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幕間 計画協力の報酬(後編) -シナレフィー視点-
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「ちゃんと陛下は親友だと思っていますし、好きですよ」
両手を斜め後ろにつき、空を見上げる。ミアの髪のようにふわふわとした、雲が流れているのが目に入った。
「でも、ミアは愛しているんです」
彼に対するフォローの言葉が前置きと化していることに、彼は気付いた素振りを見せながらも指摘はしてこなかった。代わりに盛大な溜息は吐かれたが。
「……なぁ、番ってどんな感じだ?」
私に倣い、陛下も空を見上げる体勢になる。
こんなふうに二人並んでぼんやりとするのは、随分と久しぶりだった。
「それは個々で感じ方が違うと思いますが」
「そうだろうけど。お前はどうなんだろうと思って」
一休みといった感じで、陛下はそのままゴロンと寝転がり目まで閉じた。
「そうですね……私の場合は……世界、でしょうか」
「世界ときたか」
「もしミアがいなくなってしまったなら、それをミアの本の言葉を借りて言うなら――」
「言うなら?」
「全私が死にます」
我ながらしっくりきたなと思いながら、投げかけられた問いに答える。
そんな私を片目だけ開けて見上げてきた陛下の顔には、「何言ってんだこいつ」と書いてあった。
「いや全って、全でも一だろ。お前はお前しか、いないんだし」
「いえ」
「いるのか!?」
「過去、現在、未来。すべての地点にいる私という意味で、全です」
空を見上げたまま、今度は私が瞼を閉じる。瞼の裏に、ミアの姿を映す。
ただそれだけで、自分の心が温かくなるのがわかる。
ミアが傍にいるだけで、私は穏やかな気持ちになれる。生きていたい確かな理由があることに、安心する。
「これまで、いつかすべてに興味を失ったとき、私はどう生きていけばいいのか不安でした。自殺するにしても、その手筈を整えることすら億劫になりそうで。死んでいないから生きている、そんな状態に陥ってしまいそうで、不安でした。そんな私に、ミアは安心をくれたのです」
寝転がり、ふっと息を吐く。
面白いものは今でも好きだが、それを探さずにいられない急いた私はもういない。こうしたぼんやりとした時間を忌避していた私は、最早過去となった。
「ミアがいる限り、私は無にならない。彼女を守るために、私は私の心を殺さない。そして彼女がいる限りという前提が崩れれば、死ねばいい。生と死の線引きが明快になり、心が軽くなりました」
先日、私たちの間で何気なく交わされた「百年ほど前の話」は、普通の人間とは語れないのだと、あのときの私は考えもしなかった。私は人間の生態を知ったつもりで、その実、理解していなかった。そのことを今朝、ミアから出された『解けない問い』で思い知った。
「寿命を短く見積もるのは、何も悪いことばかりじゃありません。やりたいことをすべてやるには、時間が足りないのではと思えてきて。死ぬまで退屈しなさそうだとわかった瞬間は、逆に喜びさえ覚えました」
陛下を真似て片目で彼を見れば、ぶすっとした顔を返された。
きっと私が、偽りなど言っていないと疑いようもない表情をしていたからだろう。
「通常の竜よりずっと短い生だったとしても、私は幸せです。断言できます。その日を迎えた私を見た貴方が、「そんなに幸せそうなら仕方がない」と言わずにおられない一生にしますよ」
「…………絶対にだぞ」
身を起こした陛下が、真剣な面持ちで私を見下ろしてくる。
私も起き上がる。そして同じ高さの目線になった彼に、私はしっかりと頷いてみせた。
「ええ、絶対に。約束しますよ――ギルガディス」
両手を斜め後ろにつき、空を見上げる。ミアの髪のようにふわふわとした、雲が流れているのが目に入った。
「でも、ミアは愛しているんです」
彼に対するフォローの言葉が前置きと化していることに、彼は気付いた素振りを見せながらも指摘はしてこなかった。代わりに盛大な溜息は吐かれたが。
「……なぁ、番ってどんな感じだ?」
私に倣い、陛下も空を見上げる体勢になる。
こんなふうに二人並んでぼんやりとするのは、随分と久しぶりだった。
「それは個々で感じ方が違うと思いますが」
「そうだろうけど。お前はどうなんだろうと思って」
一休みといった感じで、陛下はそのままゴロンと寝転がり目まで閉じた。
「そうですね……私の場合は……世界、でしょうか」
「世界ときたか」
「もしミアがいなくなってしまったなら、それをミアの本の言葉を借りて言うなら――」
「言うなら?」
「全私が死にます」
我ながらしっくりきたなと思いながら、投げかけられた問いに答える。
そんな私を片目だけ開けて見上げてきた陛下の顔には、「何言ってんだこいつ」と書いてあった。
「いや全って、全でも一だろ。お前はお前しか、いないんだし」
「いえ」
「いるのか!?」
「過去、現在、未来。すべての地点にいる私という意味で、全です」
空を見上げたまま、今度は私が瞼を閉じる。瞼の裏に、ミアの姿を映す。
ただそれだけで、自分の心が温かくなるのがわかる。
ミアが傍にいるだけで、私は穏やかな気持ちになれる。生きていたい確かな理由があることに、安心する。
「これまで、いつかすべてに興味を失ったとき、私はどう生きていけばいいのか不安でした。自殺するにしても、その手筈を整えることすら億劫になりそうで。死んでいないから生きている、そんな状態に陥ってしまいそうで、不安でした。そんな私に、ミアは安心をくれたのです」
寝転がり、ふっと息を吐く。
面白いものは今でも好きだが、それを探さずにいられない急いた私はもういない。こうしたぼんやりとした時間を忌避していた私は、最早過去となった。
「ミアがいる限り、私は無にならない。彼女を守るために、私は私の心を殺さない。そして彼女がいる限りという前提が崩れれば、死ねばいい。生と死の線引きが明快になり、心が軽くなりました」
先日、私たちの間で何気なく交わされた「百年ほど前の話」は、普通の人間とは語れないのだと、あのときの私は考えもしなかった。私は人間の生態を知ったつもりで、その実、理解していなかった。そのことを今朝、ミアから出された『解けない問い』で思い知った。
「寿命を短く見積もるのは、何も悪いことばかりじゃありません。やりたいことをすべてやるには、時間が足りないのではと思えてきて。死ぬまで退屈しなさそうだとわかった瞬間は、逆に喜びさえ覚えました」
陛下を真似て片目で彼を見れば、ぶすっとした顔を返された。
きっと私が、偽りなど言っていないと疑いようもない表情をしていたからだろう。
「通常の竜よりずっと短い生だったとしても、私は幸せです。断言できます。その日を迎えた私を見た貴方が、「そんなに幸せそうなら仕方がない」と言わずにおられない一生にしますよ」
「…………絶対にだぞ」
身を起こした陛下が、真剣な面持ちで私を見下ろしてくる。
私も起き上がる。そして同じ高さの目線になった彼に、私はしっかりと頷いてみせた。
「ええ、絶対に。約束しますよ――ギルガディス」
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