そうするべきではなかったのです。貴女がそんなことを望まないのは明白。貴女は他人を恨んだとしても、殺すような真似は絶対にしない。そのことを、私は知っていたのですから」
「でも、レ――」
「ミアは、私が貴女のことを優先してばかりと思っているようですが、私からすれば貴女だって大概です」
反論しようと彼の名を呼びかけた私の声に、知らん顔をされた仕返しとばかりにレフィーが言葉を被せてくる。
「日に日に私の好物が食卓に上る頻度が高くなるのは、貴女が毎回、食事中に私の反応を見ているからでしょう。ブラウニーたちが、自発的にそうするはずありませんからね。今だって、そうです。私が貴女に触れようか迷っていれば、貴女から私に触れてきました」
「ひゃっ」
それでも反論の機を見ていた私の野望は、レフィーに抱きすくめられたことで完全に打ち砕かれた。何を言いたかったのか、綺麗さっぱり頭から抜け落ちてしまった。
(うう……落ち着く)
残ったのは、私をすっぽりと包み込む彼の腕がくれる幸福感のみ。もうこの場所を堪能することしか、考えられない。
わかっていてやっているのか、わからないでやっているのか。多分……後者なんだろうな。天然タラシだから、私の愛しい旦那様は。
「ミア。この際です、また堂々巡りになってしまう前に、決め事をしてしまいましょう。お互い、また自分は身勝手なのだという思いに囚われたなら、『私たち』は身勝手なのだと置き換えましょう。貴女は私の身勝手を自分のせいだと言い、貴女からすれば私が貴女の身勝手を肩代わりしていると言う。それならもう、どちらがという境など要らないでしょう。『私たち』で纏めてしまえばいい」
「……うん、そうする」
もう彼が打ち出す無茶苦茶な理論にも、二つ返事で頷いてしまう。
何もかもがどうでもよくなり――かけたところで、
「あっ、叔父さん!」
私は、はたと自分がここで寝ていた経緯を思い出した。
軽くぺちぺちとレフィーの額を叩けば、正気に戻った彼は呼吸を再開した。そして恨みがましい目で、私を見てきた。
「貴女という人はっ……怖い目に遭ったというのに」
「それがどこも痛くなかったし、今も痛くないのよね。寝て起きただけ、みたいな?」
上体を起こし、素知らぬ顔でレフィーのフードを取れば、ようやく彼が浮かせていた手をベッドの上に下ろす。そこをすかさず私は、彼の手袋も剥ぎ取った。
「どこか焦げたわけでもないし。レフィーに大切にされている証拠ね」
レフィーの胸元にあるトグルに手を伸ばす。何か言いたげにしていた彼にはやはり知らん顔で、私は最後の仕上げとばかりにマントも脱がせた。
レフィーが、ベッドの上に放られた手袋とマントに目を落とす。
「……焦げていなくとも、怪我はさせてしまいました。風の魔法で強引に私から剥がしましたから」
言われてみれば、何となく左半身がチクチクするようなジンジンするような気が、しないでもない。でも本当に「言われてみれば」な程度だ。レフィーが最大限に注意を払ってくれたことが、よくわかる。
第一、無理矢理剥がしたのは私が感電していたからだろう。感電した人間は筋肉が収縮するのが原因で、簡単には引き剥がせないと聞いたことがある。電源であるレフィーは自分の手が使えないわけだから、力技で離れさせるのは仕方がない。彼の取った方法は正しい。
でも、正しいか正しくないかじゃないのだろう。
さっきまで私の手を弱々しく握っていたレフィーの手は、酷く震えていた。私が彼と同じ立場なら、やっぱり怖くて後悔もしたと思う。
「また勝手をしてしまったのは私だもの。私の方こそ、レフィーに怖い思いをさせてしまってごめんなさい」
だから謝るなら私もだ。
私は俯き加減のレフィー以上に、彼に頭を下げた。
途端、弾かれたように彼が顔を上げた気配がした。
「いいえ、あの人間を殺すことでミアの心が傷付くなら、私こそ、そうするべきではなかったのです。貴女がそんなことを望まないのは明白。貴女は他人を恨んだとしても、殺すような真似は絶対にしない。そのことを、私は知っていたのですから」
「でも、レ――」
「ミアは、私が貴女のことを優先してばかりと思っているようですが、私からすれば貴女だって大概です」
反論しようと彼の名を呼びかけた私の声に、知らん顔をされた仕返しとばかりにレフィーが言葉を被せてくる。
「日に日に私の好物が食卓に上る頻度が高くなるのは、貴女が毎回、食事中に私の反応を見ているからでしょう。ブラウニーたちが、自発的にそうするはずありませんからね。今だって、そうです。私が貴女に触れようか迷っていれば、貴女から私に触れてきました」
「ひゃっ」
それでも反論の機を見ていた私の野望は、レフィーに抱きすくめられたことで完全に打ち砕かれた。何を言いたかったのか、綺麗さっぱり頭から抜け落ちてしまった。
(うう……落ち着く)
残ったのは、私をすっぽりと包み込む彼の腕がくれる幸福感のみ。もうこの場所を堪能することしか、考えられない。
わかっていてやっているのか、わからないでやっているのか。多分……後者なんだろうな。天然タラシだから、私の愛しい旦那様は。
「ミア。この際です、また堂々巡りになってしまう前に、決め事をしてしまいましょう。お互い、また自分は身勝手なのだという思いに囚われたなら、『私たち』は身勝手なのだと置き換えましょう。貴女は私の身勝手を自分のせいだと言い、貴女からすれば私が貴女の身勝手を肩代わりしていると言う。それならもう、どちらがという境など要らないでしょう。『私たち』で纏めてしまえばいい」
「……うん、そうする」
もう彼が打ち出す無茶苦茶な理論にも、二つ返事で頷いてしまう。
何もかもがどうでもよくなり――かけたところで、
「あっ、叔父さん!」
私は、はたと自分がここで寝ていた経緯を思い出した。
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